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第99話 あの世とこの世の虐殺

「この野郎!」


 隊長の仇を取ろうとする兵士たちに、今度は全身真っ黒なピューマのようなカルマが襲いかかります。

 ピューマは十数人の兵士をあっという間に蹴散らしました。

 巨大な牙で頭を兜ごと噛み潰し、鋭い爪で甲冑とその内側にある肉体を八つ裂きにしたのです。


「これは戦闘じゃない。虐殺だ」


 青ざめた顔でカイがつぶやきます。


「なあ」


 そのときカイのとなりにいたジェットが、イオリに顔を向けました。


「あれ」


 ジェットが指さす先にいるのは、腕組みして戦況を見守る一人のブラフマンです。


「あのバケモノ、おれに()らせてくれ」


 ジェットが指さしたのはブラフマンのリーダーソニーです。

 イオリはうなずきました。


「わかった、殺ってくれ」


「ありがとう」


 ソニーはイオリにとって因縁浅からぬ相手です。

 しかしあっさり勝負を譲ったのは、ジェットの気迫に押されたからでした。


(いったいどうしたんだ?)


 ソニーを見つめるジェットの横顔に、イオリはまぎれもない死相を見ました。


(あのバケモノを殺せるなら死んでもいい)


 ジェットの横顔が、無言でそう告げています。


「片づいたぞ」


 カイの言葉に釣られて、イオリとジェットは戦況に目を向けました。


「おお」


 ジェットは絶句しました。

 百体のカルマが、名残り惜しそうに倒れた兵士を突いたり、人形みたいにかついだりして遊んでいます。

 立っている兵士は一人もいません。


「大陸最強の歩兵部隊が全滅か。まるで子どもが砂の城を蹴散らすように簡単な虐殺だった」


 カイの声はかすれています。

 そのかすれ声にカルマは反応しました。

 百体の怪物が、一斉に生き残った人間に視線を向けます。

 薄暮に光る二百の瞳に、読み取れる感情はありません。


「おお女神さま」


「お助けください」


「祈るな」


 震える騎士の耳を落ち着いた、しかし厳しい叱咤の声が鞭打ちます。

 手を組むジャックとエヴァンをジェットはたしなめました。


「いや祈ってもいい。でも自分のために祈るな。愛する者のために祈れ」


 その言葉を聞いたイオリの脳裏に、セーラー服を着たブルックの笑顔が閃きます。

 カイとジャックとエヴァンの顔つきも変わりました。

 みんな脳裏に「だれか」の顔が閃いたのです。


「愛する者にもう一度会いたかったら、祈りの手をほどいて剣を持て」


 ジェットにうながされ、騎士たちは無言で剣を持ちました。

 それを見たカルマ軍の闘気が一気に高まります。


「おまえたちの健気な闘争心に敬意を表す」


 ソニーは大剣を天に向けました。


「やれ」


 ソニーが大剣を振りおろすと、カルマ軍は凶声あげて襲いかかってきました。

 イオリは臆することなく逆に一歩前に出ました。


「バケモノども! 人間を舐めるな」


(絶対『あいつ』にもう一度会う)


 そう心に誓ってイオリは不知火丸を八相に構えました。





 馬車の中でブルックは目を覚ましました。


「王子さま」


 となりにいるアンナが安堵の表情を浮かべます。


「ご気分いかがですかケロ?」


「いいよ、ありがとう……」


 一度は笑顔になったブルックですが、自分が着ているセーラー服にべったりついた血を見て、たちまち顔色が曇りました。


「最後までつき合えなくてごめんニャ」


 ブルックは自分がもっとも大切な友を失ったことを思い出しました。

 アンナが心配そうにブルックの顔をのぞき込みます。


「王子さま……」


「どうしました?」


 そのときブルックの正面に腰かけていたマリアが窓を開け、外に声をかけました。

 急に馬車が停止したのです。


「は。前方にへんなやつらがいます」


 今や自分の一番弟子となったブランドン・ギネスの言葉を聞いてマリアは眉をひそめました。


「へんなやつらとはなんです?」


 マリアは窓から身を乗り出しました。

 黒い僧服を着た自分の弟子四十人が馬車のまわりを警護し、さらに馬に乗ったクルシミの信者二十騎が、馬車の前後を警戒しています。

 マリアの弟子たちは馬車について走ってここまできたのですが、まったく息を切らさず、疲れた様子もありません。


「は。地元の騎士たちが四十人ほど……」


「われわれは火山(ボルケーノ)騎士団である!」


 ブランドンはビクッと身をすくませました。

 名乗りをあげたのは髭面の中年騎士です。

 戦場で鍛えたであろう砲声のような大音声に圧倒され、クルシミの信者もマリアの弟子も一瞬その場に立ち尽くしました。


「ブルック殿下をお助けに参った! 殿下を釈放しろ!」


「ボルケーノ騎士団は先の防衛戦争で活躍した荒くれ集団です。残虐な戦いかたで有名で、敵を無意味な拷問にかけて大勢殺すような野蛮な連中です」


 ブランドンは髭面の騎士がしている、変わった形のネックレスを指さしました。

 

「あれは帝国軍兵士の耳です。殺した兵士の耳を勲章代わりに飾っているのです」


 ブランドンの言葉を聞いて、マリアはニッコリ笑いました。


「まあ、それは頼もしい」


「きみたち!」


 ブルックはマリアと反対側の窓から顔を突き出し叫びました。


「逃げなさい!」


「おお殿下! 今お助けしますぞ!」


「バカ逃げろ!」


 勇んで駆けつけようとする騎士たちをブルックが怒鳴りつけたとき、馬車が軽く揺れました。


「先生?」


 とまどうブランドンに馬車から降りた師はいいました。


「わたしはあなたがたに剣を教えました。しかし獣を仕留める狩りは教えていません。だから手出しは無用です」


 マリアは弟子たちをさがらせました。

 姿を見せた黒服の女剣士を見て、ボルケーノ騎士団の荒くれ騎士はどよめきました。


「マリア・バタイユだ!」


「おお女狐! わが槍の露となれ!」


 四十人の騎士は、地響き立てて女剣士に殺到しました。


「みんな、よく見ておきなさい」


 マリアは自分の背後にいる弟子たちに告げました。


「今日は神力を使いません。これがバタイユ流剣法です」


 マリアはすらりと愛剣メメント・モリを抜きました。

 髭面の騎士が涎を撒き散らしながら突っ込んできます。


「死ねえ!」


 おそろしい速さで突き出される槍を、マリアは片手で払いました。

 軽く払っただけなのに、髭面の騎士は体が泳いで一瞬鞍から尻が浮きました。

 さらに


「おおっ」


 髭面の騎士は静かな溜息をもらしました。

 切断された騎士の生首は放物線を描いて地面に落ち、馬は頭を失った主人を乗せてマリアの横を駆け抜けました。


「斬首剣【花と蛇】」


「このアマ!」


「ぶち殺せ!」


 残った騎士たちが怒号とともに押し寄せます。

 マリアは一歩も引きません。

 ほんの少しでも引いたらこの怒涛に飲まれるからです。

 マリアは降り注ぐ剣や槍をたった一人で引き受け、跳ね返しました。

 マリアが一太刀振るたび、まるで煙にいぶされた蚊のように、人の手や足や頭がボトボト地面に落ちます。

 受けて、かわし、相手の体勢が崩れたほんの一瞬をついて甲冑のわずかなすき間を斬る。

 斬って斬って斬りまくる。

 それは静かな虐殺でした。

 マリアの一太刀を浴びた騎士は、みんな声をあげずに即死しましたから。


「美しい……」


 金色の髪をなびかせ、屈強な騎士の胴体を撫で斬りにする師を見て、ブランドンはそんな感嘆のため息をもらしました。


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