『勇者のいる世界④』
ジョッシュ君は実に健気に働いた。
博士には重要な役割があるのだと説き伏せ、ジョッシュ君一人に整理整頓を任せる事にしたのだが、あれだけ散らかっていた研究所がみるみる片付いてゆく。
触っていいものと駄目なものを的確に見抜き、余計な干渉は一切しない。
明らかに手慣れている動きだった。あっぱれである。
ジョッシュ君の働きに感心しつつ、上機嫌で制作途中の発明に取り掛かる。
私は三本の指で正方形の物体を持ち上げ、片目を閉じて細部を覗き込んだ。
「うん、問題ない」
ここまで来れば、完成は間近だ。
燃料を必要としないキューブ型のランタン。
これが出来上がれば、投げて良し、持って良し、置いて良しという、非常に便利な不滅の光源を手に入れることが出来る。
旅をする中で、時に光源の有無は生命の危機に関わる。
いつ如何なる時でも周囲を照らせるように、備えておくのが吉というわけだ。
既に頭の中に入っている設計図の行程を順序立てて再現してゆく。
「ここをこうして……よし、次は……」
――そうして発明に意識を奪われていると、勇ましく鳴り渡る笛のような音に不意を突かれ、私は手に持ったキューブをわたわたと落としそうになった。
「ななな、何!?」
ジョッシュ君がまとめたノートを抱えながら答える。
「街の朝を告げる音、です」
言われて気付くと、窓の外から見える景色はすっかりと明るくなっていた。
「あー」
状況を理解した私の脳内に、究極の二択が浮かび上がる。
街か発明か。発明か街か。
私の基準に照らし合わせると、これらには同等の価値がある。
簡単には選べない。
キューブを持つ手に力が入る。
「うぐぐ……」
脳内で行われる激しい合戦。
押して押される良い勝負となったが、軍配が上がったのは街の訪問だった。
キューブをそっと机の上に置き、ごめんねと一言。
名残惜しそうに見つめてから背を向ける。
「ジョッシュ君、ちょっと街の様子を見てくるね」
伝えると、複雑そうな顔が私を見つめる。
心配する気持ちは分かるが、安心してほしい。
面白いもので釣られない限り、私の口は非常に堅い。
「君のことは話さないよ」
小さな会釈を横目に捉えながら、私は玄関近くの壁に掛けられた灰色のクロークを手にする。
最後に着た時の記憶は、床に放り投げたところで途絶えているため、きっとジョッシュ君が掛けてくれたのだろう。
優秀な助手だ。
報酬に何か、味のする食べ物を手に入れてきてあげよう。
クロークを羽織ってフードの位置を整える。
さて、行くと決めたら雑念はなし。
発明のことは一旦忘れよう。
楽しいことを楽しまないのは、作法に反するというもの。
この世界の文明を味わい尽くそうじゃないか。
支度も終わり、期待に胸を膨らませた私は玄関の扉を開ける。
そして心地の良い日の光に照らされながら、研究所の外へと――。
「……行ってらっしゃい」
背後から聞こえた耳馴染みのない言葉に、私の動きが一拍、止まる。
振り返るとジョッシュ君が遠慮気味に私を見つめていた。
この時の私はどんな顔をしていただろう、分からないが。
「うん、行ってくるよ」
そう言い返して、研究所を後にした。
街は意外な程、すんなりと私を受け入れた。
どうやら門番はこの姿を見て、幼い子供と勘違いしたらしい。
審査こそあったものの、それは形式だけ。
自分にも君くらいの孫がいてね、と語り出した門番の話を親身になって聞き流してやると、易々と門は開かれた。
去り際に飴玉を一つ渡され、困った事があったらいつでもおいで、と頭を撫でられる。
気の良い爺さんではあったが、門番としては機能していないようだ。
まぁでも、入れてくれるというのであれば、わざわざ訂正する必要もない。
幼き少女のまま、潜らせてもらうとしよう。
取り敢えず、門から真っ直ぐに伸びる大通りを進んだ。
カラコロ。
飴玉を舌で転がしながら、街を眺めて観察。
一見、良さそうな街に見える。
しっかりと道も整備されていて、煉瓦づくりの家や店が等間隔に立ち並んでいる。
すれ違う人々にも淀んだ空気は見受けられない。
ただ、ちらほらとざわつきは感じる。
焦りながらも、噂話をするトーンで会話をしている人達が一組、二組。
内容は聞き取れないが、明らかに何か問題が起きているといった様子だ。
許されるなら背中に飛び掛かって内容を問い詰めたいところだけど、それは許されないのでやめておく。
いつか、ひそひそ話を聞き取れるようになる発明品を作ろう。
それからしばらく歩くと、街の創設者の銅像が凛々しく立つ十字路へと辿り着いた。
右か、左か、真っ直ぐか。
正直、どの道を選んでも似たような景色が続いているように見える。
だとすれば、ここで悩む意味もないだろう。
私は流れるような動きで創設者の銅像に雪玉を投げつけ、二段坂の恨みを晴らしてから左を選択する。
何か情報を落としてくれそうな都合の良い人物はいないだろうか。
そんな事を考えながら歩いていた矢先、私はとあるお店に目を付けた。
干し果物屋だ。
ここに目を付けた理由は二つある。
一つは、ジョッシュ君のお土産に丁度いいかもしれないと思ったからだ。
日持ちもするだろうし、味も濃いからきっと喜ぶだろう。
そして、二つ目の理由。
それは店の中で品出しをしている店主と思わしき人物が、いかにも情報通な顔をしているからだ。
渋い顔をしたスキンヘッドの親父で、尋ねれば世界の理すら答えてくれそうなオーラを放っている。
決めた。あの親父をターゲットにしよう。
扉に付いている小さな鐘の音と共に、私は干し果物屋へと入店した。




