魔界の王子 人間界で高校生はじめました
夜神怪は魔界の王子であり魔王だ。
大魔王になるべく修行のため人間界に降り立った。人間は弱く無能だから、俺に危害を加えることもない。人間たちは安全で平和な暮らしをしている。魔力を駆使して、人間を洗脳して人間としてこの世界で生活をしている。もちろん誰にも気づかれてはいない。洗脳の力で戸籍も簡単に手に入るからな。
修行の内容としては、人間界の学生生活を無事やりこなすこと。そして、人間界で嫁を見つけること。大魔王になるのにはこれが大事なミッションだ。人間界で苦労して一人前になることが大魔王への第一歩ということらしい。
魔力をフルに使い、高校生として潜入することになった。
「夜神はこんなところでまたさぼっているの?」
この声はクラスメイトの照野ひかりだな。この女は正直苦手だ。俺に対していつも対等に接して来る。
「あなた人間じゃないでしょ」
出会い頭に言う台詞じゃないだろ。
「なんて失礼なことを言うんだ。俺は人間だ。どうしてそんなことを言うんだ?」
「悪魔の角がみえるから」
当たり前のように俺の頭の上の角を指さす。
「そんなわけないだろ。だいたい、おまえに見えるのか?」
見えるはずはない。人間には悪魔の角を洗脳によって、みえなくしているんだ。たしかに俺の角は魔族だけあって立派なものだ。隠しきれていなかったのだろうか。
「私、妖魔力が強いのよ。あなた良からぬことを考えているでしょ。この傷は? また誰かとケンカしたの?」
「ちょっと怪我しただけだよ。この程度の傷はすぐ治るさ」
「いっつもあやかしの類とケンカしてるんでしょ。この学校に来た目的は何?」
「バカなこと言うな。俺は普通の人間だ」
「またまた、隠しているつもりかもしれないけれど、私には隠せないわよ」
「わかった。おまえにこの角が見えるならば、白状しよう。俺は、魔王だ。そして、大魔王になるための修行に来ている。まずは人間界で生活をすること。そして、嫁を見つけることがミッションだ。ミッションクリアの暁には大魔王になる権利を授与される」
「なんだ、婚活かぁ」
「婚活?」
「結婚活動よ。あんた悪魔界で、もてないからここまで来たの?」
「失礼だな。代々魔王の嫁は人間界から来てもらっているんだ」
我々の世界に比べると空は青く雲が白い。この世界のことは教科書でしか学んだことはないが、実際に見ると写真で見たよりも透き通ってすがすがしい気持ちになる。鳥のさえずりというのも初めてだが、悪くない。むしろ心地いい。朝の空気も魔界とは全然違う。空気のすがすがしさは教科書では体感できない。それゆえの実習なのかもしれない。この世界もそんなに悪くない。
「そうだ、おまえに嫁のフリをしてもらって実習を終わらせるというのもありだな。唯一俺の正体を知っている人間は貴重だ。その手を使わないなんて、もったいないと思わないか」
「でも、そんなことしても本当の結婚相手がいないのは困るんじゃない?」
「結局だめになったということにして、適当に魔界から嫁を探すというのもありらしいからな」
「でも、そんな面倒に巻き込まれるのはごめんだわ」
「そこをなんとか。嘘の恋人でいいから。そうだ、俺がのちにフラれた設定にしよう。報酬ははずむぞ」
「報酬って?」
「俺の魔力があれば、おまえの望みをかなえることができる。欲しい洋服やアクセサリーなどなんでも出すことは可能だ」
「悪くない話ね」
ひかりはにやりとして、了承する。
「嘘の結婚相手として、一度大魔王に会ってくれないか」
「あなたのお父さん?」
「そのとおり。うまくいかなかったことにしてしまえば不利益はない」
「でも、夜神は魔界でいい人見つけられそうなの?」
「人間界で出会いを求めるには広すぎるし、時間が足りない。魔界のほうがじっくり時間をかけて選ぶことができるからな」
「あなたのこと一ミリも好きな気持ちはないけれど、報酬があるなら協力しましょう」
からすが鳴く黄昏時。放課後学校付近の竹林へ行く。
「このあたりなら、誰も来ないだろう。さあ、手をつなぐぞ」
「手をつながないとだめなの?」
「仕方ないだろ。俺の手を握っていろよ。時空の間は風が強い。吹き飛ばされないようにしろ」
「わかったわよ」
しぶしぶ手をつなぐ。魔界への移動のためとはいえ、女性と手をつないだのは初めてかもしれない。腕を地面と平行にする。手のひらをひらいて、妖魔の力で時空の穴を開ける。空間がゆがみ穴が開く。そこへ飛び込む。一瞬強い風が吹く。目を開けていられないけれど、それはほんのわずかな時間だ。しばらくすると風が生暖かくなる。瞼を開けると、紫色の空が広がる。
「ここが魔界?」
「そうだ。俺はここの大魔王になる、そのためにほんの少しだけ協力を頼む」
「空は紫色だし、雲はピンク色なのね。木の色は緑ではなく青いのね」
「ここの色彩は人間の世界とはだいぶ違うんだ。だから、青い空に白い雲は初めて見たんだ」
「ここがあなたが生まれ育った故郷なのかぁ」
「貴重な体験だろ? この先が俺の家であり、魔王城だ」
そびえたつ大きな建物を指さす。漆黒色の建物は重々しい雰囲気をかもし出す。
「本当に王子様だったんだぁ」
「まあな」
門の前に着くとたくさんの家来たちが出迎える。俺にとっては当たり前の光景だが、ひかりはかなり驚いている様子だ。門が開く。大魔王のいる部屋まで歩く。全員が頭を下げる通路を抜けて進む。
「最上階が大魔王の部屋だ」
「大魔王ってなんだか怖そうじゃない?」
「どうだかな」
ドアを開けると――
「怪ちゃん、おかえりー。何日も会えなかったからパパめっちゃさびしかったよぉー」
ひかりが石像のように固まっている。そりゃそうだ。こんなにごつい強面の大魔王が、怪ちゃん呼ばわりしてしてパパと言っているんだからな。
「ママも寂しかったわぁ。まぁその素敵なお嬢さんは将来のお嫁さんになる方?」
「はじめまして、照野ひかりです」
「彼女は妖魔力のある人間なんだ」
「まぁ、私も昔、人間界でパパと出会って結婚したのよね。人間出身なの。よろしくね」
「魔王家は人間と結婚することによって、栄えてきたんだ。どうやら混血のほうが丈夫で優秀な子供が生まれるらしい」
「怪ちゃんのどこに惹かれたのかな? まぁ惹かれるポイントはたくさんあったと思うけどねぇ」
大きな大魔王が見下ろしながら、俺を好きになったポイントを聞いてきた。これは、ピンチかもしれない。ひかりは俺に対して一ミリも好きだと思っていない。
「夜神君は誰に対しても平等に優しく接しています。真面目で一生懸命なところは尊敬に値します」
この女、口からすらすらとよく嘘がつけるものだな。俺はあきれてものが言えない。しかし、こうも褒められると嘘だと知っていても照れるじゃないか。
「怪ちゃんは、ひかりさんのどこが気に入ったの?」
そう来たか。ひかりのいいところを述べればいいのか。俺は一瞬考えるが、思いのほかすらすらと言葉が出る。
「魔界の話をしても、ひるむことなく行ってみたいと言ってくれた。このように勇気と好奇心旺盛な人はそうそういるものではない。そして、いつも俺のそばにいてくれたことは人間界での生活の中でとても心強かった」
この言葉は八割本当の気持ちだからな。
「魔界で生活してもいいのかい?」
「はい。夜神君と一緒ならば」
本当に詐欺師になれるんじゃないだろうか。こんなに口がうまい人間だとは思わなかったぞ。
「人間界に戻るよ」
あまり墓穴を掘りたくないと思った俺は、長居は無用だと思う。
「まぁ、残念だわ。また来てね」
母親は気に入ったらしい。
「若い頃のママそっくりの美人さんだな。怪ちゃんは見る目があるなぁ」
父親も好感触だ。
「じゃあ、また来るよ」
「お邪魔しました」
これでミッションクリア。俺の未来は約束された。しばらくしたら、別れたと報告すればいいだけだ。協力はもう必要はない。
「じゃあ報酬を渡すよ。何がいい?」
「人間として高校生活を過ごして、私と付き合って」
「からかうなよ」
「さっき、好きなところを言った時、本当に夜神怪って良い人だなって改めて思ったんだ」
一生を決める一瞬。ひかりに対してじっくり向き合う。俺の本当の気持ちは。
「よろしくおねがいします」
魔界では、父と母が話をしていた。
「ウソから始まる恋もあるのよね。私たちがそうだったようにね」
全てを見透かされていたことをまだ二人は知らない。




