偽善者
「良かったのですか?」
「え?」
「側妃様なら、味方になってくれたかも知れません。
少なくとも環境の改善だけでも…」
「いいの。この国へ来た時から、多くは望んでませんでした。
私が大人しくしてれば、丸く収まるのならそれでいいのです。
あなたも、私寄りの発言はやめた方がいいわ。
まだお互い友好国とは言えない、危うい関係なのですから」
「…ですがっ…」
「それより、今日の分の水汲みに行かないと…
ドアはこのまま開けておいてくださる?」
「何度もお断りされているのは理解しております。
ですが…せめて水を運ぶのは、私どもに任せて頂けませんか?
ご令嬢の細腕では、重労働ですし危ないです。
手も赤ギレと豆だらけではありませんか」
「……分かりました。ありがとうございます。
正直、螺旋階段が長くて腕が辛かったの。
水を運ぶのだけ、お願いしていいでしょうか?」
「勿論です。では、木桶をお預かりします」
水だけとお願いしていたのに、
ついでと言い訳され、暖炉の薪まで部屋の前に運んでくれた。
凄くありがたいので、好意に甘える事にした。
ああ、そうか。
同情なんだわ。
こんな劣悪な所に閉じ込められている、
可哀想で哀れな令嬢に対する同情。
いくら気丈に振る舞おうと、正妃とは名ばかりで、
今の私はただの生きているだけの傀儡。
なんて、惨めなのかしら。
偉そうに…何が、私のことはお気遣いなく?
全 部、 嘘 だ。
本当は助けて欲しい。
ここから救い出して欲しい。
私を気にかけて欲しい。
帰りたい。帰りたい。助けて。助けて。
この先どうなるの?ずっとこのままなの?
なんで私だけが犠牲になるの?
戦争に負けたお父様が悪いんじゃないの!
私が何をしたっていうの?
王女に望んで生まれた訳じゃないのに!
全て、諦めたはずなのに…
中途半端に優しくされて、
蓋をしていた感情を願いを…望んでしまった。
自己犠牲を何の見返りもなく、快く引き受ける。
そんな崇高な人間が、どこにいるというのだろう。
そう、私は、ただの偽善者。
みんなと変わらない。ただの人間。
ポタポタと止めどなく頬から落ちる滴。
握り締めた指が肌に食い込み、
流れ出る血を感情が消えた瞳で、ただただ見ていた。
*******
王太子殿下と交流を深める機会として、
1対1で設けられている週1回の茶会。
私は、いつもより沈んだ気持ちで参加していた。
「あのウィルアム王太子殿下、少し伺いたい事が…」
「どうした?私たちは夫婦になるのだ、
遠慮なく申してみよ、ウィンディーネ」
「正妃様には、お会いできないのでしょうか?
私、まだ一度もご挨拶をしていないのです」
「ああ、気にするな。
あれは、こちらに馴染めず引きこもっているのだ。
慣れない異国で大変だろうから、好きにさせている。
勿論、マナーやこちらの常識もしっかり学んでもらっている。
そなたが心配はすることはない。本人は元気にしている」
「…左様でございますか。
それでは、来月の舞踏会には参加されるのでしょうか?」
「いや、体調が優れず出席したくないそうだ。
同伴者は、そなたが私のパートナーを務めれば問題ない」
「ですが、正妃様のご親族は対面をご希望されていますよね?」
「他に対面の場所を設ける。問題ない」
「…そうですか。分かりました」
「そういえば、贈ったドレスは受け取ってくれたか?」
「はい、私には勿体ない豪華で素敵なドレスとアクセサリーを
ありがとうございます。
お礼遅れまして、大変失礼いたしました」
「よいよい、気に入ってくれたのなら良かった」
ああ、嘘をつかれている。
王太子殿下は、あれを容認しているのだ。
“ ここに放り込んだのは、そういう意図だと分かっています。
貴方様は、余計な事をしない方がいいです。
敵国の私寄りの意見をするとお立場が悪くなります”
あの方は、自分の立場を誰よりも理解していた。
一国の姫君が、あんな場所に…あんな見すぼらしい暮らしを強要されて…
私の立場まで心配してくださった。
私一人の行動や言動が、万が一王家に対する反逆や不敬と捉えられたら、
一族全員、連座で処罰されるのをご存知なのだ。
“それに、王太子殿下とは一度もお会いしたことがありませんし、
お顔も存じません。お名前も今初めて知りました”
「あの正妃様のお名前を伺ってもよろしいですか?」
「ん?…ああ……何だったかな、
あまり名で呼んでいなかったから…」
そっと側近が近づき、背後から耳打ちしている。
いくら敵国から迎えたからといって、正妃の名前も覚えてないなんて…
「ああ、そうだ、ジュリエッタだ。ジュリエッタという」
「ジュリエッタ様ですね。承知しました。ありがとうございます」
“ ですから、私の役目はここで大人しくしている事だと存じています。
ここから出ることも許されておりません”
今は誤魔化せても、
これからあの方をどうするつもりなのだろう。
あの扱いでは、今後彼女はもっと酷い目に合わされるのでは無いのだろうか。
存在が邪魔になって、人知れず事故を装って、最悪暗殺されるかもしれない。
そして、この優しそうな王太子殿下も、あの待遇を黙認しているのだ。
もう知ってしまって、見なかったフリなど出来ない。
私は一体どうしたらいいのだろう。




