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5 嘘と罠

 丈は、白川公園を訪れ、時計塔の下に立った。さびれた公園には、丈以外には人っ子一人いやしなかった。

 周囲に誰もいないことを慎重に確認した丈は、時計塔の柱をノックした。

 ノックの回数は、一回、二回、二回、五回。それが鍵の隠し場所をあらわにするためのパスワードなのだろう。しばらく丈は、時計塔下にうずくまってごそごそとしていた。

 やがて、気が済んだのか、丈は時計塔前を去って行った。丈は手ぶらのままだった。公園には、今度こそ誰もいなくなった。

 ----というような様子を、江良姫奈はこっそりと窺っていた。

 やはり、桐島丈の周りでこそこそと嗅ぎまわっていたのは正解だった。こんなに早くボロを出してくれるとは、と江良はほくそ笑む。

 江良は素早く時計塔に近づき、先刻丈が行ったのと同じように、ノックをする。

 一回、二回、二回、五回……これで魔法の鍵が姿を現すはずだ。丈は鍵を確認はしたが、結局手ぶらで帰って行った。鍵がここに残されたままなことは明白――のはずなのに、特に何も起こらなかった。

「?? そんなはずは……」

「--やっぱり、そういうことか」

 後ろから聞こえてきた声に、江良はびくっと体を震わせた。恐る恐る振り返ると、帰ったはずの丈が立っていた。夕闇の中佇む丈は、いつになく厳しい顔をしていた。



「不安を煽って、隠し場所に自ら案内させる――常套手段すぎて、引っかかる気がしない。悪いが、こちとら既に十七人の魔女を追っ払ってるんだ、多少の小細工でハメられると思うなよ」

 見事に罠にはまって姿を現した魔女に、丈は言い放つ。

 魔女は丈を恨めしげに睨んだ。丈は、厳しい表情で魔女を睨み返した。

「私のこと、騙したのね? 心配してあげたのに。ひどいな、丈」

 険しい顔をしながらも、どこか親しげな調子の言葉を、魔女は選んだ。放課後、親しげに話をするかのような調子で、魔女は――真壁阿澄は語りかける。

 阿澄――いや、阿澄の姿をした、別人。

「いつから、お前だった?」

「今朝からよ。先生に馬鹿にされて怒ってたのも、あんたにアイスを奢ってあげたのも、私」

 阿澄の顔をした女は、阿澄の声で答える。

「しばらくあなたの周りを調べて、この子の存在を知った。一週間くらいかけてこの子を研究したわ。一人暮らしみたいだから、好都合だと思った。で、今朝入れ替わりを実行した……よく私が、この子じゃないって解ったわね」

「本当を言うと、ずっと気づかなかった。クラスでの言動……あの演技は完璧だった。幼馴染の俺が騙されるくらいだ、クラスのうちの誰一人、違和感すら覚えなかっただろうな」

 だが、「阿澄」はさりげない会話を装いつつも、話題を魔法の鍵に関する話に誘導し、情報を引き出そうとした。そして、決定打ともいうべき「常套手段」。「阿澄」が、丈を隠し場所に向かうよう仕向けていることに、遅まきながらも気づいた。

「けど……たぶん、何も知らない状態だったら、気づかないままだったかもしれない。そうすると、あのタイミングでの電話はラッキーだった」

 邦子から教えられた、灰かぶりの魔女の接近。そして、「変身の魔女」という二つ名。これらが、「阿澄」に感じたほんのわずかな疑念と重なり合って、「阿澄」が偽者であるという可能性を導き出した。そして、「阿澄」を罠にかけることで、それを証明した。

「ふぅん。やっぱり、魔法の鍵のことになると、警戒心が半端じゃないわね」

「とりあえず、その姿をやめるところから始めてくれるか」

「ま、ばれてるのにクサい演技することもないわよね」

 「阿澄」は素直に頷いた。そして、くるりとその場で一回転する。すると、再び前を向いた時には、そこには見たことのない少女が立っていた。

 「阿澄」よりもずっと背が低く、顔にはあどけなさが残る。白いパフスリーブのブラウスに赤いジャンパースカートを重ねた装いはいかにも子どもらしい。中学生、もしかしたら小学六年生くらいの少女が、不敵な微笑みを浮かべていた。

「あたしは江良姫奈。グリムの魔女の一人、灰かぶりの魔女よ。噂じゃあんた、白雪姫の魔女をはべらせてるみたいだけど、あたしはあんなやっすい女と違って簡単には懐柔されないし、諦めも悪いの。魔法の鍵はこのあたしが必ず貰うわ」

「そんな話はどうでもいい。それより、本物の阿澄はどこにいる」

「安心してよ。ちゃんと、大事に預かってるからさー」

「阿澄を返せ」

 低い声で鋭く責めるが、江良は表情を変えない。

「返せってさぁ、命令できる立場じゃないことくらい、解ってるでしょ? 本当だったら、『鍵と友達、どっちが大事なのよー』ってベタな台詞を吐いてあげたっていいんだよ?」

「…………」

 指先がわずかにびくりと震える。丈の余裕のない様子に満足したのか、江良はにんまり笑った。

「大丈夫よ、そんなひどいことは言わない。あの白雪姫の魔女だって、あんたとはちゃんと公平に勝負をしたって言うじゃない。それなに、あたしがあいつより汚い手で強引に鍵を奪ったら、あたしが格下みたいで癪に障るもの」

 厳密には、白雪が持ちかけた勝負はまるで公平じゃないイカサマゲームだったのだが、それをここで教えてやる必要もないだろう。

「聞けば、あんたたち、もうすぐお祭なんでしょ? 折角だから、お祭の時に勝負してあげる。あたしとの勝負に勝てたら、あんたの友達、返してあげる」

 優位に立った人間は、とことんまで性格が悪い。丈は意地の悪い笑みを浮かべる江良に、苛立たしげに舌打ちした。

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