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No rain, no rainbow. ≪涙≦笑顔≫ 3

 朝の天気予報は見てこなかったから、昼過ぎに降り出した雨はちょっと驚きだった。

 出がけは晴天だったし、今の今までもそんな気配はなかった。オーダーをひと皿作って、使った鍋を洗って、それで初めて気がついた。ザァーザァーと雨足はかなり強い。

 出されたパスタを食べながら、「あら、もう降ってきちゃった」と呟く女性客。

 どうやらこの雨は確定的な未来だったらしい。侮るなかれ、天気予報。まぁ、見てもいないトオルに侮る権利はないが。

 飲食店だけに限ったことではないのだろうが、雨にはすこぶる弱い。『通り雨に喫茶店』のような一時避難の場合はともかく、もともと降るといわれた雨は人間の行動を抑制するらしい。

 そうか、だから今日はこんなに暇なのか、とトオルは合点がいった。

 いつもだったら賑わうこの時間帯、今日は満席にならなかった。窓から見える往来の人影も、そう思って見るとずいぶんとまばらな気がした。

 トオルはキッチンから出ると、店の出入口の側に立てかけてある看板類を雨に当たらないように屋根の下に避難させる。ほとんどは耐水性の素材やペンで書かれた物なので問題はないのだが、『今日のラ……、イ……パゲ……ィ~』毎朝チョークで書き換える黒板だけはひどい有様だった。書き直すにしても雨を吸ってビショビショに濡れた黒板はしばらくどうにもならないだろう。トオルは黒板を店内に取り込むと、キッチンに戻りコーヒーの準備をする。ちょうどパスタを食べ終わった客の前に空いた皿と入れ替わりにコーヒーを差し出す。

「デザートは、……召し上がります?」

「うーん。この雨だし、今日は止めておきます」

「です、ね」

 そうして今日のランチタイムは営業時間半ばにして、開店休業となってしまう。コーヒーをすすっていた客も、雨足が弱まったのを見つけるとそそくさと帰ってしまった。店内に誰も居なくなってしまったせいで、トオルの周りを静寂が包み込む。聞こえるのは雨音とトオルが洗い物をするカチャカチャという音だけだった。

 それからひと組みの客も来ないまま、あえ無くランチタイムはクローズとなってしまった。

 割と早い時間から誰もいない状態だったので、片付けやら仕込みやらも捗り、トオルは手持ち無沙汰だった。

 こんな日は自分用の食事も作る気にならない。

 元々トオル一人でやっている店だから、よく聞くまかない飯なんてモノもここには存在しないし、食べたければ勝手にあるものを食べ、そうでなければ何もしないだけだ。

 トオルはエスプレッソをすすった。

 これもずいぶん前に入れたものだったので、今やぬるいを通り越した冷たい液体だ。かといって新しいコーヒーを炊く気にもならない。トオルは仕方なく一度深呼吸をし、店内の空気を味わった。

 雨は、ダメだ。

 仕方のないことだけれど、雨は気だるく、憂鬱になる。人間を能動的でなく受動的にさせる。

 黒板は書き直されることなく、入口の横に立てかけたままだ。自分がやらなければ何も変わらないのは知っているのだけれど、出来ることなら他の誰に書き直してほしいくらいだ。

 ディナータイムまでは、まだ随分と時間があった。

 トオルは客席の椅子に深く座り込むと、窓の外を眺めた。今だ強い雨足。彼はもう一度長い深呼吸をすると、目を閉じた。ちょっと早めの、長くて深い休憩を取ることにする。

 ところが、だ。

 最初、意識の底で何かを感じたような気がして、トオルは目を覚ました。

 それが何なのかわからなかったが、その気配にはすぐに気が付いた。

 トン、トン、トン、と不意に音がした。

 何かを叩く音。その元を辿って振り返ると、またも入口の扉を叩く音がした。

 業者だろうかと思って、すぐにその考えは否定した。

 届く予定の品はないのだ。だとしたら、何かの営業だろうか。

 トオルはゆっくりと体を起こすと、扉に向かった。かかっていた鍵を外し、扉を開けてやる。

「どなたですか?」

 そう訊ねた先には、昨夜の少女――美純が立っていた。

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