第90話 死亡遊戯
「エスクレメントォ!」
タイタン伝統の気合いを発し、アンナは階段上の壁になっていたジュドーを体当たりで吹っ飛ばしました。
階段を駆けあがり辿り着いたのはランプの炎に照らされた狭い部屋です。
家具は机と椅子、そして天井から管が一本垂れているだけです。
部屋を見渡し、アンナはつまらなそうに首を振りました。
「売れない画家が住んでそうな部屋ですねケロ」
ジュドーはすばやく起きあがるとナイフを構えました。
「おもしれえ女だ。でもおれは女が相手でも容赦しねえ」
アンナは無言で腰から二本短剣を抜きました。
ジュドーは半身になりすかさず攻撃しました。
ナイフによる突きの連打です。
「えいえいえいえいえい!」
(速い)
アンナはダガーで受けるのが精一杯です。
「遅えなあ!」
ジュドーは巧みにナイフを使い、アンナのダガーを一本弾き飛ばしました。
「おのれ!」
カッとなったアンナの突きがジョゼの喉もとをねらいます。
「見え見え!」
嘲笑しながらダガーをかわし、ジョゼはナイフでアンナの手首をサッと撫でました。
「う」
うめき声あげてアンナはダガーを落としました。
「得物がなくなったなあ!」
サディスティックな笑みを浮かべてジュドーが襲いかかります。
「おらスイカみたいにでけえオッパイ揉ませろ!」
それまで半身に構えていたジュドーの体が開き、アンナと正対しました。
(この瞬間を待っていたケロ)
ジュドーの視界から突然アンナが消えました。
アンナはジュドーの足もとに超低空タックルをぶちかましました。
「うお!」
ジュドーはぶざまにひっくり返り、その拍子にナイフとメガホンを落としました。
「このアマ!」
尻餅ついたまま放つジュドーのパンチをかわし、アンナはすばやく相手のうしろへ回り込みました。
そのまま背後から喉もとに手を回し、胴体も両足で締めあげながらジュドーをあお向けにひっくり返します。
手も足もすさまじい力でジュドーはまったく身動きできません。
「グエエ、お、おい。おれが死んだら、魔法を解除、できねえぞ」
「なんですかケロ?」
ジュドーを締めあげながらアンナが尋ねます。
「いけない、まだ外界の音を遮断する魔法を解いていませんでした。『ボナパルトは去った』……これで聞こえる。なんですかケロ」
「おれが、死んだら、おい首を絞めるな……死んだら魔法を、解除できない、ぞ」
「それはたいへん。ではさっそく解除してくださいケロ。その管に手が届くでしょう?」
アンナは天井から垂れている管を顎でさしました。
あの管が塔のいただきにある四つの拡声器に通じているのです。
「呪文を唱えてください。魔法が解除されたらあなたを解放しますケロ」
「わ、わかった」
ジュドーはひっくり返ったまま手を伸ばし、天井から垂れた管を手繰り寄せました。
管の尻尾にお椀型の装置があります。
声を吹き込む送声口です
「へたなまねしたら首の骨を折りますケロ」
「わ、わかった。やるぜ」
ジュドーは送声口を口に当てると呪文を唱えました。
「ディスペル」
呪文を唱えると、キン、と甲高い音がして、室内に目に見えない波紋が広がりました。
「『ディスペル』。もっともポピュラーな解除の呪文ですね。本物でしょう。あなたを信用して解放します」
アンナはジュドーの喉を締めあげていた手を離し、立ちあがりました。
解放されたジュドーは立ちあがれず、苦しそうに咳き込んでいます。
「ゲホ、ゲホ」
「ごめんなさいケロ。ちょっと絞めすぎましたね……」
そのときアンナは首筋に生温かい風を感じました。
(窓は閉じているのに風?)
振り向くと頭から血を流した大男がナイフをふりかざしています。
(さっき階段から転げ落ちた人)
間一髪大男の振りおろしたナイフをかわし、アンナは男の首に手刀を叩き込みました。
大男は一撃で昏倒しました。
「まだ魔法が解けてないですよケロ! なぜ……」
「呪文はちゃんと確認しないとなあ」
慌てて振り向くアンナのお腹に、ジュドーはナイフを突き刺しました。
「おれ魔法をかけるとき外国語で呪文を唱えたっていったよなあ? 解呪の呪文は魔法をかけたときの呪文と同じ言語でなけりゃあだめなのさ」
「なるほど。勉強になりますケロ」
今度は慌ててジュドーが振り向きました。
そこに無傷のアンナが立っています。
「な、なんだ?」
「あなたが刺したのはわたしの幻ですケロ」
ジュドーが足もとを見ると、そこにお腹が破れた、人型の紙人形が落ちていました。
「これが幻?」
「そうです。大魔法使いのクロさんに教わったドッペルゲンガー魔法【Kの昇天】ですケロ。ではごきげんよう」
アンナはジュドーがタックルを食らったとき落とした魔道具のメガホンを口に当てました。
「ま、待て」
「魔法を解除し、窓から飛び降りなさいケロ!」
「ハラス!」
送声口に向かって呪文を唱えるとジュドーはくるりと振り返り、すごい勢いで窓を突き破りました。
すぐ石畳にぶつかって肉が弾ける鈍い音と、困惑した人々の声が聞こえてきます。
「あれ? おれたちこんなところでなにやってんだ?」
「どうしておれは剣を持ってる?」
「人が死んでるぞ!」
「おい恐竜だ!」
「みなさん落ち着いてください、今そちらに参りますケロ」
拡声器を通じて声をかけると、アンナは急いで螺旋階段を駆け降りました。
騒動が収まると、すぐ夜明けがやってきました。
朝日を浴びた石造りの町並みが白く輝きます。
クロの治癒魔法でケガした人々の傷は癒えました。
魔力の大量消費で五歳の少女に見えるほど小さくなったクロですが、日常魔法は問題なく使えます。
「ありがとうアンナ。今回の殊勲者はきみだ」
ブルックに褒められ、アンナは大きな体をしきりにもじつかせ照れました。
「なにか欲しいものはあるかい?」
「ではこれをいただいてもいいですかケロ?」
アンナはペンダントのように首からぶらさげたものを撫でました。
クロの縮小魔法で小さくなった魔道具のメガホンです。
「もちろんだよ。それはきみのものだ」
「ありがとうございますケロ!」
それからブルックは一人で小ぶりな石造りの平屋へ向かいました。
そこには生まれたときから病弱で、今も寝たきりのサーイブという少年がいると聞いたのです。
イオリは首をかしげました。
「ブルックと同い年の十五歳だそうだな。しかしわざわざ見舞うとはどういう心境だ?」
「病人は強制的に世間から遠ざけられるニャ。だからかえって世間がよく見える。きっとブルックはサーイブに相談したいことがあるんニャ」
「クロ」
そのとき平屋の窓からブルックがヒョイ、と顔を出しました。
「サーイブとだいじな話がある。この建物を結界で覆って」
朝の日差しがさす部屋のベッドに、浅黒い肌のやせた少年が横になっています。
サーイブです。
「こんなあばら家へようこそ王子さま。わたしの病気は感染しませんのでご心配なく」
「ありがとう。さっそくだが相談したいことがある。サーイブ、
きみがカミと戦うとしたら、どう戦う?」
相談を終えたブルックは大勢の人々に見送られ、町を去りました。
「みなさんお元気で。女神とともに……はふさわしくないですね。平安な日々が続きますよう、お祈りします」
ブルックは町の人々に手を振りました。
「相談ごとはうまくいったのか?」
イオリが尋ねると、ブルックは満足そうにうなずきました。
「ああ。すばらしい解答をもらった」
そのとき尖塔から朝の祈りが流れてきました。
エキゾチックな祈りの文句が、旅立つ一行を慰めるやさしい音楽のようでした。




