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1 賑やかな放課後

「さて問題です」

 ばばんっ、と自分で効果音を出し、真壁阿澄は机をだんと叩く。阿澄の声はがらんとした教室中によく響いた。例によって、放課後の教室には桐島丈と阿澄しかいなかった。丈は、億劫がりながらも読んでいた本から顔を上げる。

「『あ』『い』『う』『え』『お』……この中で普通じゃないものはどれでしょう」

 何かと思ったらなぞなぞらしい。丈は驚いた。てっきり、クイズと見せかけて、解けない宿題を解かせようとしてくるのかと思ったら、締切三十分前の国語の宿題とは全く関係のないなぞなぞを出してきたのだ。ずいぶんと余裕らしい。

「どう? 解る? 解らないでしょ? ふっふーん」

 まだ丈が何も言っていないのに、阿澄は早くも勝ち誇ったように笑う。丈は溜息をつきたくなるのを堪えながら、正直に答える。

「解らないな」

「ほんと? 解んない? やった、ざっまぁー! じゃあ、解けなかったペナルティとして、私の国語の宿題を……」

「ああ、解らないな。全然解らない。一瞬、『普通じゃない』というのは普通の対義語を表していて、すなわち『異常』から『い上』となり、五十音表で『い』の上にある『あ』が正解かと思ったんだが。俺の中では『普通』の対義語は『特別』であり、広辞苑にもそう書いてあるからこの答えは間違いということになる」

 そこまで一気にまくしたてると、阿澄は口を「お」の形に開けたまま固まった。

 それから不意に真顔になって、俯いて、何事もなかったかのように宿題を再開した。

「……で、なんで急にそんな問題を?」

「忘れようとしてるんだから、蒸し返さないでよぅ」

「気になるだろ。例によって本日提出の宿題を忘れていて、優しい国語の先生が五時までなら待っていてくれるのに涙ながらに感謝しつつ猛スピードでドリルを解いていたはずの幼馴染が、唐突に奇妙なクイズを出してきたんだから」

「文化祭よ」

 シャーペンを動かしながら阿澄が答える。言葉にしながら手を動かしていたせいで、解答欄にも間違えて文化祭と書いてしまい、慌てて消していた。

「文化祭? の、出し物でクイズをやるってことか?」

 文化祭――毎年六月の第二週に行われる文化祭では、クラス、部活ごとに出し物をする。その開催は、既に一週間後に迫っていた。

「正確には、オリエンテーリング。校内にいくつかチェックポイントを作って、そこで問題を出すの」

「待った、お前、何部だっけ?」

「月に一回しか活動のないヌルゲー団体・製菓部よ」

「製菓部がオリエンテーリング? なんの脈絡もないじゃないか」

「商品にお菓子を出すのよ。だいたい、こういうのって面白そうなことやればいいんであって、脈絡とかどうでもいいのよ。野球部が焼きそば焼いて科学部がパイ投げやる時代なのよ?」

 どんな時代だ。

「それにしても……文化祭まであと一週間なのに、まだ問題が出来上がってないのか?」

「そうなの。はりきってチェックポイントを十五カ所も作ったのが敗因ね」

「はりきりすぎ」

「年に一度の祭だもの、思い切ってやらなきゃ」

 ぐっと拳を固めて、文化祭への熱意を見せる阿澄。丈はそんな阿澄をスルーして壁の時計を見遣る。

「どうせなら、月に一回の宿題提出も、思い切ってほしいな」

「いやあああ、あと二十五分ッ!」

 阿澄はひーひー言いながら、いつの間にか止まっていた手を激しく動かしだした。



 今日の阿澄は間に合った。ホームルーム終了後から一時間で、さっぱり手つかずだった宿題をこなしたのは快挙と言える。ふだんからこれくらいのハイペースでやっておけば苦労はないだろうに。宿題はこまめに進めておくということを、そろそろ学習してほしいと丈は願う。

 ところで丈も、少し学習した。放課後は一人で下校しないことである。五月に、阿澄を学校に置き去りに下校したところ、会いたくない奴に会ってしまい、それが原因でとても面倒な事態に巻き込まれたのだ。隙を見せたらいけないと、丈はつくづく感じたのである。

「それで、丈、文化祭の予定はどうなってるの?」

「特に。俺は部活に入ってないし、クラスの方は知ってのとおり、仕事がないし」

 丈と阿澄が所属する二年五組は、文化祭で漫画喫茶をやる。つまり、生徒が持ち寄った漫画を置いておけば、あとはやることがない。「文化祭で何かはやるしかないけれど特にやりたいことはないし特別なことを率先してやりたがるリーダーも存在しない」クラスが行き着く典型的な回答だ。

「じゃあさ、文化祭は私と……」

「私と一緒に回りませんこと?」

 言いかけた阿澄を押しのけて割り込んできたのは、黒いワンピースの女、白雪吹雪であった。どこかたともなく現れた白雪は、にこにこと上機嫌そうに微笑んでいる。それとは対照的に、丈の顔は一気に不機嫌に染まった。

「白雪! あんたどっから湧いてきた!」

「湧くだなんて、人を蛆虫か何かのようにおっしゃらないでくださいな」

 十年来の友人のようにやたらと親しげにすり寄ってくる白雪だが、友人どころか、つい先日まで敵同士だった。具体的に言うと、命を懸けたゲームをやる仲だった。それが、今ではこの有様。丈は勿論鬱陶しがっているし、阿澄も露骨に邪険にする。

 今日もまた相変わらず、阿澄は威勢よく喧嘩をふっかける。

「あーら白雪さん、また懲りずに来たの? 何度来ても丈はあんたには靡かないんだから、そろそろ自分に色気がないと認めたら?」

「あらあら阿澄さん、そんなに私につっかかるのは自分に自信がないからなのでは? よろしければ知人のポーション屋に相談して豊胸薬でも見繕いましょうか?」

「ほうっ……い、いらないわよそんなもん!」

 一瞬心が揺れたらしい。白雪は、魔女というだけあって人を誘惑するのに長けているようだ。

 バチバチと火花を散らしあう女二人に挟まれ、アパートにつくまでの時間、この上なく気まずかった。

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