3 忍び寄る魔女
週明けになると、目の前に迫った文化祭に、生徒たちが浮足立ってくるのが解った。授業の合間に、当日誰とどこを回るだとかの相談に熱中する女子、文化祭を機に気になるあの子に告白するんだと息巻く男子などが目に見えて増加した。放課後になると、校舎裏の駐車場にスペースを取って、実行委員がアーチ制作に勤しんでいることなども、生徒たちにとっては有名な話だ。
そんな具合で文化祭ムードに染まっていく学校の空気だが、忘れてはいけないのが、文化祭の約一週間後には期末試験があるということである。
「いいか、楽しい気分でいていいのは、準備の木曜日から当日までの三日間のみ! 水曜までは気を引き締めて授業に臨み、祭の後もいっそうはりきって授業に臨み、試験ではいい成績を収めろよ! 大事なのはメリハリだ、メリハリ!」
日本史の教師は朝から賑やかにそんなことをのたまって、生徒たちが一生懸命目をそらし続けている現実を見せつけてきた。他の教師も似たような調子である。
ちなみに、今回の期末試験、五月に行われた中間試験と比較して総合成績が三十点以上落ちた者は、文化祭にうつつを抜かして勉強を怠ったとしてペナルティがあるらしい。このペナルティについて、多くの教師たちは授業の終わりに、こう付け加えるのだ。
「特に、宿題忘れの常習犯はよくよく気をつけること!」
名前を挙げなかったのは慈悲だが、クラスメイトは、その言葉が特定の一人に向けられていることを知っているので、くすくすと笑ったり、同情の視線を向けたりしていた。
「――どういうことなのっ! どうして先生たちはそろいもそろって同じことを言うの? 一回言われれば解るっての! ちゃんと謝って反省したことを後で蒸し返すなんて、教師としてどうなのかしら」
と、阿澄はご立腹である。放課後、帰り道を、肩を怒らせて歩く阿澄を、隣を歩く丈は宥めすかした。
「それはお前、反省しているかどうか、心の中は見えないんだから、結局行動を見て判断するしかないんだよ、先生は」
「それはつまり、私の行動はとても反省しているようには見えないと、そういうことなの?」
「まさしく」
「ひどい! 先生はともかく、幼馴染にまでそんなこと言われちゃったら、私はいったいどうすればいいの」
「宿題を出せばいいんだよ」
「違うのよ。そういうのは求めてないの。『俺が手伝うから大丈夫だよ』みたいな紳士的な言葉を求めてるの」
「悪かったな、紳士じゃなくて」
不毛な会話をしながら歩いていると、丈のケータイが着信を告げた。
たいした用のなさそうな相手、すなわち姉たちなら迷わず無視してやろうと思いながら、電話の相手を確認すると、意外な相手だった。
「誰?」
阿澄がプライバシーもへったくれもなく丈のケータイの画面をのぞきこむ。
電話の相手は、戸隠邦子だった。
『急な電話で驚いたかしら? 今、大丈夫?』
相変わらずの明るい声がケータイから流れてきた。丈は立ち止まり、落ち着いて話ができるように道端に寄った。阿澄は電話を待っていてくれるらしく、気を遣ってか、道の向かいのコンビニに入っていった。
「ああ。そうだ、先月は世話になったな」
改めて礼を言っておく。先月、白雪吹雪との決戦では、邦子からもたらされた情報が大いに役に立った。姉の四葉が紹介してくれた邦子は、魔女界の中でも情報通で有名な魔女なのだ。今後も何かあるかと思ってアドレスを交換しておいたのだが、先に連絡を取ってきたのは邦子の方だった。
『元気してた? 阿澄さんや白雪さんは?』
「元気。阿澄も元気だ。白雪はもう少し元気じゃなくなってもいいくらい」
電話の向こうでくすくすと笑う声が聞こえた。
『楽しそうで何より。けど、うーん、そんなあなたにこんな話をするのはとても心苦しいのだけれど……』
「悪いニュースでもあったのか?」
『ええ。あなたには話しておこうと思って。仲間の情報屋から聞いた話だけれど、最近、あなたの高校の近くで、グリムの魔女の一人が目撃されたという話よ』
「グリムの魔女が? 白雪じゃなく?」
『白雪さんとは別の人よ。目撃された場所を考えるに、近いうちにあなたに接触してくる可能性があるわ。気を付けて』
グリムの魔女――魔法特区の魔女の中でも、魔法を仕事に生かして集団に貢献する良心的な魔女と違って、主にロクでもないことにしか魔法を使わないという、悪名高き六人の魔女を、総じてグリムの魔女と呼ぶ。そのうちの一人に、『白雪姫の魔女』、または『毒殺の魔女』と謳われる白雪吹雪がいる。物騒な二つ名が表す通り、彼女は主に毒の魔法を使う危険人物だ。今でこそ丈にまとわりついているが、少し前にはもっと殺伐としていたのだ。
白雪吹雪との戦いは丈にとって、思い出したくもない悪夢のような出来事だった。もうあんな厄介ごとはごめんだ、金輪際グリムの魔女なんぞとは関わり合いになりたくない、と固く決意をしていた丈なのだが、今まさに別のグリムの魔女が近づいてきているという。考えるだに恐ろしい。
「いったいどんな奴が?」
動揺を押し隠して丈が尋ねると、邦子は、まるで口にするのも憚られるかのように、そっと声を潜めて告げた。
『目撃されたのは、「変身の魔女」、あるいは「灰かぶりの魔女」と呼ばれる少女、名前は江良姫奈よ』




