生まれ変わっても
「生きるってなんだろう。俺の価値って何だろう?」
母親を亡くし、一人ぼっちになった。俺の人生は暗く寂しいものだ。俺が誰かの役に立ったこともないし、今後も役に立つとは思えない。要するに、希望がないのだ。絶望のみなのだ。
「よお、青年、おまえは死にたいのか?」
幻覚が見えた。最近死ぬことばかり考えていたから、とうとう俺の頭がいかれてしまったのか? 幻覚の女は美しかった。
言葉づかいこそ男のような口調だったが、若い髪の長い金髪の女性だ。
「私は、幻覚ではない。生神だ」
「イキガミ?」
幻覚が話しかけてきた。とうとう俺の頭はどうにかなってしまったらしい。
女神は氷のように冷たい冷気をまとい、瞳にには神々しいという言葉がよく似合う。
「死神なら知っているけど、生神なんてきいたこともない」
「死神と生神は真逆の神だ。死神は人を殺すために存在するが生神は人を生かすために存在する」
俺が、まともに女性と話したのは何年ぶりだろう?
いや、人と対話したのはいつぶりだろう?
「なぜ、神様が俺の前に現れた? 俺は選ばれし者でもないし、生きていても役に立たない人間だ。悲しむ家族もいない」
「生神、俺の話を聞いてくれないか」
俺は、誰かに聞いてほしかったのかもしれない。俺の心の内側の煮えたぎるような苦しみとか葛藤とか、そういったものを吐き出して楽になりたかったのかもしれない。
「話してみろ」
「俺は、勉強も運動もできない。どこかで俺は期待していたのだと思う。自分のやりたい仕事がみつかって、世間でいういい仕事に就けるってさ。でも、俺には才能も能力も秀でたものがないのだよ。わかっていたけど、現実突きつけられると悲しいものだよな。唯一の身内である母親が死んだ。大学の卒業までのお金は間に合いそうだけど、この先、仕事のあてもないし、奨学金も返せない。人生の負け組だと思っていた時、二十二歳にして初めての彼女ができた。彼女とはいってもレンタル彼女」
「レンタル彼女?」
「家族がいなくなってさびしい時に、ネットで見かけたんだ。彼女をレンタルするって。友達もレンタルしてくれるみたいでさ。結婚式で呼ぶ友達がいない人がよく使うらしいんだけれど、友達を商売でレンタルするってすごい発想だよな。心底驚いたよ。それを考えた人って天才なんじゃないかって。社長に仲間意識すら芽生えたよ。だって友達がいる人ならレンタルの必要なんてないんだから、社長も同類で友達いなかったんじゃないかって」
「つくづく、面白いやつだな」
「はじめて面白いって言われたよ。今までの人生、つまらない人間だとしか言われたことなかったから」
「今日、生きていてよかったってことじゃないのか。私に出会わなかったら、一度も面白いと言われなかったわけだ」
生神の言うことは、正論だった。
今日、生きていたからこうやって会話ができている。
もちろん、現実とは思えないけど、それはそれでよかった。
「レンタル彼女っていうのは、デートをするとか、彼女をいると見栄を張りたい人がパーティーに同行してもらうというレンタル制度でさ。会話ができる関係っていうのは俺にとっては、この上なく最高の出来事で、周囲から恋人だと認識されるだけで、本当にうれしいことだった。彼女、病気みたいで……あまり詳しいことは教えてくれなかったのだけど体調悪そうでさ。半年くらいした頃に急に実家に帰ってしまったんだ」
「実は、彼女に会いに行った。彼女の実家のことを結構聞いていて、町役場の前に実家があるって聞いていたから、その町を訪ねたんだ。旅行もしたことないような俺が、遠方まで思い切ったことをしたものだと思うよ。そうしたらさ、その子が笑顔で彼氏と歩いていたんだ。彼氏なんていないって言っていたし。命に関わるくらいの病気なら、お見舞いに行こうと思っていたんだから。普通、彼女が病気で弱っていたら、小説なんかだと、余命何か月とか、亡くなるとか、せつない話になるもんだよな。現実は違うものだな。全部嘘だったのかな」
生神がメモのようなものを見ながら話し始めた。
「彼女のことだが、私が調べたところ、彼女の病気は心の病で、気分次第で、体調が変わる。だから、体調が悪いのは本当で実家に帰ったようだ。地元の幼馴染と再会して、そのうち付き合うこととなった。だから、彼女は、嘘はついていない。貴様が勝手に命に関わる病だと思い込んだだけだろ? 彼とは付き合いだして間もない。言っておくが、彼女は貴様に恋愛感情は持っていなかった」
俺はひどくがっかりした。失恋したのだから。
頭ではレンタル彼女ということはわかっていたけど、割り切れない思いが人にはある。もしかして、彼女も俺のことを好きになってくれたんじゃないかって。あの笑顔は俺にとって失いたくない大切なものだった。
「会いたい友達がいれば会わせてやるぞ」
「俺に友達なんていない。友達だと思っていた人たちは、俺のこと友達だと思っていないし」
「そうだ、俺、大学1年生のとき、一時期だけど、バンドを組んでいたんだ。そこには、色々なメンバーがいて、とびきりな一夏だった。けれど、半年程度で解散してしまって、俺は音楽から遠ざかったんだ。俺は楽器ができなかったけど、音楽を聴くのが好きで、歌うことも好きだった。さっそくボーカル募集をさがしたんだ」
生神がほほ笑む。
「思ったより楽しそうじゃないか。今から会いに行かないか?」
「みんな連絡先も変わったし、どうしているかもわからない。俺に会いたいやつなんていないよ。誰も新しい連絡先も教えてくれないし」
「だったら、私がそのメンバーの居場所を教えてやる。気にならないか、そいつらのその後の人生」
俺は、神だとかいう幻想が見えるくらいおかしくなっている。どうせ暇なのだ。人間というものは好奇心の塊だ。週刊誌などが売れるのも、有名人、芸能人のプライベートや色々なスキャンダルが気になるからだろう。人間は気になる生き物なのだ。だからこそ、人間は下世話で面白いのかもしれない。
「やっぱり、キーボードのユミちゃんからだな」
生神がささやく。
ユミちゃんは、紅一点で、女性と話すことが苦手な俺には、とても近くて身近な存在の唯一の女性だった。年は俺の一個上で、元気で明るくて友達が多い人だった。ほとんど会話をしたことはない。
ただ、俺はそのグループの一員としてそこに居させてもらっているだけ、の人だった。少し憧れのお姉さんのような存在だった。近いけど、手が届かない、そんなじれったい存在だった。
生神が手を差し伸べる。
しかし、神の体は半透明で、つかめなかった。体温も感じられない。
むしろ冷たい空気という感じだ。
触れられない存在だということを知り、何となく、別世界の遠いものだという現実が今更ながら俺を襲った。近くにいるのに触れられない、生神は、ユミちゃんと同じだ。ユミちゃんは短大を卒業して、無事幼稚園の先生になれたのだろうか。
風が吹き冷たい空気が全身を覆う。目をつむると、知らない場所に来ていた。瞬間移動というものなのだろうか? 一瞬でユミちゃんがいる場所へ来ていた。
生神がメモを読んだ。
浅倉ユミ、この者は短大卒業後に幼稚園に就職。
しかし、その後、保護者とのトラブルや同僚からのいじめなどが原因で、今は、マサというバンドで知り合った男と結婚して、育児をしている。
「マサってドラムで工学部のあいつか?」
「今、二人がアパートから出てきたぞ」
生神が言う通り、それは、育児疲れしていたユミで、以前のような明るさや若さを感じられない。簡単に言うと、おばさんになっていた、ということだ。マサは、一流企業の会社員として働いているらしく、彼も毎日の仕事で疲れ切っていた。
おしゃれにこだわっていたマサも、現在は以前のような輝きはなかった。
慣れない仕事と結婚が重なったらしく、夫婦仲もあまり良くないという雰囲気だった。仕事もうまくいっていないマサ。
俺はなんだか、とてもがっかりした。他人の芝生は青く見えるというが、事実や現実を知ると、俺のほうがマシなのかも、という諦めが出てきた。
あんなに輝いていた人も、輝かなくなる。
自分に時間やお金をかける暇がなくなる。
結婚というものは、うらやましいと思っていたが、現実は甘いものではなく、かなり辛いということがあの二人の様子から伝わってきた。
「貴様は、自由だ。自由ということは、限りなく、幸せなのではないか?」
生神がつぶやく。
「他のメンバーにも会うか?」
俺は、その言葉に首を横に振った。
元気で未来を明るく語る彼の記憶しかいらないと思った。
「いや、俺は同窓会というものは嫌いなんだ。その後その人が成功したとか、結婚して子供がどうなったとか、余計な詮索は苦手だ。俺は、その時の記憶のままでいい。これからの生活にそいつらの成功も失敗も俺には無関係なのだからさ」
ニヤリと生神がほほ笑んだ。
「みんな多かれ少なかれ、どんな選択肢を選んでも、苦労はある。俺だけが大変なわけでもない。エリートだって苦労があって、夢があるから、成功するわけでもない。人生は実に滑稽だ。しかし、長い人生、この後どう転ぶかはわからない。面白いものだ」
「生神、俺と友達になってくれないか? 名前はなんていうんだ?」
生神は少し、驚いたような顔をして、俺に話し始めた。
「なぜ、貴様の前に現れたかわかるか? 貴様の前世の前世のずっと前、私のよく知る人物だったからだ。私の名前はアマテラス。本来は太陽の神だ。アマテラスから生まれ変わって 私は ある国の王女として生まれた。そこには、幼馴染で、強い男がいて、私を銃弾から守るために、死んだんだ。ミカゲという名前の私と同じ年齢の男だった。まだ、二十歳だったよ」
俺も、魅影っていう名前だけど、偶然なのか?
「もしかして、あなたは、その人のことを好きだった?」
仏頂面の女神は珍しく、表情が変わった。
「私への銃弾から守るためにミカゲが死んだ。死んでから、ようやく、失った者が味わう悲しみを知ったのだ。その時は、遅すぎた。私は、絶望した。その時、生神っていうやつが私の目の前に現れて、お前は生きろといった」
彼女の懐かしい面影――もしかしたら前世の記憶がどこかに残っていたのかもしれない。美しさに見とれながら 俺はこの人の傍が不思議と心地よかった。神を信じてもいないが、ただ俺とまっすぐに向き合って会話をしてくれる存在がうれしかった。
レンタル彼女は、俺に向き合ってくれていたのか?
生神ほど俺と向き合っていなかったのではないか?
ただ話を合わせてくれていただけ、なのではないのか?
はじめて俺はそのことに気づいた。
俺は馬鹿だ。馬鹿だと思っていたが、思っていた以上の馬鹿なのだと気づいた。
俺は何か努力していたか?
何かを残そうとしていたか?
ただ、毎日を浪費する日々。
時間が過ぎるのを待つだけの寂しい毎日を過ごしていた。
「なぁ、アマちゃんって呼んでもいいか?」
「はぁ?」
迷惑そうに顔をゆがめる生神。
俺は今まで人に踏み込もうとしていなかった。
コミュニケーション力に自信はないし、劣等感の塊だったから仕方ないのかもしれない。でも、今は一歩、歩み寄ってみた。人と人として接してみたかった。
「一応生まれ変わりだから。俺は、アマちゃんと一緒に生きてみたい」
俺の一言に彼女は困惑気味だ。
「私は神なんだから実体はないのだ。私は人間じゃない」
「俺はもう一度人生を前向きに考えてみるよ」
生神が話し始めた。ゆっくり、少しずつ思い出すように。
その唇はとても神秘的で魅力的だった。
声は音楽を奏でるような懐かしい響きを解き放つ。
その声に、うっとり眠ってしまうような穏やかな時間が流れた。その時間は普通の時間よりゆっくりと流れているように感じた。
この世のものとは思えない不思議な空間に俺はいたのだ。まるで音楽を奏でるように彼女は話し始めた。
ミカゲはツクヨミの生まれ変わりで元は月の神だということが、生神になってからわかったんだ。私は、太陽の神だったが、生まれ変わって王女として生きていた。
俺はミカゲだった記憶も、ツクヨミだった記憶もない。
月夜魅影、俺の名前だ。
この名前はツクヨミだったことと関係があるのか?
♢♢♢
「おい、そろそろお目覚めの時間だよ」
声が聞こえる。長い長い夢から覚めたのか? ここは? 研究室のようなしんとした部屋だ。
「夢の旅はいかがだったかな?」
白衣の老人が語り掛けた。博士という風貌だ。
「夢……だったんですか?」
「ここは脳科学を研究している研究所でね。人の夢に仮想空間を作り、現実とつなげるという実験を行っているんじゃよ。負の心のエネルギーを電気エネルギーなどに変換する心理エネルギーの人間エネルギーの開発が我々の最終目標なんじゃよ。元々は、君のように絶望にある人を救うためのボランティアから始まったんだがね。ここの所長は頭脳明晰なうえ、ビジネスにもたけていてな。人を救うためにレンタル友達事業を起こしたんじゃよ。所長は元々、研究の畑の人間だが、商才もあるんじゃ」
「脳科学? レンタル? ボランティア?」
異質なものが組み合わさって俺の脳は混乱していた。
レンタル事業をはじめた社長が夢の旅を研究所で与えていた?
誰が頼んだのだろう?
「実は、生前、君のお母さんに頼まれたんだ。息子は、私が死んだらきっと絶望する。あの子は孤独な子だ。だから、友達でも彼女でもレンタルしてほしい。そして、貼ってあった求人票を見て、ここで息子を働かせてほしいと頼まれたんじゃよ。うちもまだ、レンタル事業は新しい分野だったから人が足りない。面接は夢の旅で行うと所長が言ってな。夢の中は人間の本質が見えるから、面接にはちょうどいいらしい」
「め、面接……?」
「イキガミ?」
俺は驚きが隠せなかった。最高に心拍数は上がっていただろう。
所長は、夢の中の生神そのものだったのだから。
言葉が出ず、何も言えず、ただ、口を開けていた。
「先ほどの夢の旅の案内人は私がモデルとなっているの。夢の時間というのはほんの数分なのよ。私は直接あなたの夢を作り、仮想空間を作ったの。面接時間は十分程度だったかしらね。合格よ。もしよかったら4月から正社員としてうちで働かない? これから、絶望人間を救うための仕事をしてみない? 若者の仕事場を斡旋するのも私たちの仕事よ」
狐につままれたような話だが、就職が決まったらしい。
「生神の設定は俺の知人の今を映し出すことや、元王女というストーリーなんですか?」
「いや、生きるための神様ということくらいしか、設定はないよ。だって、それぞれの知人を把握できないし、知人を映し出す技術はまだないからね。あと、王女っていう設定は特にはないけど」
博士は微笑みながら答えた。
彼女は目をそらすと「さぁ、行こうか、先程の話は秘密だぞ」と言って手を差し伸べた。




