最高の最期
私には人の寿命があと三日になると見えるという能力がある。
同じクラスで見た目が派手で素行が不良な樹杏玲斗。遅刻やサボりはいつものことでクラスでは浮いた存在だ。 私は死神少女と不気味がられて違う意味で浮いた存在だ。 私達はクラスでは浮いているという共通点があった。
「あと三日であなたは死んでしまうかもしれない」
「マジで!? 俺の命は三日かぁ。だったら、最高の死に際を求めてみたいな。お前、協力しろ!」
彼から死への恐怖心や私に対する不気味な気持ちは感じられず、死への前向きな気持ちが感じ取れた。
「私の言葉を信じるの?」
「お前は有名な死神少女だってことは小学生時代から有名だからな」
この人にまで私の死神伝説が知られていたなんて。
「死は怖くないの?」
「後悔したくないから、最高の生き方をして死にてーだろ。つまり最高の死に際を求めたいってことだ。どうせこの地球上の人間は遅かれ早かれ全員死ぬわけだしさ」
彼の言っていることはなるほどと思えるような、納得できるような言葉が並ぶ。今まで会った中で一番ポジティブな死確定者だ。
「三日は短いようで長いよな。俺、一度死んでるから」
この人は、またまた予測不可能な言葉を発する。
「こう見えて、昔は天才ピアニストなんて言われていたんだ。将来有望な少年だって雑誌にも取り上げられたり、コンテストで優勝したりしてたんだ」
目の前にいる不良少年とピアニスト。なんて不釣り合いな言葉だろうか。
「物心ついたときには、ピアノがオモチャみたいな感じでさ。うち、音楽家一家なんだよ。事故で指に怪我をして、ピアニストになるには正確な演奏は難しくなった。プロになれない俺なんて家族は見向きもしなくなった」
「ピアノは弾けないの?」
「弾けるけど、プロにはなれないってこと。我が家にしてみたらプロの音楽家になれない人間はいらない人間なんだ」
「音楽室のピアノで何か弾いてよ。聴いてみたい!」
「ちゃんと練習してないから、あんまり指動かないと思う。ゲームして、スマホして、うまいもの食べて、好きをやり尽くすつもりだったんだ。でも、ピアノで誰かの心に俺の音色を届けて感動させるのも悪くないな」
「おいしい食べ物を食べたり、美しい景色を見たいと私なら思うな。最高の幸せな基準は人それぞれかもしれないけどね」
「それ、最高の三日にふさわしい! 採用な! 」
どこまでも前向きで不思議な人。最期まで楽しさを追及する人。人間じゃなかったら、きっと行き方を選択することは難しいと思う。人間だから生き方を選ぶことができるのかもしれない。
「最高に死ぬために、俺のピアノを聴け。怪我はしたけど、その辺の奴よりずっとうまいのは保証する」
音楽室には誰もいなくて、誰かに弾いてほしいかのように待っているグランドピアノが一台ある。黒く光るその楽器は夕陽を浴びて漆黒の輝きを放つ。 グランドピアノに向かって彼はペットを撫でるかのように優しく微笑む。
「お前は先が長いんだから、何か打ち込めるものを見つけろ」
彼がピアノに触れるとまるで共鳴するかのように音楽が奏でられる。 一音奏でるだけで、音が弾ける。音が生きる。音を楽しむと書いて音楽という言葉通りだ。彼の指は怪我をしていたとは思えない。力強さがあって、どこかで聞いたことがあるクラシックの曲が奏でられる。
夕陽の光であふれた彼の姿は、神々しくてまぶしくて、まるで別世界の人みたいだった。 きれいな髪の毛だなと思う。 ピアノを弾いている姿は、今までみたこともないくらい美しく綺麗だった。
「もし、この能力が、誰かを救うとか怪我を直すとかそういう能力になればよかったのに」 今更ながら嘆く。
「じゃあ、誰かを救える仕事に就けばいいんじゃね?」
今までなりたいものなんてなかったけれど、ぼんやりとやりたいことが見えてきた。
「俺の音色に感動したか。美味しいものを食べて、美しい景色を見るっていう計画を今から決行するぞ。金はあるから、うまい飯食いに行こう。美しい夜景でも見て帰るか。やりたいことはやっておかねーとな」
食事をしたり、一緒に帰ったり、出かけたり。 制服のまま訪れたのはどんな高級な料亭かと思っていたら、下町のラーメン屋だった。
「ここの中華は世界一といっていいくらいうまいんだ。ラーメンとチャーハンと餃子、注文するぞ。明日も、一押しの飯を食える場所に連れて行くからさ。食え、俺のおごりだ」
「明日も?」
一緒でいいの? その言葉に心躍る。 出されたラーメンは透き通るような色合いで、黄金色に見えた。シンプルなラーメンなんだけれど、コクがあってすごくおいしい。こんなにおいしいお店が近くにあったなんて灯台下暗しとでも言おうか。 その後、夜景がきれいに見える公園に行き、ベンチに座って、ただ町を一望する。こんなにきれいな夜景がこんなに近くにあったんだ。彼がいなかったら、気づくことなく毎日が過ぎていただろう。おばあちゃんが亡くなり、母親しか保護者と呼べる人はいない。でも、その母親は私に関心がない。
二日目も玲斗のピアノを音楽室で聴かせてもらう。
「やっぱりこのピアノじゃいい音がでない。ろくに調律もしていないんだろうな。今日は俺の家に来い!! 今の俺が最大限弾けるピアノを聴かせてやるよ」
笑顔でいっぱいの彼はあと二日しか生きられないことを普通に受け入れていた。
「あなたは、私のこと不気味だとか思わないの? だって死神少女だよ」
「むしろ、かっこいいって。だって、予言者じゃん。未来を予知できる能力なんて普通はないからな」
三十分弱は歩いただろうか。森の茂みに近い広い大きな屋敷がある。 緑の中の大きなきれいなお屋敷だった。 一階入ってすぐの部屋に大きなグランドピアノがある。
部屋にはたくさんのコンクールの賞状や盾があった。この人、本当にピアニストだったんだ。
「俺が小学六年生の時に、事故にあって、指を怪我したんだ。子猫が車にひかれそうになったのを助けたという理由なんだけどな」
「今日は特別な場所に連れていくよ」
森の奥に連れていかれる。月明かりがきれいだ。月光ってこんなにきれいだったんだ。 大きな屋敷が建っている。
「ここは孤児院。俺の両親が寄付して設立したんだ。親を亡くしたり、何らかの理由があって育てられない大人が子どもを預ける場所。十八歳までが多いけれど、大学に行くなら二十二歳までいてもいいって言ってたよ。もし、大変だったら、ここを頼ってよ。ここの施設長を紹介するよ。かあさんって呼ばれてるんだ」
インターフォンを押すと、明るい雰囲気のかあさんっていう感じの女性が出てきた。
「こんばんは。よかったら今日はここに泊っていかない? 夕食もあるし」
「お前、前髪あげると意外ときれいな顔してるよな」
顔を隠すためになるべく長めに伸ばしていた前髪を玲斗が上げる。初めて人に褒められる。こんなに嬉しいことはないよ。思わず赤面する。
「もし、俺がいなくなってから困ったら、ここのかあさんを頼れ。この人は実質的な俺のかあさんだから。かあさん、この子のことを頼むよ」
「あいよ、任せときな」
その言葉にはとても大きな信頼感と包容力があった。 その日は施設に泊まることにした。 展望台があって、望遠鏡があって、玲斗の家は凄い経済力なんだなと尊敬する。 いつの間にか夜中十二時を過ぎていた。
「俺はあと一日しか生きられないんだろ」
数字が一になっている。つまり、あと一日だ。やっぱり増えるなんて方法は見つけられない。私はたくさんのことを玲斗から得たのに、彼に何もしてあげられない。
「俺は、お前に会えたことがとても良かった。死ぬことがわかっていたら、もっとこうやっていたのにって思うだろ。死ぬことがわからない人間にはもっとこうすればよかったとか後悔しかないんだよ」
彼の体がクッキーが砕けるようにほろほろと目の前で破壊される。
「本当は、俺、既に死んでたんだよ。でも、なぜかお前にはあと三日生きると映ったらしい。その能力のおかげで肉体が死んでも、精神は三日程度ならば生きていられたのかもな。実際、生きていた時より、生きてる感じがする三日だった。俺は今、幸せだ。最高の最期をありがとな」
笑顔で消える玲斗。 彼はたしかに生きていた。 不思議で最高の三日間。人生で最も濃い三日間。彼が奏でた音色は確かに私の心を揺さぶった。それは事実だった。やり残したことがあって、不意打ちの死を迎えた彼は私という能力者に接することで、三日だけ、魂だけが生きていたのかもしれない。 その日の朝に死んだほうの体は発見された。警察が捜査した結果、子猫を助けるために森の崖から転落したらしいと後に知った。本当の彼の肉体は森の中にあったらしい。
多分、その気持ちは恋だったのかもしれない。




