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『決意した男』

作者: 海山優

「背中を押して欲しい」

 帰省した私は久し振りに邂逅した友人に、真面目に聞いて欲しい話があると言われた。友人の行きつけの喫茶店で珈琲を啜っていると、友人が神妙な顔をしてそう言ってきた。



 友人とは実に二年ぶりの再会だった。高校生だったときには結構な頻度で話をしていたのだが、大学進学と共に疎遠になっていた。再会してみれば、思い出補正も相俟って話が弾み、二年のブランクを感じない程に楽しい時間を過ごせた。



 そんな友人が真面目な顔をして発した言葉なので、私は茶々を入れるようなことはせず、真剣に聞こうと思ったのだ。

 ——友人はとある決意をした。

 けれど、決意したはいいもののまだ踏ん切りがつかず、踏み出せずにいたらしい。

 そう聞いて、私は少しばかり驚いていた。私の知る友人は意志が固く、他人の後押しなどを必要としない人間だったからだ。



「君に迷惑は掛けない。絶対にだ。これは約束する」

 友人は私の目を真っ直ぐに見ながら、そう言った。さらに続けて、

「背中を押してもらった後に、どうして止めなかったとか、そんな理不尽な言い掛かりもしないと誓うことが出来る」

 と言ってきた。



 私としては、数少ない親友とも呼べる友人、しかも、他人には滅多に頼らないような友人に頼られたということもあって、背中を押すぐらい吝かでもなかった。だから私は、二つ返事で、彼の頼みを——背中を押すことを快諾した。



 私が友人の頼みを真剣に受け止めたと友人も理解し、詳しい話を教えてくれた。

「——だから、君に迷惑が掛かるような事はないと、誓える」

 友人が決意したことを私は重く受け止め、それでもなお頷いた。

「なるほど、確かにそれなら、君は止めなかった私を責めたりはしないだろうし、私に迷惑が掛かるような事もなさそうだね」

 と言うと、友人は心外そうな顔をした。

「そもそも、こっちが頼んだことだ。頼んでおいて責めるなんて不義理なことをするわけがないだろ」

 不満そうな表情を浮かべた友人に、それもそうだね。と頷き、すまないと謝った。



 その後は、また思い出話に花を咲かせた。同じクラスにいた彼や彼女は今はどうしているのか、数学の教師の髪の毛は未だに後退しているのか、などなど、くだらない話で盛り上がった。



 私が下宿先へと帰る一日前に、私は友人の背中を押した。決意したとはいえ、それでも躊躇いがあり、誰かに後押しして欲しかった友人は、彼の決意を認め、後押しをした私に対し、別れ際に清々しい笑顔を浮かべ、今までで一番心が籠っていた言葉を送ってきた。

「ありがとう」

 と。



 友人の為に行動することが出来た私はとても満足していた。

 半年ぶりに帰ってきて、そしてまた明日発つことになる実家へと戻ると、母が私に慌てた様子で言ってきた。

「あんたが明日乗る路線、さっき事故があったんだってさ。明日までには平常運転に戻るそうだけど、なんか縁起が悪いわね」

 私は母のその言葉を聞き、改めて確信した。

 ——私は友人の背中を押すことが出来たのだと。


 終わり


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