第96話 白鳥の歌
教祖アレクサンダーが去り、残された信者は前夜祭の後片付けをするグループ、そして間もなくくるであろうブルック一行を待ち構えるグループにわかれました。
ブルックを捕らえるグループはとくに武器を持っていません。
素手です。
手ぶらでイオリやジェットのような剣の達人に立ち向かうのは無謀ですが、彼らはそう思っていないようです。
中央広場にいた赤髪の女性は、坊主頭のパートナーを鼓舞しました。
「頼むわよマックス」
「見てろノーラ。必ず王子を無傷で捕らえ、警護の剣士はおれの手で仕留めて見せる」
「しっかりね。エイジもがんばって」
「ありがとう。リュウ、どうした?」
マックスのそばにいた黒髪のエイジが、いぶかしげに目を細めます。
肥った中年の信者が、こわばった顔でこちらに近づいてくるのです。
「さっさと歩け」
リュウと信者たちが連れてきたのは三人の若者です。
手を縛っていた縄を解かれ、三人はエイジの前にひざまずかされました。
三人ともクルシミの白い制服ではなく、派手な柄のシャツを着てズボンを履いています。
「ハリーにアルにリコじゃないか、どうした?」
「こいつら脱会者だ」
リュウは渋い顔で白髪混じりの髪を撫でました。
「逃亡の際クルシミの信者を二名、さらに逃亡先で民間人を三名殺害してる」
リュウの報告を聞いてエイジの顔つきが厳しくなりました。
「五人も殺したのか。では師父に問うまでもない。
転生させる」
「クソ!」
ハリーは一人の信者を突き飛ばし、猛然と駆け出しました。
「なにが転生だ! おれを殺すつもりじゃねえかそうは行くか!」
「ダミアン」
「まかせて!」
エイジにうながされ、小柄な金髪の若者はハリーに向かってなにか投げました。
すると
「うわ!」
ハリーがたちまち引っくり返ります。
手もとにもどってきたブーメランを、ダミアンは軽やかにキャッチました。
「ハリー!」
仲間のアルとリコが思わず足を止めます。
「おまえらこっちだ」
今度は白い流線が閃きます。
疾風の勢いで駆けつけたマックスは、振り向いたアルとリコを攻撃しました。
「転生!」
マックスは気合いを発し、アルとリコのみぞおちを掌底で一突きしました。
「どぅふっ」
突かれた二人は奇妙なうめき声をあげ、深く腰を折り曲げ倒れました。
泡を吹いて痙攣する顔に、早くも死相が浮かびます。
「ちくしょう!」
ハリーは必死に立つと、再び駆け出しました。
「もういい」
またブーメランを投げようとするダミアンを制し、エイジは拳を腰にあてがいました。
「クルシミ流拳法奥義
【深淵】」
技名を告げ、エイジは虚空を正拳で鋭く突きました。
「ぎゃっ!」
エイジが虚空を突くと遠く離れていたハリーの髪の毛が一斉にバッ! と逆立ちました。
うつ伏せに倒れたハリーに、白衣姿の大男が駆け寄ります。
ピクリともしないハリーの体から、じわじわ血が滲みます。
「……内臓が破裂しています。転生しました」
大男の所見に、固唾を飲んで見守っていた信者は歓声をあげました。
「さすがだなエイジ!」
リュウも満足そうにうなずきます。
「エイジ」
黒髪に黒い瞳の女性はパートナーに駆け寄ると、心配そうに手を取りました。
「大丈夫?」
「大丈夫だよ、ナミ」
「拳法はクルシミ最大の武器だ」
建物の影から広場の騒ぎを見つめ、ジェットが解説します。
「むかし王室はクルシミを危険視してやつらの武器をすべて取りあげた。それからやつらは徒手空拳の自分たちを守るため東方の拳法を学び、その達人になった。男も女も、大人も子どもも全員だ。素手の白兵戦ならクルシミは大陸最強の集団といわれてる。イオリ、アンナ、おまえらは武器を持ってない」
みんなの武器は今ジャックが大きなズタ袋に入れて担いでいます。
「あいつらに絶対逆らうなよ。いいな?」
「はいケロ」
「わかった」
「じゃあ行こう」
ハリーたちの遺体が片づけられ、落ち着きを取り戻した広場がまた騒がしくなりました。
「王子だ!」
一人の信者が指さす先に、白旗をかかげたエヴァンがいました。
そのすぐうしろに、笑顔で手を振るブルックがいます。
王子の匂い立つようなかわいらしさと美しさに、禁欲を旨とする信者たちはしばし見とれました。
ブルックはいつものようにセーラー服姿です。
ジェットたち黄金騎士団のメンバーは、この旅の制服である修験者風の赤いローブを着ています。
クロはいつもの白い服、妖精のルークは裸です。
みんないつもと同じ格好です。
ちがうのはイオリとアンナです。
アンナは黒いドレスを着ていました。
決して小さい服ではないのですが、なにせ着ているのが百九十センチ九十キロの巨女なので、ドレスがほとんどミニスカートのようです。
「……」
剥き出しになったアンナの逞しいふとももを見て、白衣姿のチビは生唾を飲み込みました。
イオリは真っ赤なチャイナドレスを着ています。
裾に入った深いスリットから白い足がチラッと顔をのぞかせます。
ある男性信者は思わず口笛を吹き、パートナーの女性に頭を叩かれました。
「ブルック殿下。わたしは宗教団体クルシミの幹部エイジと申します。教祖アレクサンダーにあす火の山で行われる【儀式】にあなたをお連れするよう命じられました。ご同行願います」
頭をさげるエイジのうしろに控える五百人の信者は、岩をも砕く拳を握り締め、ブルックを睨みつけました。
「抵抗したら遠慮なくとらえよ」
教祖にそういわれているのです。
広場に霧のように緊張が立ち込めます。
しかしブルックの口から出たのは意外な言葉でした。
「投降しよう」
「おお!」
「しかしその前に、一曲歌わせてほしい」
「歌?」
いったん仲間と歓声をあげたエイジですが、王子の奇天烈な申し出に首をかしげました。
「ブルック殿下が歌われるのですか?」
「そうだよ」
「それはいったい……どういうことでしょう?」
「『白鳥の歌』って知ってるかい? 白鳥は死ぬ間際にもっとも美しい声で歌うという。そのひそみに倣い、わがローズ家の人間は死の直前に一曲歌う。生涯が終わる記念にね。そういう習わしなんだ。ぼくはあした死ぬ。しかしカミの前で歌う不敬はゆるされないだろう。だからここで白鳥の歌を歌いたい。いい?」
「わかりました。どうぞ」
エイジの了解を得ると、安堵したのかブルックはにっこり笑いました。
「ありがとう。じゃあみんな」
ブルックにうながされ、バンドのメンバーは準備を始めました。
クロは自分の白髪を一本抜き、それをギターに変えました。
エイジたち信者から見てブルックの左側にジェットを始めとする黄金騎士団のメンバーが並び、右側にクロとイオリとアンナが立ちます。
ルークはジェットの肩にちょこん、と座りました。
ブルックは一礼して居並ぶ信者に告げました。
「ぼくのバンドの名前は『ハーメルンの笛吹き男』といいます。では聴いてください。古代文明でもっとも人気のあったバンド、ビートルズの曲です。『ディス・ボーイ』」
こうして即席バンドの演奏が始まりました。




