第89話 ボナパルトがくるぞ
「アンナ」
ブルックに声をかけられ、アンナは窓辺から離れベッドに駆け寄りました。
「体が動かない。なんらかの魔法にかけられた」
「わたしは動けます」
アンナは心配そうにブルックの額の汗をぬぐいました。
「尖塔の祈りの声が人の動きを封じる魔法の呪文なのですケロ。わたしはたまたま音を遮断する魔法のクリームを耳に塗っていて難を逃れましたケロ。町の人たちはわたしたちが町に着く前、すでに魔法をかけられ操られていたと思われますケロ」
「ぼくもそう思う。アンナ、町の人たちは操られているだけだから傷つけてはいけない。いいね?」
「はい、傷つけませんケロ」
「魔法使いはあの尖塔にいる。魔法使いを殺せば魔法は解ける」
「わかりました。殺しますケロ!」
アンナは身動きできない三人をベッドからおろし、そのベッドで入口にバリケードを築きました。
「待ってニャ」
すぐ立ち去ろうとするアンナを呼び止め、クロはなにか手渡しました。
「持っていくニャ」
「ありがとうクロさん。では行ってきますケロ!」
アンナは身軽に二階の窓から飛び降りました。
宿は目抜き通りに面していて、通りは魔法に操られた人々でごった返しています。
アンナはそのど真ん中に飛び降りました。
人々が無言で剣や鍬を振りかざし襲いかかります。
「はいごめんなさいケロ」
アンナはポケットからなにか取り出し、地面へ置きました。
取り出したのはクロから預かった白いトカゲです。
「シュガー!」
呪文(?)を唱えるとトカゲはたちまち巨大化しました。
恐竜になったのです!
「うわあ!」
「バケモノ!」
人々はある者は逃げ出し、ある者は棒を振るって健気に恐竜に立ち向かいました。
「シュガー、町の人を食べちゃダメですケロ!」
そういい残し、アンナは町の中心にある尖塔へ走りました。
アンナは塔の真下に駆けつけました。
塔の高さは二十メートルほどあります。
村でいちばん大きな建物で、最上階の窓から拡声器が四方に向かって四つ突き出ています。
(あの拡声器を通じて人を惑わす魔法を放ったのですね。拡声器のある部屋の一階下に魔法使いがいるにちがいないです)
シュガーがうまく人々を引きつけているので、塔のまわりにだれもいなくてよかった、と安堵したとき
「バカ者ども! 塔の下にネズミがいるぞ!」
拡声器から男のしわがれた怒鳴り声が轟き、それから二秒の間を置いてドドドッと地響き立てて人々が塔へ殺到しました。
「あわわ」
アンナはとっさに塔の中へ駆け込みました。
中は狭く螺旋階段があるだけです。
ここを駆けあがれば魔法使いのいる部屋に着くはずですが、アンナはためらいました。
(こんな逃げ場のない場所で挟み撃ちはごめんです)
なにかいい策はないか? と思案していると、塔の外で人々の悲鳴が聞こえました。
「うわあ!」
「バケモノが追ってきた!」
「恐竜だ!」
シュガーは巨大な顎や尻尾を巧みに使い、人々を塔から遠ざけました。
「シュガーありがとうケロ!」
(魔法使いが死ねば人々も洗脳から覚める。やはり殺すしかねいですねケロ!)
「『ボナパルトがくるぞ』」
意を決したアンナはまたしても奇妙な呪文をつぶやき、螺旋階段を駆けあがりました。
螺旋階段をぐるぐる回って、アンナは目が回りそうになりました。
(早く仕留めてみんなを解放しよう)
気ばかり焦るアンナは自分の足もとに迫る怪しい影に気づきません。
暴れるシュガーの股間を潜り抜け、数人の男がアンナを追って螺旋階段を登っているのです。
彼らは山の男です。
山林で獲物を追うときのように、男たちは裸足になって足音を殺し、アンナをそっと追いました。
その手にナイフや山刀が握られています。
(もう少しで階段を登りきる)
そうアンナが思ったときです。
階段のいただきにヌッと人影があらわれました。
(魔法使い!?)
身長百九十センチのアンナとほぼ同じ体格に見える人影は、体格と対照的な小ぶりでかわいいメガホンを口に当てました。
「転がり落ちろ!」
魔法使いが叫ぶと、アンナのすぐうしろに迫っていた男たちが突然足を止め、その場に立ち尽くしました。
男たちは直立した姿勢のままうしろへ倒れ、棒のように階段を転げ落ちました。
「人がいたのですか!?」
うしろを振り返るアンナを見て、魔法使いは地団太踏みました。
「なんでおまえは落ちないんだ!」
「なんですかケロ?」
アンナは自分の耳を指さしました。
「音を遮断する魔法のクリームを塗ってるからなんにも聞こえませんケロ」
「この野郎!」
「あなたが持ってるもの、それ魔道具ですね?」
アンナが男の持つ白いメガホンを指さします。
「そうだよ。おれはジュドー。魔法使いでもなんでもねえ、借金のかたに手に入れた魔道具で一儲けしようとたくらむ悪党さ。メガホンを通じて命令すると、どんな人間もおれのいうことを聞く。このメガホンを使ってみんなに魔法をかけた。町の連中や王子がおれが唱えた服従の言葉に気づかなかったのは、おれが外国語で命令したからだ。どうだ、賢いだろう?」
「すみません、なんにも聞こえないですケロ」
「ふざけるな!」
激昂したジュドーは腰からナイフを引き抜きました。




