塔の中から
私は、本邸より一番遠く、一番高く、
一番古い塔に閉じ込められている。
円柱型の煙突のように、真っ直ぐ立っている幽閉用の塔。
表向きは和平協定を結んだ両国友好の証に、
戦勝国の王太子へ敗戦国の第二王女の私が嫁ぐ。
という名目上の人質、いや生贄だった。
実際、我が国は属国扱いだが、
これを受け入れれば、国民に無体な扱いはしないと約束されたらしい。
侍女も伴う事も許されず、身一つで嫁いできた。
憎悪を向けられ、虐げられる覚悟はあったが、
到着早々、夫となる王太子との面会も叶わず、この塔に放り込まれたのだ。
1日に2度の死なない程度の簡素な食事と暖炉の薪、石鹸以外は支給されない。
タオルやシーツは5枚ほど部屋に用意されていたが、
持参した10着のワンピースドレスと下着は、石鹸で洗い着まわしている。
化粧品も洗髪剤もないから、髪はギシギシで、顔も素顔。
今の私は、とても王女には見えないだろう。
入浴、掃除、井戸からの水汲み、身の回りの事は、
全て一人でやって日々暮らしていた。
塔の唯一の出入口のドアには、
監視役の表向きは護衛騎士が1名突っ立っている。
井戸の水を汲むために、一旦外に出なくてはいけないから、
その度に騎士に声がけをし、外付けのドアの鍵を開けて貰うのが面倒だった。
何か必要な物があれば、その騎士に伝言するよう言われたが、
いつも忘れた頃に支給される。
紙とペン、植物の本が欲しいと願い出た時も支給されたのは1ヶ月後。
監視の騎士は、交代で5人ローテションだった。
皆敵国の女など嫌いなのだろう。
用件以外の言葉のやり取りは殆ど無かった。
そういえば、初めて毛皮の掛け物を貰った。
寒くなり始めたから、人質の私を凍死させない為だろう。
第一王女の姉は、私の敵国輿入れを最後まで涙を流して強く反対していた。
私がどんな目に合わされるのか、分かっていたのだろう。
だが、敗戦国の国王にとって国の民を守るのを優先するのは、
仕方のないことだった。
私としては、辛く当られる事もなく、世継ぎを産めと強要もされず、
放置されてはいるものの、最低限の生活空間と援助つきで、
生きていけるのは幸運だと思っていた。
それに、私の振る舞い一つで、自分の国に影響が出るかもしれない。
だから敵国の王族とは関わりたくなかったから、結果的に助かったのだ。
ただ、この生活は、少し暇で……寂しいだけだ。
パラパラとやっと支給された植物の本をめくり、暖かい毛皮にくるまり、
いつもの窓際でぼんやり外を見やる。
眼下には、いつもの風景。
円柱の塔を取り囲み、同じく円状で周りの庭は芝生で綺麗に手入れされていた。
それを囲うように、柵状の塀と鍵付きの門。
その向こうは、木々があり小さな森になっている。
森の向こう側に王族が住う、白く大きな城が見える。
その更に向こう側に、街が見えている。
シンとした部屋の中で、
パチパチと暖炉の薪が爆ぜている音が聞こえる。
私、何のために生きているのかしら…
ああ、国のためだったわ。
私が生贄になってるから、私の国は守られている。
これで…いいのよね?
このまま…ここで老婆になるまでいるのかしら…
そして、一人ぼっちで死んでいくのだろうか。
頬を一筋の涙が伝い。外からの冷たい風に晒される。
ふと、窓斜めの下を見ると監視騎士が立って、こちらを見上げていた。
いつも塔の出入口ドアのすぐ前にいるから、視界に入らなかったのに、
なぜ、あんなに塔から離れた場所に立っているのだろう。
距離があるから表情は見えない。
でも、いつもの無表情なのだろう。
私は目を逸らし、窓から離れカーテンを閉めた。
ずっと見守っている。
ずっと覚えている。
……恐れなくていい。




