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All's fair in love and war. ≪なりふり構っちゃいられない≫ 13

 二人の少年が真剣に考え込む顔がそこにある。頭の中は想像するまでもなくクロエのことでいっぱいのはずだ。

 ただ、一度下りた判決を覆すのは容易なことではない。まして、未成年の彼らにとったらなおさらだ。何か方法があるのなら示してやりたいところだが、トオルとてその手の事に明るいわけでもなく、まして海外の法律事情となれば詳しい友人もいない。

 そんなことを考えているうちにテーブル席の客から追加のオーダーが入り、再びトオルの手は作業に取られてしまった。フライパンを火にかける前に、せめて何かひと言声を掛けてやるべきかとは思ったが、そのかけるべき言葉を見つけられない自分がもどかしい。

 パスタひと皿を作りテーブルに届けた10分弱の間に、カウンターに座っていたサラリーマン風の男はグラスの残りを片付け、身支度を済ませていた。会計の声が掛かり、席を立つ彼の表情は笑顔ではあるがどこか渋い表情だ。一人酒にはちょっと気が重くなる話題だったかもしれない。トオルのほうも似たような顔を作って見送る。

「絶対行かせるべきじゃないって。今行って、もし帰って来れなくなったらマジで終わりだろ」

「だけどさ、それって大丈夫なのか? バックレたらクロエがやばいんじゃないか」

「やばいって、何がだよ」

「俺だってわかんねーよ。だけど、ナントカ送還とかってなるとその国には二度と入れないって聞いたことある」

「マジかよ?! じゃあ日本に来れなくなるってことか?」

「知らねえよ。第一、それってどういうときになるのかもわかんねーし」

 小声でするやりとりが聞こえてくる。トオルはしばらく様子をみていたが、土台、彼らが持ち合わせの知識を総動員して考えても答えがでるような問題ではないのだ。

「なぁ、悪いほうばっかり考えるのは止めたらどうだ」

 トオルは堂々巡りの二人の会話に間に割って入る。

「曲がりなりにもあの子の両親なわけだし、きっと、あの子のことを考えてベストの選択をするんじゃないか」

 すると、智と圭太は急に二人して裏切られたような、落胆したような、そんな顔をした。トオルなら無条件で自分達の側についてくれると踏んでいたのだろうか。

 別にトオルとて彼らに異を唱えるつもりで言ったわけではない。ただ、現実的に考えてジタバタしたところで問題の解決に至るとは思えなかったし、そもそも父親のほうに親権が移動することが間違っているかにいうのも偏った見方と取れなくなかった。

「だいたい、もしクロエがカナダに行くことになったとしても、それっきりってことはないだろう? 昔と違って今はメールとか電話で、取ろうと思えば毎日だって連絡取り合えるわけだし……」

 説得のつもりはなく、客観的な一意見として言っただけだ。が、圭太は目を剥いて噛み付いてきた。

「昔とか、俺らに関係ねーだろっ!」

 反射的に立ち上がりかけたのを智に「おいっ」とたしなめられると、圭太はわずかに視線を逸らして「……すよ」と続けた。どうも彼の中の敬語変換機能は「す」を付けることだけのいたってシンプルな仕組みらしい。

「ガキが……キレてどうするんだよ。あのな、俺はクロエのご両親ってのを知ってるわけでもないし、クロエがどうしたいのかも訊いたわけじゃないんだぞ。さっきからお前らの言葉だけを聞いてると、まるでクロエがカナダに行くのが全面的に間違ってるみたいに聞こえるけれど、そもそもお前らは彼女がどうしたいのかって訊いてみたのか?」

 これには智が素早く反論してきた。

「……訊けるわけないですよ。俺達、クロエがカナダに帰るって話だって朱奈経由で聞いて初めて知ったくらいだし、それから何度かTELはしてみたんですけれど、あいつ全然電話に出なくて」

 すると、圭太がさっきのままの仏頂面で唸った。

「それが一番ムカつくんだよ! だいたい、なんでそんな大事なことを人伝てで聞かされなくちゃならないんだ。俺ら、幼稚園からの付き合いだぜ。朱奈なんて高校からだろ? 普通はこっちからするのが筋ってもんだ」

「なんだ、ガキのくせにその堅苦しい人間関係の構図は。それに、一番近い女友達から話すのは筋じゃねーのかよ」

 トオルが言うと、「クロと俺らは同じマンションに住んでんすよッ」とすぐさま返された。そういう近さじゃねーよ、とは面倒くさいので突っ込むのを止める。

「朱奈の話だと今日明日にでも出国するみたいな雰囲気だったし、もし今晩顔見れないと、戻ってくるまで会えないかもしれないよな……」

 智が、言った自分の言葉で表情を暗くした。

「ふざけんなっ。そんなの絶対ありえねーし、許さねー」

「でも……なんかクロエ、意図的に俺達のこと避けてるっぽくないか? だってさ、さっきアイツん家寄った時もたぶん家には居たはずだぜ」

「マジで?!」

 圭太が大きく目を見開いた。

「勘だけどな。クロエにとっても急な話みたいだったし、今頃慌てて荷造りしてんじゃね?」

「……だよな。」

「なのに電話掛けても出なくて、家に行っても居留守って、これってどう考えても避けられてるだろ」

「ちっ。クロのヤツ、俺らのことナメてんだ」

 たどり着いた結論に二人して難しい顔をしている。

 やれやれ、とトオルはため息をついた。

「はい、ストップ! そう考えたくなる気持ちはわかるけど、あんまりなんでも悪いほうにばっかり取らない方がいいと思うぞ」

 放っておいたら底にまで行きそうな思考に歯止めを掛ける。『でも』『かも』でする話題にいいオチが付くことなんて、まずない。

「彼女にだって何か事情があったりするんじゃないか? 確かめもせず、お前らだけ勝手に煮上がって感情ぶつけてもしょうがないだろう? それに、」

 一拍言葉を切ると、自然と二人の顔が上向いてトオルを見た。

「女の子が悩んでるときはちょっとくらい放っておいてやるのも男の優しさだぞ。ひとしきり悩んだあとならともかく、一杯一杯のときにわざわざ「大丈夫か?」なんて訊くのは空気の読めないバカだ」

 ここで二人の表情が紅白別れた。得心したのは智のほうで、不満に感じたのは圭太の方だ。

「何、言ってんだ。アイツが一杯一杯だってわかってるのに放っとけっていうのかよ!」

「あのな。それが優しさの押し売りだって言ってんだよ」

 トオルは肩をすくめた。

「彼女が必要なときにさり気なく手を差し出せって言ってんの。お前が使いたいだけ気を遣っても、そもそも向こうには受け取る余裕がないんだから逆に迷惑だって……わっかんないよなぁ、まだ……」

 最後の一言は独りごちるように出てしまった。

 別に圭太を馬鹿にするつもりで口にしたわけではなかったのだが、それを流せるほど彼は大人ではない。

 ガガッと椅子が引きづれる音が響いた。

「どういう意味だよ。俺がクロのこと、わかってないとでも言うのか?!」

「圭ッ!」

 目の周りを赤くして立ち上がった圭太を、智が咄嗟に掴んで引き止めた。

「こいつ、俺達のこと何も知らないでふざけたこと吐かしやがって!」

 トオル自身はガキンチョに噛み付かれたところでなんてことはないのだが、店の奥の方が気配を察して騒然とし出した。視線が何事かとこちらを見ているのがわかる。

 トオルは目を細め、圭太に向けて無言の圧力を掛けたのだが、目聡く気づいた智だけが顔を青くして肝心の本人はまるで気づく様子はない。

「バカッ! お前、それが空気読めてないってことだっつーの」

 智が精一杯低く抑えた声で怒鳴った。

 だが、火に油だ。圭太が自分の腕を掴んでいた智の手を振り払い、トオルに向けていたつり上がった目を隣りに座る友人に向けかえる。

「なんだよ、智。お前までこいつの味方するのか?」

「ちげーよ。けど、」

 感情的になった圭太の声が大きくなると、今度は釣られて智の声も大きくなった。さすがにもうこれ以上許すわけにはいかないので、トオルが吐き出す声のぶんの息を大きく吸い込んだとき、だ。

「こほんっ」

 と、控えめではあるがよく通る咳払いがひとつ聞こえた。

 苛立ちをそのまま音にしたような激しいものではなく、水面に水滴が落ちたときのような静かで、それでいて確かな響きだった。 

 反射的に圭太が振り向いて、そこでようやく彼は気づいたようだ。

「あっ……」

 勢い立ち上がった腰が、逃げ場所を探すかにドサリと椅子の上に戻っていく。俯き、しばらく黙りこむ。

 やがて圭太は椅子の上の尻の位置を整えると、顔は上げないまま背筋だけをピッと正しくした。

「す…………すいません、した」

 最初の五文字は耳をすましても聞き取れないくらい小声なくせに、あとの二文字は逆に声を張る。その声がでかいから責められているのというに、わかってないみたいに。が、これがきっと十代男子の精一杯の謝罪なのだろう。

 トオルは薄々察していた咳払いの主に目顔で礼をいってから、圭太の方には鋭く睨みをきかせて「今度やったら出禁!」と釘を刺した。本人はそれなりに反省したらしく、下顎に皺をよせつつ「うっす」と首だけを動かして控えめに頷いた。その素直さに免じて今回は放免にする。

 と、その時、誰かの携帯がなった。

「あっ、クロエだ」

 そう言ったのは智だった。

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