第9話 職業はカルマハンター
森の中を一組の男女が駆けています。
二人が着ている白い上着と白いズボンが木漏れ日に輝きます。
刃物のように。
「エイジ待って」
笑顔で男性を追う黒髪の美女は二十代後半ぐらいの年齢でしょうか。
「ナミこっちだ。マックス、ノーラ、ダミアン、アニー、はやくこいよ」
森の中の開けた空き地で手を振る男性も二十代後半ぐらいに見えます。
空き地に集まった六人は、全員同じ白い上着に白いズボンの装いです。
「今日の晩ごはんはなんだろう?」
若いダミアンがお腹をこすります。
「あらさっきお昼食べたばかりでしょ?」
「まあいいじゃん。アニーなにか聞いてない?」
「リュウさんが今夜は羊を出すっていってたわ。信者のご寄進ですって」
「やったぜ!」
「いい天気だ」
地面にあぐらをかいたマックスが空を仰ぎます。
「今日みたいな日はカミさまもご機嫌よ」
赤髪のノーラがなにげなく「カミ」と口にすると、六人は一斉に手を組みました。
「すべてはカミのために」
「カミのために」
エイジの言葉をほかのメンバーが復唱します。
敬虔な祈りを捧げる六人の若者を、森の小鳥が小首をかしげて見つめています。
AC千年。
カミが顕現してちょうど千年後。
そしてあの大地震から十年後。
「カルマだぁ!」
夜の歓楽街に人々の悲鳴がこだまします。
ここはバベル大帝国の南部、国境にほど近い商業都市ベロシティです。
「カルマが出たぞぉ! みんな逃げろ!」
蝶ネクタイを締めた客引きの男が、頭から血を流しながら叫びます。
カルマは東方の言葉で「業」を意味しますが、今ではあらゆる怪物の俗称として使われます。
夜の歓楽街に突如あらわれたのは青い肌、長い髪、そして背中から六本腕が生えた女のカルマでした。
背丈は三メートルあるでしょう。
顔立ちは意外に美しいのですが、額の真ん中に縦長の三つ目があります。
「あれは【マーテル】と呼ばれるカルマじゃ」
物知りな老人のつぶやきです。
ちなみにマーテルは古語で母親という意味です。
背中から生えた六本の手に持つ剣を振り回し、マーテルは目抜き通りを歩く人々をサクサク斬りました。
料理が得意な母親みたいな手際のよさです。
「ギャ」
「ケクッ」
剣が一閃するたび人々の血や手足や生首が宙を舞います。
「ヒポポポ」
血に興奮するのかマーテルは頭のいかれた鳥のような声で叫びました。
「ヒポポポ」
「は、はやく逃げろ……イテッ!」
風俗店の用心棒は額を撫でながらあたりを見渡しました。
「ここから先に行けねえぞ?」
「結界を張られたんだ!」
歓楽街に遊びにきた若い男が悲鳴をあげます。
「おれたちカルマの結界に閉じ込められた!」
若い男が叫ぶと、あたりは突然夜よりもっと暗くなりました。
初夏なのに空気も死体置き場のように冷たくなります。
その場にいる数十人の人々は、自分たちがカルマの世界に閉じ込められたことをはっきり悟りました。
「ポポポ」
マーテルは舌なめずりして逃げ遅れた人々に近づきました。
うっすらと笑みを浮かべた表情を見て、人々はこのカルマが「カミへの献身」のように健気な動機ではなく、ただ快楽のために人間を殺すタイプと察しました。
人間にもっとも苦痛と屈辱に満ちた死を与えるのがこのタイプです。
「ちくしょう!」
秘密クラブのステージで、いつも滑稽なマゾヒストを演じる役者のピーターはやけくそになって短剣を振りかざしました。
「ヒポポ」
カルマはあっさりダガーを叩き落しました。
それから自分の剣を二本捨て、空いた手でピーターの足首をつかむと、逆さまに吊りあげました。
「た、助けて」
「ポポポ」
カルマはピーターの足首を左右にひっぱりました。
軽く引っ張っただけで「ミシッ」といやな音がします。
「ギャアア!」
ピーターはたちまち悲鳴をあげ、気の弱い娼婦の何人かは失神しました。
そのときです。
震えながら事態を見守っていた一人のヌードダンサーの目に、ふいに豹が見えました。
いえ、豹のようなものが見えたのです。
それは真っ黒な皮のツナギを着た長身痩躯の剣士でした。
重そうなブーツを履いているのに足音はまったくしません。
剣士がベルトにさした赤い鞘の刀を見て、ダンサーは目を見開きました。
(イオリさま)
「助けてくれイオリ!」
「じっとしてろ」
ピーターに声をかけるとイオリは突進しました。
「ポポ!」
マーテルは慌ててピーターを捨てると四本の手に持った剣を構えました。
「ヒポポポ!」
四本の剣を、しかしマーテルは振りおろしません。
迫るイオリの動きを見ているのです。
イオリは両手で突きを放ちました。
(速い、しかし遠い)
とマーテルが見た瞬間、剣士がグッと近づきました。
(二段突き)
マーテルの額にある縦長の三つ目がカッと輝きます。
三つ目の未来視で敵の飛来点がわかりました。
イオリがくるであろう地点目がけ、マーテルは四本の剣を一斉に振りおろしました。
「ヒポポ!」
マーテルの斬撃は、しかし空振りに終わりました。
イオリがさらにグッと近づき剣をかいくぐったのです。
(しまった二段突きじゃない、三段突きだ!)
「打突剣【明暗】」
神速の突きがマーテルの心臓を深々と貫きます。
「ヒポーッ!」
心臓にあった不滅のティグレを斬られ、マーテルは立ったまま全身が白い灰になりました。
雪のように灰が散ると外の世界の温かさとざわめきが甦り、それでようやく人々はおそるべき結界から解放されたことを知ったのです。
「イオリさま!」
娼婦やヌードダンサーが一斉にイオリに駆け寄ります。
もちろん助けられた感謝の気持ちもありますがそれだけではありません。
現在のイオリの身長は百八十センチ、体格はスマートで、体にぴったりフィットした皮ツナギを着ているから長い手足がより美しく強調されています。
黒髪は前髪がやや目にかかる長さで耳はすっきり出ています。
その耳に雫型の赤いピアスがあります。
赤いピアスはイオリの黒い瞳をさらに神秘的に見せる効果がありました。
要するに十七歳のイオリは目の肥えた夜の女がうっとり見入るような、そんな凛々しい美剣士に成長していたのです。
「イオリぃ、もっとはやくきてくれよ」
女たちに囲まれたイオリにピーターが声をかけます。
「危うくカラスが食い散らした生ゴミみたいになるとこだったぜ」
「それより博打でおれに負けた金さっさと払え」
旧知の仲らしくイオリはピーターに逆ねじ食わせました。
「ごめーんそれもうちょっと待って!」
「やったなイオリ! さすがはレジェンド・カルマハンターだ」
頭をさげるピーターの横から声をかけてきたのは小柄な老人です。
「ギャラを払う。事務所にきてくれ」
帝国でイオリの代理人を務めるカルマハンターエージェントのハリー・ピーコックは自慢の剣士をオフィスに招きました。
そのときです。
「あんたなんでもっとはやくきてくれなかったんだ!」
イオリに罵声を浴びせたのは路上にうずくまった一人の青年です。
なかなか逞しい体格の持ち主で、彼のとなりにあお向けになったまま動かない若者がいます。
「あんたがもっとはやくきてくれたらこいつは死なずにすんだんだぞ!」
「その人がカルマに殺されたとき、あんたなにしてた?」
イオリは青年の腰にある剣を指さしました。
「そんなご立派な武器持ってるのに、戦おうとは思わなかったのか?」
「……」
「カルマを倒せとはいわない。それはおれの仕事だ。ただだれかがカルマを攻撃して六本ある手の内二三本を自由に使えないようにしてくれたらそれでよかった。でもこんなに大勢人がいるのに、カルマに立ち向かったのは大根役者のピーターだけだ」
「だ、大根はねえだろ?」
「恨むなら臆病な自分を恨んでくれ」
イオリは青年に背を向けました。
足早に立ち去るイオリにハリーが慌ててついていきます。
「相手は素人だ。ゆるしてやれ」
「自分のお安いプライドを守るため他人に責任を押しつける。独りよがりなマッチョに反吐が出る!」
激しい言葉にハリーは苦笑いしました。
カルマハンターというマッチョな職業についているのに、イオリは筋金入りのマッチョ嫌いなのです。




