感電
最近何をするでもなくぼーっとしている事が多い。頭が上手く働かない。
学校の授業中も考えがまとまらず、時折窓の外の桜を眺めてはうつらうつら。俺は一体どうしてしまったのだろう?
「高月が授業真面目に受けてないのはいつもの事だろ?」
そう言って友人連中は俺の事を笑いやがるが、俺自身はとうに最近の不調の原因に気づいている。
そもそもは俺が今年高校生になって二度、雷に打たれたかのような衝撃を受けたのが原因なのだ。
交通事故だとかに遭った訳ではない。
平たく言うとなんだ……いわゆるそう、一目惚れである。
きっかけは些細な事だった。
一週間ほど前の掃除の時間。俺は当番ではなかったので、ブラブラと校舎内を散策して暇を潰していた。 しかし、極度の方向音痴である俺は、入学一ヶ月間近というのにまだ自分の教室と図書館と体育館ぐらいしか場所を把握出来ていなかった。
そして、当然、迷った。
いやまあ予想してなかった訳でもなかったが、まさかここまでとは思っていなかった。
焦った俺はとにかく一度校舎から出てみたのだが、運悪く裏側の教職員駐車場という、果てしなく縁がない場所に果てしなく由もなく到着してしまい、結局現在位置が分からない。
しかし俺はそこで、例の雷に打たれるような体験をするのである。
時間帯のせいか人気のない駐車場を歩いていると、何やら音がする。金属をガンガンと叩きつけるようなそれは、危険と暴力の臭いしかしなかった。
俺は教職員駐車場の脇、今来た出入口の横を車の陰からそっと覗いた。
「うーん、う゛〜ん!!」
「……」
小柄な長い髪の女の子が、必死にごみ箱の中身をごみ置き場に捨てようとしていた。
だがいかんせん、ごみ袋が思いのほか思いのかごみ箱にジャストフィットしているようで、何度やっても抜けないのである。金属音はこの高校でごみ箱がわりにされている小型のドラム缶みたいなごみ箱が、ごみ袋と一緒に浮いては地面に叩きつけられる音だった。
「はぁ……はぁ……うーっ!!」
俺は心の中でこれが萌えというやつかと微妙な納得をしながら、その女の子に近寄ると、
「てい!」
「え……きゃあ!!」
ごみ箱に片足をかけて、ごみ袋を無理矢理引きずり出した。そのまま、ポイっとごみ置き場に袋を投げ捨てる。
「あ、ありがと」
俺が目をやると、そこにはさっきの女の子が笑っていた。くりくりとした目が笑みに細まる。うん、きっと分別するならこの子は萌えるごみだな。いや、ごみは可哀相か。
「高月君って意外に強引なんだね」
俺は彼女の言葉に照れ、自分の行動が恥ずかしく、視線を逸らす。
「あ」
すると女の子はなぜか急に俺に接近してきた。
「ホコリついてるよ」
うんしょ、と女の子は背伸びして俺の毛先を梳いた。
「あ、絡まった」
女の子はなおも俺の毛先をいじいじしていて、その間中俺の目の前に顔があるわけで、
「よし、取れたっ」
こっちを向いた彼女は満面の笑顔。
あんなに無邪気な笑顔をあれほど近くで見せられたのは、初めてだった。
頭が痺れるような衝撃は、以来ずっと俺の頭を支配している。
という訳で、俺は今絶賛片思い中である。
ちなみに補足しておくと、二度雷に打たれたかのような体験をしたといのは決して、想い人が二人いる訳ではない。
ぶっちゃけ大した被害もなかったしこっちはどうでもいいのだが、普通はこっちのほうが一大事だが、俺は高校入学三日目に雷に打たれた。
比喩ではなくマジで。
豪雨のためレインコートを着ていたのが幸いしたらしく、体の表面にしか電気が届かなかったため五日入院するだけで済んだが、一週間くらいは後遺症か頭がぼんやりし続けていた。
医者がなんか色々説明してくれたのも上の空だったし。
今もまだ残っている後遺症と言えば、その後高校で不死身の高月とか呼ばれるようになったくらいである。勘弁してくれ。
昔から山で遭難したり川で流されたりと、不幸体質気味なので事件事故には無頓着だが、好きで不幸になっているわけではない。
というか医者も言っていたじゃないか。雷に打たれるなんて、ましてや五日入院するだけで済むなんて、宝くじで一等を当てるより珍しいってさ。
そうだ。前向きに考えよう。
つまり、俺に雷が落ちたのではない。俺が雷を引き寄せたのだ。
「ふ……天才たるこの俺、高月ツミキに不可能はないっ!」
昼休みの教室の喧騒に、ついつい出てしまった呟きは紛れて消えた。しかし、至近にいた一人が、
「……ツッキー、中二臭い心の声が漏れてるぞ」
そう突っ込んできた。彼は中学からの付き合いになる、親友の末村弾希。こんな名前だが男である(人の事言えんが)。
しかも体育会系一直線の合気道部員である。
短い髪すらなんか自分のと違って、びしっと空を切るようにしっかり生えている感じがする。
精神的にも肉体的にも細いのは目だけで、後はず太い。そんな男だ。全体が細長くて精神豆腐並に脆い俺とどっちがマシかは微妙である。
「……なんかお前、失礼な事考えてないか?」
「貴様……俺の心が読めるのか!?」
「中二やめい」
弾希にとっては軽いつもりの、けど他人にしてみれば十分重い突っ込みが俺の額に入った。
「痛ぇ!」
「はっはっは、軟弱者め。合気道の力を思い知れ」
「合気道って相手の力利用して投げたりする、基本防御の武道だった気がするんだが」
「んな事ないぞ? 普通に攻撃技あるし」
そう言うと何故か弾希は両手をばたつかせて、何度か跳びはねた。
「なんだその動き?」
「うん? うちの部で稽古の終わりにやる……ストレッチみたいなもんかな?」
……合気道ってそんな事やるスポーツだっけ?
つーか、こいつ真面目だから先輩に騙されてるんじゃないか?
そう思ったものの、それはそれで面白いので、俺は黙っておく事にした。
「……何を笑ってんだ気持ち悪いな」
弾希は首を傾げるが、梟みたいな動作でも全く可愛くない。
これがあの子ならな……と自分はさっきの五割増しくらいニヤついていた。
「こいつがきしょいのはいつもの事でしょ?」
そう言って会話に割り込んで来たのは、弾希と同じく中学からの知り合いである波倉未来。
弾希程ではないが短い黒髪は、細くさらさらしているのが見るだけでも分かる色つや。魅力的と言うより好戦的な笑顔。やや釣り気味の大きな目は、今は挑戦的に俺を射抜いている。
「どーせアホな事考えてたんでしょ。どこぞの女の子の事とかね」
ぅ……嫌味ったらしいやつめ。
まあアホというのは否定せんよ。何せ例の女の子の事を、仲が良いんだか悪いんだか分からない波倉に相談するくらいはアホだからね。うん。
自分から弱み握らせに行ってどーするよ俺。
「うるせーな、用がないならあっちに行きやがれ。俺は今から弾希と鷹の舞の素晴らしさについて語り合うんだ」
「鷹野舞? ツッキー、誰それ?」
さっきお前がやってたストレッチの正式名称だよ。
つーかストレッチですらないし、そもそも弾希がやらされてるのは合気道ですらないと思うんだ。
だって鷹の舞ってモ−−
「ふーん、せっかく『あの子』の事調べてあげたのにいいんだ?
ま、アタシにとっては正直どーでもいい事だし、聞かないのは自由よねぇ」
「すいませんっした未来様っ!!」
縋りつかんばかりの勢いの俺を、弾希がよく分からない複雑な間接技をかけて拘束した。
「なーんか二人とも楽しそうだな。俺も仲間に入れやがれこら」
俺が力技で弾希に勝てる訳もなく、俺の片思いはこいつにまで知られる事になった。
古式岸子。
それがあの女の子の名前らしい。親の悪ふざけか、名前が回文になっていた。竹薮焼太君の親戚だねきっと。
俺の名前も高月ツミキとか語呂合わせ臭いし、仲良くなれそうな気がする。俺的には弾希みたいに若干珍しくて親が一生懸命考えましたって感じの名前が一番いいと思うんだが。そりゃ煮詰まりすぎて、王子だの魔王だのつけられてもそれはそれで嫌だけど。
将来のプレッシャーがハンパないからね。
と、話まで方向音痴になりかけたので軌道修正をしよう。
それで波倉情報によると、驚いた事に彼女はどうも小学三年の時引っ越すまで俺と同じ小学校だったらしい。どーりで俺の名前知ってたんだな。
そしてそれ以外にも物静かで読書家である事や、図書室によく行く事。甘い物好きだけど最近は体重を気にして食べるのを控えている事。さらに意外と爬虫類が好きだけどやっぱ虫はだめだとか、果ては指輪のサイズから好きな野球選手まで、波倉は事細かに教えてくれた。
後半は内容より、どうやってこの短期間で調べたのかがすこぶる気になる。……下手すると読心術とかガチで使いこなしそうだから嫌だなぁ。
「それで、あんたこれからどーすんのよ?」
胸中で不穏当なため息をついていると、不機嫌そうに波倉は聞いてきた。
ちなみに今は購買部付近にある自販機前のベンチで、各々飲み物をちうちう吸いながら話している。
当然のように俺のおごりである。
「正直わかんね。もっと話してみん事には」
「軟弱者め。男なら告白ぐらいびしっと決めろ」
「そーよ末村、いい事言うじゃない。けどラブレターとかもいいわね。フラれた後に告白したって証拠が残って」
「そうだな、額に入れてうちの部室にでも飾っといてやるぞ?」
……こいつら絶対楽しんでやがる。
「つーか俺がフラれるのは決定事項かっ!?」
「不幸だけが取り柄のあんたを好きになる人なんて、いるわけないじゃない」
「酷ぇなおい!? あと不幸は取り柄でも何でもないだろ!!」
「え? 見てて面白いでしょ」
「それ完全他人事だよなっ!?」
俺は的確な突っ込みを入れつつも、波倉のくれた情報を整理していた。
今最も欲しいのは、もう一度話しかけるキッカケを作る手段。
今までの情報から方法を組み立てるとするなら、図書室に通うのがベターって程度。決定打ではない。
新しい高校生活が始まったのだから、これを期に悪い虫がつかないとも限らない。
まあそんなやつが現れれば、この辺田舎だし、人気ないし、夜真っ暗だし……ねえ?
闇討ちにはもってこいである。
……てか、んな事してたら俺自身、悪い虫とか呼ばれそうだな。
やるなら、ちゃんと顔を隠してやろう。うん。
そして、田んぼの中に突き落としてる!
「はっ、この夜闇の襲撃者、高月ツミキに恐怖するがいい!!」
「……ツッキーまた中二病発症してんぞ」
「中二言うな。俺は他のやつとは違うんだ」
「……お前そんなキャラだっけか?」
「マジきしょい」
俺は中二病のレッテルを貼られても、どこか清々しい気分で完全犯罪の計画を嬉々として練っていた。