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第94話 山の教団

「あそこだ」


 地面に這いつくばり、ブルックは丘の上から眼下の光景を指さしました。

 山岳地帯最大の難所である山道を六日間歩き、ブルック一行はついに宿場町【崇拝】を望む丘に着いたのです。

 ブルックをはじめイオリもクロもアンナも、山歩きの疲労で頬がこけ、顔が一回り小さくなっています。

 今時間は八月三十日の早朝です。

 カミとの約束である火の山での儀式の刻限が明日八月三十一日の日没です。

 今から行けば間に合いますが、そのためにはこのカルト教団の総本山を通り抜けねばなりません。


「ここ崇拝の町をどうやって突破するか、旅に出る前ジェットとさんざん話し合った」


 ブルックは目を細めて崇拝の様子を眺めました。

 家々の戸が花で飾られ町はお祭りムードです。

 家の戸口に飾られたゼップランドやバベル大帝国やシップランドの国旗が、真夏の日差しに輝いています。

 とくに人がたくさん集まっているのは中央広場です。

 白い制服を着た信者が屋台を囲み、陽気な笛の音に合わせて踊っています。


「お祭りかニャ?」


「生贄の儀式の前夜祭だろうね。イオリ、信者は何人いる?」


「およそ五百人」


「そんなに! この山の中でそれほどの人数が破綻なく暮らしてゆくのは奇跡だ。毎日の食事の世話だけでもたいへんだよ。これは在野の協力者がかなりいるね」


「それだけじゃないニャ」


「どういうこと?」


「カミニャ。カミがこの村に食料をはじめさまざまな恩恵をもたらしているにちがいないニャ」


「おおそうだ! ここはカミを崇拝する人々の町だったね。イオリ、あの五百人の信者をきみの刀で制圧できる?」


「そんなの無理だ」


「そうだよね。となると、ここはやはりジェットとぼくが考えた作戦を実行するしかない……イオリ?」


 ブルックが声をかけたのは、イオリがやけに熱心に中央広場を見つめているからです。


「ぼくの話聞いてた?」


「すまん。いや、中央広場におれの知り合いがいるような気がして」


「きみの知り合いがここに? どこにいるの?」


「あそこ。三十歳ぐらいの男女のカップル」


 イオリは広場を指さしました。

 信者は全員白い制服を着ているのでなかなか見分けがつかないのですが、ブルックはすぐ二人を見つけました。


「坊主頭のタフそうな男性と赤い髪の女性?」


「そうそれ。それと二人のそばにいる二十代前半ぐらいの若いカップル」


「えーと金髪の小柄な男性と、同じく金髪で小柄なかわいらしい女性?」


「それだ。それから四人のそばに黒髪に黒い瞳のカップルがいる。三十歳ぐらいの」


「いるね。その六人がきみの知り合いなの?」


「……すまん勘ちがいだ。知り合いじゃない」


「おや? あの黒髪に黒い瞳のカップル、きみによく……イオリ!」


 ブルックが悲鳴をあげたのはイオリが振り向き、光の速さで刀を抜いたからです。


「斬るな。おれだ」


 両手をあげ、クールにそう告げたのは赤いローブを着た修験者風の若者です。


「あんたか」


 イオリは若者の首筋に当てていた刀を引き、鞘に納めました。


「ジェット!」


 唐突な黄金騎士団団長の出現に、ブルックは狂喜しました。

 ジェットのうしろにカイ、ジャック、エヴァンもいます。

 カイの肩に腰かけた妖精ルークは笑顔で手を振りました。


「どうやってここへ!?」


「街道を迂回しずっと山道を歩いてきました。ルークの魔法に守られなんとかここにたどり着きました」


「よかった。でも護衛は剣士と魔法使いだけというカミとの約束を破ったね?」


「約束なんてクソくらえです」


 日ごろ礼儀正しいジェットの乱暴な言葉を聞いて、ブルックはうれしそうに笑いました。

 ジェットも笑います。

 しかしその顔はブルック一行よりひどい有様でした。

 ジェットは目の下にどす黒いくまができていました。

 カイやジャックの顔は、ナイフで殺いだようにげっそりこけています。

 過酷な山歩きが、タフな騎士の顔の肉を削ったのです。


「ともかく殿下がご無事でよかった」


「ほかの者はどうしたの? 四人できたわけじゃないだろう?」


「は。十四名できましたが、ほかの十名は殉死しました」


「そうか……」


 ブルックは手を組み頭を垂れました。

 死者のために祈っているのです。


「殿下、ここはクルシミの総本山です。ここを突破するいいアイディアは浮かびましたか?」


「いいや。信者は五百人いる。イオリの剣でぜんぶ斬るのは不可能、クロもご覧の通り魔力を消費しすぎて大型の魔法を使えない。となると、ぼくとジェットが考えた方法しかないと思う」


「なあ、それどういう作戦なんだ?」


 イオリはやや苛立った様子で尋ねました。

 自分を差し置いてジェットがブルックとなにやら秘密を共有しているのが悔しいのです。


(なんだよ、二人でイチャイチャしちゃってさ)


「シンプルな作戦だよ。ぼくらでバンドを組むんだ」


「バンド? バンドって音楽のバンド?」


 まったく予想していなかったブルックの返答にイオリは面食らいました。


「そうだバンドだ。クロ、ルーク、おまえたちの力が今こそ必要だ」


 ジェットの言葉にダークエルフと妖精が胸を張ります。


「なんでもやるニャ」


「まかせて!」


「だめだ」


 イオリはとっさに五歳児並みに小さくなったクロを抱きしめました。


「もうクロに魔法は使わせない」


「大丈夫ニャイオリ」


 クロがイオリを説得します。


「大型魔法でなければ魔力の消費量はたいしたことない。それにルークはわたしに匹敵する大魔法使い、だから心配いらないニャ」


「本当だな?」


 しぶしぶクロを解放したイオリに、ジェットがさらなる追い打ちをかけます。


「納得したか? 納得したならイオリ、おまえにも一仕事やってもらう」


「おれも?」


「そうだ」


 ジェットは妙に冷たい目でイオリを見据えました。


「そのために必要な道具を持ってきた。苦労したんだからどうあってもやってもらうぞ。それからそっちのデカ女。おまえにもやってもらう」


「な、なにをですケロ?」


 恫喝するようなジェットの口調に気圧され、イオリとアンナは不安そうに顔を見合わせました。





 イオリとアンナがジェットに命じられた「一仕事」の準備に取りかかろうとしたときです。

 町の中央広場で人々の歓声があがりました。



「なんだ?」


「どうしたんですケロ?」


 イオリとアンナは準備を中止して町を見おろすスポットにきました。


「やめろ!」


「放して!」


 縄で両手をうしろ側に縛られた男女は、広場に引き出されると着ている白いワンピースをはぎ取られました。


「……」


 広場は一気に静まり返りました。

 夏の日差しにあらわになった男女の肉体を、観客が無言で見つめます。

 二人は見るからに頑丈そうな鉄の椅子に座らされ、革のベルトで手足を拘束されました。


「なにが始まるんだ?」


 イオリがこっそりつぶやくと、顔に道化師のペイントを施した男が叫びました。


「兄弟に問う、わがクルシミの教義は?」


 観衆は一斉に叫びました。


「全知全能のカミにつかえ、すべての人を苦界から救い天界へ送る!」


「その通り! そのためにわたしたちが捨てるべきものは?」


「肉欲!」


「この二人は両親がクルシミの敬虔な信者で、二人とも生まれながらの信者です」


 すると椅子に縛りつけられた若い男が血相変えて叫びました。


「ちがう! おれたちはもう信者じゃない。クルシミの教えはぜんぶでたらめ……」


 そのときパン! と乾いた音が広場に響きました。

 介添役の大男が若者の頬を殴ったのです。


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