Jewel ≪空色の宝石≫ 7
今もまだトオルの目の前には美純の傘が残っている。
銀色の柄。白の縁どりがアクセントの澄んだ赤い傘。
トオルはそれを、てっきり美空が持って帰えるのだとばかり思っていた。だが彼女はそうしなかった。
「ちゃんとあの子には、預かっていただいていたお礼を言わせないといけませんから。美純には自分で取りに伺うように言っておきます」
そう言って昨日の彼女は帰っていった。おかげでトオルには、もう一度美純と会わなければならない理由ができてしまった。
だが正直、今は気乗りがしない。
彼女の顔を見た時、一体自分はどんな表情をしてしまうか見当もつかない。
自信がないのだ。いつも通りの顔で彼女を向かえ入れることができるか、不安なのだ。
確かに職業柄、感情を表情に出さないよう気を配ることはそれなりにできるつもりだ。
ただ、今回のはいつもと事情が違う。
「――欠陥品だったんです」
そんなふうに自分の妹を言ってしまう冷たい人間に、トオルは今まで出会った事がない。
そして、そんなふうに家族のだれかに扱われる存在にも。
あの、前しか見れないような素直な性格も、どうしようもなく傷つきやすい心も、彼女がだれよりも純粋だからこそなのだ。
不器用だけど、どうしてか憎めない。
四方美純という存在はトオルからみればそういう存在であって、ともすればかなり好感が持てる部類の人間だった。
けれど彼女の姉からすれば、そんなあの子は家族として不適格な部類の人間らしい。
美純は家族という愛し愛されるべき対象から、正しい愛情を受けることが出来ずに育ってきたのだ。
その事実を知らなければこそできた自然な応対も、多くを知ってしまった今、トオルには前と同じようになんて出来るとは思えなかった。
言葉や行動の端々に同情や憐れみが滲んでしまう気がする。
だが、それを美純が望んでいる筈はないのだ。ならば、どうすればその感懐を押し留められるか?
そんな術があったとしても、トオルには到底見い出せやしない。
うまくやれるだろうか。
彼女とちゃんと顔を会わせら、笑顔を作ることができるだろうか。
考えて、深いため息が出てしまった。
多分、無理なのだ。こんなにも心がざわめいている。
トオルは店の窓から外を眺め、穏やかな午後の街をぼんやりと見た。雑踏に目を送り、そこに目を落とすことで、今ある胸のざわつきが少しでも穏やかにならないかと願った。
けれど、今日の長閑な街の景色とは裏腹に心の中はずっとざらざらしたままだ。
すでに表情は暗く沈んでいた。
鏡なんて見なくてもわかる。
作り笑いなんて、もともと得意なほうではないのだ。
できることなら、今日だけは美純の顔を見たくないと思った。
けれど、どうしてか予感があった。彼女は今日、やってくるはずだ。
その確信に近い予感がトオルの胸中をなお一層重苦しくさせていた。
『カーサ・エム』はいつもと変わらないディナータイムを迎えようとしていた。
そして、この場所からトオルが逃げることは出来ない。