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第86話 ステーシー

「アンナ! あ、イオリ!」


 イオリも木の根もとにしゃがんで寄りかかり、ぐったりしています。


「みんなしっかり! ……って、あれ?」


 みんなを励まそうとしたブルックも、力が抜けたみたいにその場に尻餅をつきました。

 クロが慌てて駆けつけます。


「ブルック!」


「クロ、どうやらぼくたちこの森で三日間、同じところをぐるぐる回っていたみたいだ。飲まず食わずでね。これは魔法使いの攻撃だ。長命種のエルフは人間より新陳代謝が長いはずだ。きみはまだ動けるね?」


「動けるニャ」


「魔法使いを見つけて殺すんだ。頼んだよ」


 ブルックはそういって意識を失いました。

 クロは意識を失った三人を白い花咲く林へ魔法で運び、防護結界で覆うと一人で森を歩きました。





 クロは道しるべに従って歩きました。

 本当ならこれに従って歩けば森を抜けられるはずです。

 しかし一時間ほど歩いて、クロは再び三人がいる白い花の林に帰ってきました。


「まちがいないニャ。これは攻撃ニャ。でもまったく魔力を感じない。こいつは強敵ニャ」


 クロは腕組みして沈思黙考しました。

 それからいきなりそばの大木の幹を蹴って跳躍しました。

 枝に飛びつき、その枝から飛んでさらに上の枝に飛びつき、その運動を何度も繰り返してクロは瞬く間に大木のいただきに出ました。


「よし」


 眼下に海のように森が広がっています。


「ペンナ!」


 背中に翼を生やし、クロは木から飛び立ちました。





 翼を生やしたクロは森の上空を飛びました。

 そのまま森を越えようとするのですが、何度やっても元いた白い花咲く林に戻ってしまいます。


(空の上まで魔法の結界で覆われ抜けられない。すごい魔力だニャ。よし!)


 意を決したクロはキッと空を睨み、真上に向かって一直線に上昇しました。

 しかしどこまで飛んでも、飢えたヘビのように地上の魔力がまとわりついてきます。


(ついてこれるものならついてこいニャン!)


 クロは上昇を続けました。

 魔力もどこまでもついてきます。

 雲海を抜け、真っ青な空を縦に切って飛び、クロを囲む世界は遂に黒くなりました。

 成層圏を抜けたのです。





 そのころ、森の入口の空き地に怪しげな人々がいました。

 黒いローブを着た七人の男が、左目が糸のように細く閉じた大男を囲んでいるのです。

 ほかの者と同じように黒いローブを着た片目の男は椅子に座り、目の前の小机に置いた水晶玉をのぞき込んでいました。

 男はふいに水晶玉から顔をあげると、しゃがれた声でつぶやきました。


「ダークエルフを見失った」


「なに? チャッコ、それは本当か?」


 男の発言に七人のリーダーが慌てます。


「森の外には出ていないのだろう?」


「出ていない。ひたすら一直線に真上に飛んで視界から消えた」


「チャッコの魔力を振り切ったのならすごいが、しかしそんなに離れたらやつの魔法もこっちに届かないんじゃないか?」


 リーダーの言葉に、チャッコと呼ばれた魔法使いは閉じたまぶたを撫でてうなずきました。


「フョードルのいう通りだ。むしろクロがいなくなって最大の杞憂が消えた」


「王子のようすはどうだ?」


「王子も女剣士も女盗賊もまもなく死ぬ」


 水晶玉に白い花咲く林にうずくまる三人の姿が映ります。


「上出来だ。これでカミとの約束を果たし、おれがロージャ共和国の新しい指導者になる……」


「そこでなにをしている?」


 突然声をかけられ、フョードルはすばやく振り向きました。

 視線の先に、赤いローブを着た七人の男がいます。


(黄金騎士団が派遣した隠密部隊だ。クソ! このおれがこんなに接近されるまで気づかないとは)


 こいつらやるな、とフョードルは唇を噛みました。


「いつまでたっても王子に会えないからおかしいと思ったら」


 黄金騎士団の副団長である黒人騎士カイ・セディクは、端正な顔を忌々しそうに歪めました。


「きさまたちが魔法で王子を森に閉じ込めたんだな」


「だったらどうする?」


 フョードルはすらりと剣を抜き、ほかの六人も抜きました。


「きさまらロージャ共和国のアサシンだな? かつて共和国がカラミル帝国だったころから東方にはいい剣士がたくさん生まれたと聞く。その噂、本当か試させてもらおう!」


 カイは剣を抜き、ここにゼップランドの騎士とロージャのアサシンの決闘の幕があがりました。





「ぐえっ」


 カイの剣に心臓を貫かれ、フョードルは地面に倒れました。


「副団長やりましたね!」


 歓喜の声をあげたのは団の最年少騎士、十六歳のエヴァン・ウッドです。


「しかしうちも二人やられた」


 がっくりうなだれ嘆くのは団の最年長騎士、三十八歳の【デブ】ジャック・ワイルダーです。

 副団長は地面に倒れたまま動かない仲間に声をかけました。


「アール、マシューすぐ葬ってやるからな。おい!」


 カイは血に濡れた剣を片目の魔法使いに向けました。


「アサシンは全員死んだ。魔法を解除しろ」


「……わかった」


 素直に応じるとチャッコは合掌し、呪文を唱えました。

 こんな呪文を。


「パぺ・サタン、パぺ・サタン、アレッペ」


「ぎゃーっ!」


 呪文が終わった途端すさまじい悲鳴があがりました。


「ノエル!」


 黄金騎士団が誇る長身騎士ノエルに、死んだはずのフョードルが噛みついたのです!

 喉の肉を食い破られ、ノエルは地面にひざまずきました。

 そのノエルに、さらに複数のアサシンが襲いかかります。

 どれも死んだアサシンです。

 アサシンどもはノエルの顔や胸の肉をバリバリ噛み破って食べました。

 

生きた死人(リビング・デッド)を使役する魔法だ!」


 悲鳴のような声をあげるカイを見て、チャッコはニヤリと笑いました。


「いかにも。魔法【ステーシー】。カラミル帝国以来わが国の伝統である人倫にもとる魔法だ」


「そんなの自慢するな!」


「ぎゃっ!」


 カイが叫んでいる間に、また一人仲間が食いつかれました。


「ピーター!」


 ピーターはリビング・デッドの群れに押し倒され、姿が見えなくなりました。

 ただ肉を引きちぎり、噛み、咀嚼するぶきみな音だけ聞こえます。


「アハハ! あっという間に形勢逆転だ!」


 チャッコは手を叩いて喜びました。


「おまえたちの生き残りは三人。こっちは死んだ七人に加え、ほれ、そっちの死んだ騎士もわが軍勢に加わったぞ」


「アール、マシュー」


「ノエル、ピーター……」


 ズタズタに食い破られた顔に血笑を浮かべ、ジリジリこちらに迫ってくる仲間の姿に、エヴァンとジャックは震えあがりました。


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