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『プロローグ』

挿絵(By みてみん)



「完成した!! 完成した完成した、完成したぁ!!」


 ……四年。

 いや、正確には四年と三か月と十五日の集大成。


 蒼い宝石が組み込まれた手のひらサイズの装置を掲げ、私はひとり、研究所の床を駆け回る。


 がしがしと足にぶつかる散らばった発明品の数々も、すべて我が子に違いはないが、今は足蹴にすることを許してほしい。


 この子しか目に入らないんだ。


 私は両手で優しく包み込んだそれを、うりうりと頬にすり寄せた。


「あぁ、なんて素晴らしい……魔力遮断装置」


 口角の上昇が止まらない。

 君の完成をどれだけ待ち望んだことだろう。


 私の厄介な体質について回る深刻な問題。

 それを完璧に解消できる画期的なアイテム。


「これで、ようやく……」


 今までの苦労が走馬灯のように脳内を駆け巡り、きゅっと手に力が入る。


 ――私には生まれつき、魔力が無限に増え続けるという致命的な欠陥があった。


 それを放置しようものなら、星の一つを軽く吹き飛ばせるだけの魔力爆発が起きると推定されている。


 言ってしまえば、はた迷惑な時限式爆弾なのである。


 理不尽に巻き込まれる森羅万象には申し訳ないとしか言いようがない。でも安心してほしい。


 ちゃんと私も死ぬ。誰よりも先に死ぬ。

 爆心地だからね。


 だけど、そうならないように対処はしている。


 私は魔力遮断装置をそっと机の上に置いた。


 そして胸に埋め込まれた黄色みのある水晶球……異世界転移装置に手を当てる。


 これまで私を守ってくれていた師匠の発明品。


 この装置を利用すると、膨大な魔力を消費する代わりに、完全ランダムで異世界へと転移する事ができる。


 つまりは限界まで増幅した魔力をスッカラカンに枯渇させる荒業なのだ。


 これで異世界転移を繰り返すことによって、魔力暴走を封じ、事なきを得てきたという話である。


 しかし、異世界転移装置は延命処置であると同時に、危険なギャンブルでもあった。


 それも当然で、転移する先は常に未知の世界となるからだ。


 未知の世界は恐ろしい。

 尖った文明を築く人間、襲い来る獰猛な生物、予測できない自然の驚異。


 本当に、思い返すだけでもストレスホルモンが過剰に分泌される。


 うら若き乙女になんて人生を歩ませるのだ。


 もし私の人生を監督している神が目の前に居たなら、回し蹴りの一つや二つや三つや四つはお見舞いしていたことだろう。


 ――だが、だが、そんな生活も遂に終わりを告げる。


 私は完成させたからだ、魔力遮断装置を。


 この魔力遮断装置を身体に取り付ければ、魔力供給を完璧にシャットアウトできるのだ。


 そうなれば、増幅はおろか、体内の魔力は完全に消失する事となる。


「フフフ」


 自由への期待に思わず笑みが零れる。


 もうすぐだ、もうすぐで。


 しかし、頭の中で反芻する〝もうすぐ〟という言葉によって、私の笑顔に影が落ちる。


 どうして、もうすぐなのか。

 どうして、今すぐではないのか。


 人生というものは、得てして思い通りにはいかないものと、つくづく実感させられる。


 私も出来ることなら、迅速に魔力遮断装置を取り付けたいと思っている。


 ただ、ここで一つの問題が浮上しているのだ。


 その問題とは何か。


 窓際の机に置かれた研究ノートの山を押しのけて、スペースを作り出した私はぴょんと飛び乗って座る。


 そして唇を引き結び、外の景色を眺めた。


 そこには森に硫酸とヘドロをぶちまけたような悍ましい光景が広がっていた。


 空は毒々しい雲に覆われ、凶悪な生物も徘徊している。


 おまけに鼻をつく刺激臭も煩わしい。


 次々と押し寄せる不快な情報が私に大きな溜息を吐かせる。


 言いたいことは一つ。


「ここに永住はしたくない」


 これに尽きる。


 この荒れ果てた大地に生涯を捧げるなど、正気の沙汰じゃない。


 となれば、次に掲げる目標は平穏な地を探すこと。

 最低限、生命を脅かす危険がなく、人類がちゃんとした文明を築いている世界が望ましい。


 ここまで来るのに四年の歳月を捧げたのだ。

 永住する地を選り好みしたって罰は当たらないだろう。


 それに色々と文句は言ったが、異世界転移は悪いことだけでもない。

 未知の資源や技術に触れる機会は捨てがたい程に価値がある。


 魔力遮断装置だって、数々の異世界で得た知識や資源がなければ完成に至る事はなかった。


 前向きに行こうじゃないか。ここからは面白い何かを見つける旅としよう。

 その上で永住に適した世界を探せばいい。


 自由は確約されているのだから。


「んんー」


 どっと押し寄せる開発の疲れを跳ねのけるように大きく伸びをする。


 それから肩を揉みつつ、首筋も伸ばして一息。

 

 その気持ちの良さにぼんやりとしていると、うっすらと窓に映る青い髪を後ろ結びにした美少女と目が合った。


「…………」


 いや、美少女というよりは微少女か。顔の造りは悪くないと思うのだが、いかんせん貧相な身体をしていて魅力に乏しい。


 自虐を交えながらまじまじと自分の身体を観察する。

 この身体も改善されてほしいものだ。


 あくまで希望的観測ではあるが、私の栄養はその殆どが増幅する魔力に変換され、搾取されていたのではないかと推察している。


 いや、確信している。間違いない。絶対にそうだ。


 だから、こんな発育の悪いチビのちんちくりんが出来上がってしまったのだ。


 本当なら年相応の身体を手に入れていたはずなのに、なんたる理不尽。


 机の上から軽く飛び降りた私は、再び魔力遮断装置を手にする。


 まだギリギリ成長期と言える歳だし、魔力を失うことで急成長を遂げるかもしれない。


 そんな淡い期待も、楽しみの一つとしておこう。


 私の願望を全て背負った蒼く煌めく希望の装置を小箱の中へと丁重にしまう。


 そして、タイミングを計ったかのように、胸部の水晶球……異世界転移装置が淡く黄色い光を灯した。


 この反応が起きたという事は、起動できるだけの魔力が体内に溜まったという証だ。


 旅立ちの時である。


 正確には臨界域に達してもしばらくの猶予はあるのだが、この世界でやり残した事も特にない。


 何なら早く離れたいくらいだ。


 頭に付けている愛用のゴーグルの位置を微調整し、それから魔力遮断装置が入った小箱を作業服の内側ポケットへと収める。


 これは肌身離さず持っておくとしよう。


 奇跡的な運の巡り合わせがあって、ようやく実現した装置だ。再製は不可能と言っていい。


 もし失くそうものなら、この荒れ果てた大地を広大な海に変えるほどの号泣をする自信がある。

 それだけは避けたい。


 ぽんぽんと小箱をしまった胸の辺りを叩き、私は研究所の中を一望する。


「他に大事なものはあったかな……うーん」


 視界に飛び込んでくるのは、そこら中に散らばったガラクタや備品の数々だった。


 中には私の発明品も転がっているが、これらも全てガラクタと言って差し支えないだろう。


 全てが欠陥品だからね。


 足の踏み場を見つけながら器用に飛び歩き、生み出した我が子を手にとっては放り投げる。


 要らない。これも要らない。要らない。


 私の発明には、いつも欠陥がつきまとう。理論上は完璧に機能するように設計しているはずなのだが、どうにも上手くいかないのだ。


 切り替えの早さには自信があるため、どれほど欠陥品を生み出しても精神的なダメージは殆どないが、納得はしていない。


 ちゃんと作っているはずなのだけど。


 不満げな表情を浮かべながら一通り物色し、他に大事なものはないと判断した私は研究所の外へと出る。


 それから更に歩みを進め、半透明の膜をすり抜けてから踵を返すと、ドーム型のプラットフォームに内蔵された研究所の姿が目に映った。


 これも私の発明品の一つだ。

 ポケットから取り出した小さなリモコンを慣れた手つきで操作する。


 すると、プラットフォームが見る見るうちに縮小し、手中に収まる大きさへと圧縮された。


 携帯型の拠点。


 リモコンの操作で自由に圧縮と展開が可能で、異世界転移のお供として重宝している。


 その実用性だけを鑑みれば、非常に便利なアイテムと言えるだろう。


 ただ、この携帯型の拠点は圧縮された状態でも重力や慣性の影響を受ける為、次に展開した時には研究所の中がぐちゃぐちゃになっているのが難点である。


 あんなにも部屋が散らかっていたのは、これが原因というわけだ。

 決して私が整理整頓できないからではない。


 小さくなった研究所を徐に拾い上げて専用のケースに収納した私は、それを腰のポーチにしまい込んだ。


「これで準備完了かな」


 言いながら、異世界転移装置の枠組みを掴み、二度三度と少しずつ回転させる。


 やがてカチッと音を立てると、体内の魔力を抽出し始め、異世界転移装置は瞬く間に眩い光を帯びてゆく。


 胸の奥が熱くなるのを感じる。


 全身に巡る魔力が全て吸い上げられると、私の足元に幾何学模様の魔法陣が形成された。


 次はどんな世界だろうか。

 奇妙な世界。廃れた世界。危険な世界。面白い世界。


 はたまた最初から平和な世界に当たるだろうか。


 不安半分、楽しみ半分。

 まぁ期待せずに、期待するとしよう。


 足元の魔法陣が強烈な閃光を放つと同時に、ゆっくりと私は目を閉じる。


「さぁ、行こうか」



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