『勇者のいる世界⑧』
舞い上がる炎から反射的に身を庇った腕を退かすと、床に座り込んで頭を抱えているジョッシュ君の姿が目に映る。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
ジョッシュ君は震えながら、ひたすらに謝罪を繰り返していた。
「大丈夫、キューブのことは気にしなくて良い」
言いながら近寄ると、頭を抱えている小さな手に酷い火傷のあとが窺える。
見ただけで、その痛みが伝わるほどの損傷だ。
しかしながら、ジョッシュ君に痛がる素振りは一切なく、それよりも優先されているのは謝罪の言葉。
その様子は、彼の背景にある歪な過去を物語っているようだった。
私はすぐに手当てを施そうと、机の引き出しから薬箱を取り出した。
と言っても、ここにある薬なんて、たかが知れている。
この火傷の具合では、焼石に水滴を垂らす程度の効果しか見込めないかもしれない。
それでもやらないよりはマシだと、手を伸ばそうとしたその時、ジョッシュ君は大声を張り上げて私の行動を制した。
「触らないで!!」
その声があまりにも迫真であったため、私は言われた通りに手を止める。
だが、この火傷を放置しておくわけにもいかない。
どうしたものかと頭を悩ませていると、ジョッシュ君の腕に異変が起きていることに気付いた。
「これは……」
何やら腕全体が淡く黄色に発光しているのである。
更には、あれだけ酷かった傷が見る見るうちに修復されてゆく。
その光景に目を丸くしながらも、私は無意識に口角を上げてしまっていた。
超常的な回復力、これが勇者の力なのか。
駄目だ。悪い癖だと自覚をしながらも、私の思考が止まらない。
ランタンキューブにしてもそう。
あれは投げることを前提に制作していて、ちょっとやそっとの衝撃で壊れるような設計ではないのだ。ましてや、子供の力で破壊するなど不可能なはず。
知りたい。
私はできるだけ柔らかい口調で、怯えているジョッシュ君に声を投げかける。
「ジョッシュ君、安心してくれ。私は君の味方だ」
虚言を口にしているつもりはなかった。
ただ、この時ばかりは打算を含んでいた事を認める。
彼の心を開かないことには何も聞き出せないと思ったのだ。
ジョッシュ君は私の声に反応し、ゆっくりと顔を上げる。
「その力のこと、教えてくれる?」
問い掛けると、ジョッシュ君は震える声で話し始めた。
子供の口から出た言葉で、要領を得ない説明ではあったが、要約するとこうである。
ジョッシュ君は三年前に、突如として勇者の力を授かった。
だけど、その力に説明書などあるわけもなく、子供の直感で制御できるものでもなかったようだ。
感情が昂ると身体が熱くなり、力のコントロールが効かず、手で触れたものをみんな壊してしまうのだとジョッシュ君は語った。
先程、触れられるのを避けたのは、その力で傷つけてしまうのを危惧してのことなのだろう。
「こんな力、欲しくなかった……」
それは弱々しく発せられた言葉ではあったが、ジョッシュ君の心からの叫びにも聞こえた。
まだ父親のことなど、話したいことはあったが、今のジョッシュ君の精神状態で掘り下げる話でもないと判断し、私は口をつぐむ。
彼には休養する時間が必要と見える。
私は机の上に置いておいた干し果物が詰められた紙袋を手に取り、ジョッシュ君の前に置く。
「落ち着いたら、それで空腹を満たすといい」
お腹が空いたらクラッカーを好きに食べていいとは伝えてあるが、恐らくは食べていないだろう。
あのクラッカーは、十歳の少年には大人の味だったのかもしれない。味は無いのだけど。
ビーカー二つに紅茶を注ぎながら、ジョッシュ君の力について考える。
それにしても、勇者の力の一端を見て思ったが、超常的なパワーはさておき、超回復の力について。
森で襲われていたジョッシュ君が無傷だったのも頷けるほどの回復力だったが、あの力の源泉は魔力なのではないかと推察している。
と言うのも、傷の修復中に彼の腕を纏っていた黄色みのある淡い光に見覚えがあったのだ。
私は自身の胸に手を当てる。
異世界転移装置の反応とそっくりだった。
実のところ、私は魔力というものを、爆発性のあるエネルギーとしか認識していない。
異世界転移装置のように、体内の魔力を外部からの干渉で直に抽出して利用する方法しか知らず、魔力の性質を自分の意思で変換して回復力の向上や超常的なパワーに利用するなんて考えたこともなかった。
もしジョッシュ君の力が魔力によるものならば、魔力の認識を大幅に改める必要がある。
ムフフ。興味深い。
知識のアップデートとは、どうしてこうも心が踊るんだ。
だらしなく弛んだ口元を引き締め、紅茶が入ったビーカーを二つ持ち、片方をジョッシュ君へと受け渡す。
干し果物にも手を付け始めたジョッシュ君の姿に一先ずは安堵しつつ、私もクラッカーを嗜みながら紅茶をすすった。
うずうず。
やはり仮説を立てたら実証したくなるのが発明家の性。ジョッシュ君も少しは落ち着いてきたようだし、ここは一つ、確かめてみようか。
ビーカーを机の上に置いた私は研究所の棚を漁る。
確か、最後に使った時、ここにしまった気がするのだけど……あれ、違ったかな。
見つからない。
「ジョッシュ君。小さい玉が五つくらいついた腕輪を探してるのだけど、どこにあるか知らない?」
「それならそこに」
ダメ元で聞いてみたけど即答なんだよね。
ジョッシュ君が指を差した棚を調べると、そこには確かに目的の腕輪が置かれていた。
有能な助手である。
腕輪を取り出した私はジョッシュ君へと近づき。
「右腕を出して」
差し出された腕に腕輪を取り付ける。
「博士、これは?」
これは私が作った魔力測定器。体内の魔力量に応じて、玉が光るようになっている。
問題は私を基準に作られているため、一般人が保有している魔力量では玉一つすら光らないのだが。
「まぁ、玩具みたいなものさ」
ジョッシュ君には説明を割愛し、腕輪の側面にあるスイッチを押して測定器を起動する。
「おお……」
その結果に私は驚愕した。
もしかしてと思ったが、凄まじい魔力量だ。
腕輪の玉が三つも発光している。
これは異世界転移が可能なほどの魔力量である。
やはり、彼の力は魔力が関係していると見て間違いなさそうだ。
だとすれば、魔力についての認識が覆る。
面白い。非常に面白い。
「フフフフ」
もはや笑みを隠す余裕もなく、笑いが漏れてしまう。
ジョッシュ君は首を傾げる程度で留めているが、相手が大人だったなら、急に笑い出した私に冷ややかな目を向けていたことだろう。
ジョッシュ君に取り付けた腕輪を外し、深い意味もなく彼の頭を撫でてから、魔力測定器を元の棚に収める。
いやはや。
この世界には降り立ったばかりだというのに、色々と楽しませてくれるものだ。
特にジョッシュ君。君は本当に私の好奇心を揺さぶってくる。
私がここまで個人に興味を示したのは、記憶を遡ってみても師匠しか思い浮かばない。
実に稀有な存在である。
私に幾ばくかの理性があって良かった。
なければ、今頃ジョッシュ君を椅子に縛り付けて、やりたい放題していたに違いない。
あんなことやこんなことを、ね。
でも、いくら私でもそこまで鬼じゃない。
しばらくの間はジョッシュ君を匿い、精神を安定させることに専念しよう。
そのついでに、勇者の力を観察させてもらうとするかな。




