『勇者のいる世界⑥』
詳細を尋ねると、親父は露骨に顔をしかめて語り出した。
「結構な無茶をやらせてるって話だぜ」
曰く、その父親は勇者となった自分の息子を金稼ぎの道具として使っているらしい。
高い報酬を得て、次々に魔物の討伐依頼を受注しては、息子に丸投げしているのだとか。
随分と好き放題にやっているようである。
加えて抵抗できないように、奴隷の首輪という強制的に生き物を従える装具を使用して、息子を逆らえないようにしているとのこと。
「許せねぇぜ」
語り終えた親父は大きな拳を握りしめた。
そう言えば、親父にも子供がいるんだったな。
この人情に溢れる親父を置いて、奥さんはどこへ行ってしまったのか。
取り敢えず、話を聞いて思うことは一つ。
十中八九、勇者とはジョッシュ君のことだろう。
父親に支配されていたというのなら、彼が妙に手際が良いのも頷ける。
しかし、それはそれとして。
やはり勇者という存在も気になるところ。
「ありがとう。色々と把握できたよ」
感謝を述べると、親父は歯を見せて接客スマイルを取り戻した。
そこで話を切り上げようとも思ったが、もう一つ。
ふと思い出したことがあった。
「この街に来る途中で、崖の麓に死体の山があったんだけど。あれは何?」
「あー、死体処理場だな」
「死体処理場?」
「亡くなったやつをそこに捨てて、魔物に処理させてるんだ」
ほー。
親父の話を聞く限りだと、どうやらこの世界は死者の扱いが独特なようだ。
肉体はただの器でしかなく、本体は魂という思想らしい。
だから魂を弔う文化はあるものの、死体そのものはただの廃棄物というわけだ。
なるほどね。
干し果物屋での情報収集に満足した私は今度こそ話を切り上げる。
「助かったよ。また来る」
「おう、待ってるぜ」
ここで得たものは非常に大きい。
見るからに情報通な顔をしているだけあって、いくつも有益な情報を落としてくれた。
感謝感激である。
豪快に手を振る親父に見送られて外に出ると、さっきよりも行き交う人々の量が増えていた。
朝を超えて、街も活発化してきたらしい。
ただ同時に、ざわめきも強くなっている。
あちらこちらで秘密の雑談。
やれやれ。一体、何を話しているのか。
内緒話はもっと大声でハキハキとやってほしいものである。
周囲の雰囲気にもどかしさを感じていると、そこで知っている顔が目に映った。
門番の爺さんだ。
わたわたと様子だけは急いでいるように見えるが、歩くのと変わらないペースで走っている。
器用な走り方だ。
彼に話を聞こうと思い立ち、呼び止めると爺さんは振り返って笑みを零した。
「おぉ、お嬢ちゃん。街は楽しめてるかい?」
「おかげさまで」
「それは良かった」
笑顔を取り繕ってはいるが、よくよく見ると汗を掻いて肩で息をしている。
このまま流れで聞いてみようか。
「急いでるみたいだけど、何かあったの?」
「あぁ、それが勇者様の父君が死体で見つか……あ」
子供に話すことではなかった、という感情を顔のパーツで最大限に表現する爺さん。
ここまで分かりやすいのも珍しい。
「大丈夫だよ。教えて」
口ごもる爺さんの目を真っ直ぐに見つめる。
ここで黙らせるわけにはいかない。
圧が効いたようで、爺さんは頭を掻きながら渋々と話し始めた。
「死体処理場の近くで、勇者様の父君が亡くなっていたんじゃ」
ジョッシュ君の父親が?
「誰かにやられたの?」
「いや、魔物の仕業じゃ。首を食い千切られておった」
物騒な話だ。
しかしながら、この情報を得て、私の記憶と結びつく部分がある。
森でジョッシュ君の足跡を辿った結果、辿り着いたのが死体処理場だったことだ。
偶然ではあるまい。
口に人差し指の腹を添えて考えていると、爺さんがひとりでに話を続ける。
「勇者様も行方不明での。父君が勇者様に付けていた奴隷の首輪も同じ場所で見つかったんじゃ。恐らく、父君が亡くなったことで、契約が切れて外れたんじゃろう」
奴隷の首輪とはそういう仕様なのか。だいぶ状況が掴めてきた。
そこで自由となって逃げてきたところに、私が居たというわけか。
いやはや、心の中につかえていた疑問が解消されてゆくのは実に爽快である。
爺さんはポケットからハンカチを取り出して、額の汗を拭いながら。
「わしもこれから勇者様の行方を調べにゃならん。街の創設者からお達しがあっての。何としても人類の希望を見つけ出せ、とのことじゃ」
「見つけたらどうするの?」
問い掛けると爺さんの顔が見る見るしぼんでいく。
「言いにくい話じゃが、恐らく……父君と同じことをする気じゃろう。だからわしは、このまま勇者様が見つからなければ良いと思っておる」
「いいの? 人類の希望を失っても」
「うむ。人類の希望と言いながら、わしらは父君の横暴を見て見ぬ振りしてきた。そんなわしらに、彼の自由を奪う資格などないんじゃ」
しおしおに萎れた表情で申し訳ない事をしたと憂いを詫びる爺さん。
どうやら彼なりの罪悪感に苛まれているようだ。
「おっと、そろそろ行かねば。お嬢ちゃんはこの後も街を見て回るのかい?」
「うん、そのつもりだよ」
「そうか、楽しんでな」
「ありがと」
目的を思い出した爺さんはハンカチをしまい、再び歩く速度で走ってゆく。
その姿をしばし見送ってから、私も再び歩き出した。
知りたいことはあらかた知れた。
一通り街の散策が済んだら、研究所に帰るとしよう。




