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Sweet,Sweet,Sweet ≪チョコとバニラと蜂蜜だって、こんなに甘くはない≫2


「でもね、本当はこれ、ママの好きな色なの。だから多分、私も影響されてそう思うようになったんじゃないかな」

「ふーん……影響、ね」

 トオルは視線だけチラッと落とし、自分がそれを見てどう思うか確かめてみた。

 けれど、石は石であって石でしかない。

 浮かべてしまった苦笑いを隠すのに、右手で顎を撫でるフリをする。

「なんていうか、安心するんだ。宝石ってどれも綺麗だけれど、エメラルドみたいに透き通った色は、なんだか吸い込まれそうで怖い……」

 そう言ってちょっと恥ずかしそうに目を細めた美純は、ショーケースもなくむき出しに並べられたアクセサリーの一つを指先で弾く。

「これ、梨香さんにプレゼントしようと思って。5月が誕生日って言ってたから」

「梨香に?」

 聞き返すと美純は頷いて「へへへっ」と笑った。

 そういえば、昔、真由子も女友達になにかにつけてプレゼントを贈っていたような記憶がある。ちょっとした品を贈ったり、貰ったりと、そういう習慣は男同士の間にはあまりないことだから、これは多分女性特有の感性なのだろう。

 トオルがそんなことを考えながら黙りこくっていると、美純はどうもその無言を別の意味に履き違えたらしい。

「ねぇ、もしかして、翡翠なんてオバサン臭い?」

「えっ?」

 聞き返したときはまだ頭の中が別のことを考えていた。けれど、下から見上げてくる顔が真剣な表情をしていたら、当惑しないほうがおかしい。

「あ、いや、そういう意味じゃなくて、だな……」

 曖昧な返事をしながら、答えを探して目が泳ぐ。

 けれど、こういった物に造詣の浅いトオルには、何がオバサン臭くて何がそうでないのか全くわからない。ちょっと切り返しに困っていると、すぐ横にいた店員の女性がうまく助け舟を出してくれた。

 笑顔でトオルと美純の間に割って入ると、彼女はちょっと芝居がかった口調で言った。

「美純ちゃん、その人ってもうすぐ結婚するんでしょ。きっと旦那様からはダイヤいーっぱいの素敵な指輪を貰ったあとだろうから、逆にこのくらい落ち着いていたほうが喜んでもらえるかもよ?」

「うーん、そうかな」

「それに、翡翠の宝石言葉は『健康』。ママになるって人には届けたいメッセージじゃないかしら」

 そういうと女性は片目をパチっと閉じてみせる。

 なるほど、ものは言いようとはよく言うが、視点をちょっとずらすだけで印象というのはずいぶんと変わるものだな、とトオルは思った。

 そういえば、いつだか倫子が言っていた。

『宝石が売れるような人間なら、大概の物はお金に変えられる』

 大袈裟な表現だとは思ったが、確かに生活必需品でないものを販売するような人間には、普通の人間にはない説得力がみたいなものが必要なんだろうな、とは理解できる。論理や科学の裏付けでじっくりと説き伏せるのではなく、さもそれが不可欠な物であるかのごとく言い振舞い、思い込ませてしまう、何か。

 ただ、そのことは嘘で目に見えない服を買わせるような行為ではないにしろ、真実の全てを白日の下にさらけ出した清貧なやり口でもないわけだ。

 なのに、大きな造りの瞳を殊更くりくりにして頷き、言葉の全てを一片の疑いもないほど鵜呑みにされてしまったら、急に胸が痛くなったのだろう。満面の笑顔と妙に後味の悪そうな表情のコントラストは、店員の女性には悪いがとても愉快な組み合せに見えてしまった。

 ここまで本人がその気なら、馬鹿みたいな金額でもない限り止める理由もない。

 結局、美純はその店員の勧めで小さな翡翠の付いたピアスを購入した。本人としては満点をつけたくなるような納得の買い物だったようで、店を出てからも彼女は両手で大事そうに小箱を包み込んでいた。

「梨香さん、喜んでくれるかな?」

「ああ、多分、な」

「へっへー、だよねー」

 放っておいたらくるくると回り出してしまいそうなくらいに上機嫌な美純は、箱を見ては何度も笑顔を作り、透けるはずもないのに陽にかざしてはまた微笑んだ。しばらくはそんな彼女と並んで歩いていたトオルだったが、さすがにちょっと辟易として足を止める。

「おい、ちょっとはしゃぎ過ぎじゃないか?」

「だって、なんだか嬉しいんだもん」

「別に自分のために買ったわけでもないだろうに……」

 トオルがそう言うと、美純は顔を上げてちょっと不思議そうな顔を向けてきた。

「トオルは平太さんにプレゼントとか、しないの?」

「まさか。三十代のオヤジ同士がそんな事してたら、お前、どう思う?」

 訊ねると、光景を想像したのか嫌そうな顔をされてしまった。

 きっと、今、彼女の頭の中にいる登場人物はトオルと平太なのだろう。

 心外だった。

「えー、なんか、やー。キモーい」

「キモいとか、言うなよ」

「キモいよ。トオル、キモーい」  

 けたけたと笑いながら連呼する美純は、わざとらしくトオルから距離を取ると、手の中の小箱に向かって「キモいよねー」とまるで仔猫にでも話しかけるかのように言っている。さすがにちょっとムッとして、トオルは彼女の肩を捕まえようとするが、美純はその手をくぐり抜け、たったと数歩先まで行ってしまった。

「やーだ、キモいのが移るー」

 振り返った顔はニヤニヤとして、こんなことまで言うのだ。

 最初のうちは言われても時々腕を伸ばして捕まえようとする程度だったのだが、そのうちに二人共引き際を見誤ったらしく、お互い額にほんのり汗をかくくらいに真剣になって追いかけ回すことになってしまった。

 年甲斐もなく駆け回り、ようやく捕まえた彼女の手をトオルがしっかりとつなぎ直そうとしていた時だ。

 肩で大きく息をしていた美純が、渇いてしまった喉からかすれた声を出した。

「明日、……晴れるといいね」

「ああ、そうだな」 


 明日、平太と梨香はついに結婚する。


                   ◆

 

 

 

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