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Day by day. ≪昨日より、今日より、明日はもっと≫ 3

「ちょっとぉ、朱奈ぁ! 絶対に言わないって、約束したから連れて来たんじゃないっ」

「あ、した」

 たった今思い出した顔で一度頷いた少女は、だからといって悪びれる様子はない。

「もうっ、ひどいよぉ」

 美純はガックリと肩を落としてしまった。

 けれど、ごめんと一言言ったきりでそれ以上言葉をかけるでも慰めようとするでもない連れの少女は、美純の様子をじっと見つめたまま、大して顔色を変えることもしなかった。

「なんだ、トオル。お前も隅におけないな。ちゃっかり女子高生と仲良くなってるのか?」

 ニヤニヤとしながら向けてきた横顔を見れば本音でないのがわかる。多分、気落ちした美純を励まそうとして切り出した哲平に、トオルは苦笑いで答えた。

「こんなオッサンが10代の子にモテるとでも思ってるんですか?」

「俺はモテるぞ。お前、モテないのか?」

「よく言えますね、そんなデマカセが」

「嘘じゃないって。お前、失礼な奴だな」

 哲平はことさら顔を大きくして右手を振り上げた。

 俳優ばりのあまりに芝居がかった表情と素振りに、トオルは危うく吹き出しそうになってしまう。店内のほかの客達も、二人の少女のやり取りよりもピエロよろしく振舞う哲平のほうに失笑した。

 くるっと客席を振り返った哲平がわざと拗ねた表情を作ってみせれば、オーディエンスの心はあっという間に白髪まじりのコメディアンの方へと注がれる。店内は少女達のやりとりなどまるで見ていないかったかのような笑いに包まれた。

 ただ、そんな哲平の大人の思いやりが、ちゃんと美純に伝わるとは限らない。

 俯いたまま黙りこくっている美純に、トオルはそうっと様子を伺うように声をかけようとした。

「美純、突っ立ってないで座ったらどうだ?」

 すると美純は、がばりと顔を上げて鼻から息をふーと吹いた。

 落ち込んでいるのかなと思って覗き込んだその表情が意外にすっきりとしていたから、トオルは逆に拍子抜けさせられてしまった。まさか哲平の下手な芝居のおかげだとは思わないが、彼女がそんなに切り替えの早いタイプだとも思えなかったのだ。彼の知っている美純という少女は、小さなことにも深く思いつめる子だったはずだ。

「……もう、いい。朱奈だもん、多分こうなるような気もしてたし」

「ごめん」

「いいのっ、もう忘れた。この会話、終わりっ!」

「うん」

 そう言うと美純はどすんと席に座り、その隣に連れの少女――朱奈も座った。

 忘れたと口では言ったくせに、トオルに対して向ける視線がいかにも悔しそうなものだったから、彼はすっと顔を逸らして彼女に見えないところで笑ってしまった。

 朱奈には見えない方の唇をぐっと噛んでいるところをみると、決して切り替えが早くなったわけではないようだ。

 しかし、だ。

 妙な光景。10代と40代、珍しい組み合せがカウンターに三人、横並ぶ。

 会話の口火を切るのはやはり年長者の役目のようで、まずは哲平が美純の横顔に話しかけた。

「珍しいな、美純ちゃん。ランチタイムに会ったことってないよね?」

「うん……い、えっ、は、はいっ! そ、そうですね、初めてです」

 目は完全にトオルの方を睨みつけていたから、頭の中もトオルに答えるつもりで口を開いたらしく、美純は滑り出してしまった言葉を慌てて訂正した。

 トオルは盛り付けたパスタを客席に運ぶために、そそくさとキッチンから出る。

 それには美純の視界の外で隠れて吹き出す理由もあったのだが、ふと自分が含笑いのおかしな顔で料理を給仕しようとしていることに気付いて、彼は慌てて表情を取り繕った。

「朱奈ちゃんって、言ったよね。同じクラスなんだ」

「はい。仲のいい友達です。普段は大体一緒にいます」

 答える美純の背中越しに、朱奈もコクリと頷いている。

「今日は朱奈にもトオルのゴハンを食べてもらおうと思って連れてきたんだよ。だから、おいしいのをお願いね」

 首だけ振り向いた美純が、ちょっと離れた場所にいたトオルに届くように声を大きくして言った。

「なんだと? 俺のメシはいつだって美味いだろ。頼まれたって、頼まれなくたって一緒だ」

 キッチンへと戻る足を止めてトオルが言うと美純は一度、目をクリクリっとさせて、それからぷっと吹き出した。

「何それ。私になんて言わせたいの?」

「別に。なんでもない」

 そう言ってキッチンへと戻るトオルをじっと目で追ってくる美純が、何かを思いついたのか朱奈に耳打ちをした。朱奈もそれに何度か頷いて返事をすると、今度はトオルのほうを向いてなぜか頷いていた。

 その理由が何かは当然わからないが、あまりいい気はしない。

「じゃあ、今日は私が朱奈にご馳走しちゃうね。何がいいかな……」

 美純がカウンターに置いてあった今日のランチのメニューを手に取ったときだ。急に朱奈が首を傾けて言った。

「ご馳走って、みーちゃんのお金じゃないよね。それ、みーちゃんのパパのお金」

 トオルと哲平がどちらともなく怪訝な表情になって、二人共、引き付けられるように朱奈の顔に目を向けた。トオルは初め、朱奈が彼女なりの冗談でそう言っているのかと思ったのだが、どうやらそうではなさそうだ。会話を続けるわけでもなく、美純の表情を覗くわけでもなく、彼女もまたメニューに目を落とした。

 来店してからあまり大きな表情の変化のない彼女は、口数の少なさも相まって、考えていることが読みづらい独特な雰囲気を持った少女のように感じた。

 ただ、美純の方は朱奈の発言を別段気にした様子もなく、「まーねー」と軽く相槌を打つだけで済ませてしまっている。

 どうも、この朱奈という少女はこういう性質の人間のようだ。それに、美純はそんな彼女の事を理解した上で付き合っているふうだった。

 なかなかおもしろい組み合わせだなと、トオルはちょっと興味をそそられて二人の様子をカウンター越しに観察していた。

「カサ、レッチ……って、なに?」

「私、知らない」

 ぷるぷると首を振ってから、トオルに答えを要求する目を向けてきた美純と、つられて顔を上げた朱奈。

 二人の表情はまるで小動物のようにまん丸の目をキョトンとさせていて、それが面白くってトオルは肩を揺らして笑ってしまった。

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