喧嘩
俺は弾希と対峙していた。口の中に鉄の味が広がる。吐く息は鋭く細い。
「っだぁ!?」
また殴られた。一方的だ。
俺は身長的には弾希より高いが、高校まで特に体を鍛えていた訳でもスポーツをしていた訳でもない。
対して弾希は俺の覚えている限りで中学ではバスケを、高校では合気道をやっている。敵うはずがなかった。
「クソッがぁ!!」
俺も激昂し殴り返すが、弾希は難無くかわす。カウンター気味のボディブローが腹に突き刺さる。
「お、今回はちゃんと効いたな」
弾希はそんな意味不明なつぶやきを漏らすと、腹を殴られ前屈みになっていた俺の顔に膝蹴りを入れる。
俺はのけ反って後ろに二、三歩下がるも、踏み止まった。
「なんっなんだよ!?」
「あん?」
俺は身構えながらも弾希へ言葉を投げつける。
「なんでそんな怒ってんだよ!!?」
俺の絶叫にも、弾希は獰猛な笑みで返して間合いを詰める。
「お前が何も知らねぇからだよ!!」
弾希の右拳が頬を掠める。ギリギリかわせた。目が慣れてきたのか。
俺は反撃に弾希の腹に肘を突き刺し、後ろに跳ぶ。
「んな理由で納得出来るか!!」
足払いをかわして前に出る。
「そりゃ俺のセリフだツッキー!!」
弾希の頭突きが額にぶち当たった。
「知らないから、俺が言うべきじゃないからって、黙っていなくちゃならんからって、何もしないでいられるかよっ!!?」
のけ反った俺の顔に弾希の拳がめり込む。ぐらつく。空は青いが、視界の端は赤い。
俺は地面に倒れた。
「お前が誰を好こうが知らんが、お前を好いたやつのためにも、お前はお前らしくなくちゃダメだろうが!!」
意味が分からない。俺には何を言われているか分からない。しかし弾希も伝える気はないのだろう。
大事な事を口にしない事で、大事な事を軽くしない。それが不器用なこいつの不器用極まりない主義だと、俺は理解している。
そして先程の会話で弾希は、俺が何か悪い事をしたかもしれない事を察した。迷っている事も察したのだろう。
だから昔みたいに喧嘩して……うん?
「……」
何か今、思い出しそうになった。
よく分からないが、俺と弾希の始まりはこんな事だった気がする。
言葉より重い、意志のやりとり。
そこに嘘を差し挟む余地はない。
立ち上がる。拳を握る。体はまだ、動く。
「目が据わったなツッキー」
弾希は獰猛に笑った。俺も多分同じような顔をしているんだろう。似た者同士だ。
「おらぁっ!!」
「っだらぁ!!」
声も拳も意志も意地も、俺達はお互いがお互いの持てる力全てでぶつかり合う。だから決着は、中々つかなかった。




