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第85話 新しい仲間

 ブルック一行が玩具の町の民宿で眠ったころです。

 黄金騎士団団長ジェット・クーガー率いる隠密部隊はようやく港町怠惰を出発し、夜の街道を脱兎の勢いで駆けていました。

 怠惰の港で見つけたタイタンのスパイはすべて片づけました。

 彼らは今ごろ海で魚のエサになっています。

 一仕事終えたジェットは夜のうちに町を離れました。

 枝に止まった鳥が目覚めないほど静かに疾走しながら、ジェットは祈りました。


「王子を頼むぞ、イオリ」


 妖精ルークの唾をまぶたに塗った目で見ると、闇も明るく見えます。

 星の光でまぶしいほど輝く闇に目を凝らし、ジェット一行は先を急ぎました。





 朝ブルック一行が宿を出ると、家の前に待っている人々がいました。

 アンナと十二人の子どもたちです。

 耳もとの青いピアスを朝日に光らせ、アンナはブルックに頭をさげました。


「わたしも火の山に連れて行ってくださいケロ」


「カミとの約束で護衛は剣士と魔法使いだけと決まってるんだ」


「わたしは護衛ではありません。同行人ですケロ」


「子どもたちは?」


「連れて行きません。わたしだけお願いしますケロ」


「きみの目的は?」


「復讐ですケロ」


 復讐とはカミへの復讐です。

 ブルックはイオリと顔を見合わせました。


(連れて行こう)


 イオリが目頭で訴えます。

 「復讐」の二文字が、同じ志を持つ彼女の琴線に触れたのです。


「しかし子どもたちを放っては置けない。ちょっと待って」


 ブルックは背嚢から白い紙と羽根ペンを取り出すとなにやら文章をしたため、最後に自分のサインを書きました。


「これを怠惰の町にある孤児院へ持って行きなさい。きみたちを引き受けてくれるように推薦状を書いた」


「ありがとうございますケロ!」


「おれ孤児院なんてやだ」


 青い帽子をかぶった少年がふて腐れた態度で拒絶の意思を示します。


「なにをいうのですかトーマス!」


「孤児院にいるのは短い間だよ。復讐を果たしたらアンナがきっと迎えにくる」


「……わかった」


 ブルックに説得され、トーマスはしぶしぶうなずきました。

 それからアンナは子どもたちを一人一人抱きしめました。


「ブライアンの仇をとったら必ずみんなを迎えに行きます。トーマス、あなたがいちばんお兄さんです。みんなを頼みますよケロ」


 子どもたちとブルック一行は手を振り別れました。

 アンナは泣いていましたが子どもたちは笑っています。


(この別れをアンナと子どもたちの永遠の別れになんてさせないぞ)


 子どもたちに手を振りながら、ブルックはそう心に誓ったのです。





 新しい旅の仲間を加えたブルック一行は、今日も厳しい真夏の日差しに照らされた街道を歩きました。


「クロさん昨日よりだいぶ小さくなりましたねケロ?」


 アンナがふしぎそうにクロの顔をのぞき込みます。


「顔もかわいくなりました。どうしたのですケロ?」


「魔力を使い過ぎるとこうなるニャ」


 かわいいといわれてクロがにやけます。


「これ以上小さくなるとまずいからアンナ、わたしの代わりにがんばるニャ」


「まかせてくださいケロ!」


 巨女の盗賊と小柄なダークエルフはたちまち意気投合しました。

 笑顔で会話するアンナを見て、ブルックはホッと安堵しました。


「よかった。少し元気になったみたいだ」


「うん」


 よかった、と応じて、しかしイオリは心の内側でつぶやきました。


(むかしオスカーがいってたっけ。『なにかつらいことがあって、でもすぐ笑顔を取り戻すやつがいたら気をつけろ』って)


「そいつは覚悟を決めたやつだ。目を離したらすぐ死ぬぞ」


 オスカーのしわがれた声を思い出しながら、イオリは街道を歩きました。

 やがて道は森に入りました。

 森に入ってすぐクロの耳がピンと左右に伸び、驚いたアンナが飛びあがります。


「うわあ! どうしましたケロ? あっちでウサギがはねる音がしましたが、ひょっとしてその音ですかケロ?」


「その音ニャ。アンナも耳がいいねえ」


「耳がよすぎてなかなか眠れないからこれが必要なのです」


 アンナはパンツのポケットから小さい容器を取り出しました。

 ガラスの容器に白いクリームが入っています。


「これ呪術師のお婆さんに調合してもらった魔法の薬ですケロ。これを耳に塗って呪文を唱えると外界の音がまったく聞こえなくなるのです。うるさい場所で寝るときは必須のお薬ですケロ」


「アンナは魔法が好きなんだニャ」


「好きです! 魔法は人生を豊かにしてくれますケロ」


「じゃあわたしがいろいろ魔法を教えてあげるニャ。手始めに【Kの昇天】なんていいかもニャ」


「どんな魔法ですかケロ?」


「ドッペルゲンガー魔法ニャ。呪文は……」


 一行はにぎやかに会話しながら、木洩れ日がきらめく森を進みました。





「おかしい」


 先頭を歩いていたイオリがふいに足を止めました。


「イオリ!」


 振り向いたイオリを見てブルックは悲鳴をあげました。


「きみなんて顔をしてるんだ!?」


 イオリの顔は頬がげっそりこけ、目の下にどす黒いクマができていました。


「ブルック、おまえこそ、ひどい顔だぞ」


「え?」


 自分の頬に手を当て、ブルックはゾッとしました。


(ほんとだ。顔がこけて小さくなってる)


「クロ、だれかの魔力を感じるかい?」


 ブルックに問われてクロは首を振りました。

 そのクロの顔は、イオリやブルックほどではありませんが、やはりやつれています。

 ブルックは混乱しました。


「みんなどうしたんだ? まるで三日間飲まず食わずみたいな顔をしている。森に入ってまだ一時間ぐらいしかたってないはずなのに」


「王子さま」


 アンナは背嚢から日記帳を取り出し、一頁ちぎってそばの木の枝に突き刺しました。


「わたしたち、道に迷ったのかもしれませんケロ」


「そうかもしれない。とにかく道しるべに従い、もう一度進もう」


 ブルックに励まされ、一行は再び森を進みました。しかし


「ああ」


 アンナが絶望のため息をもらします。

 さっき彼女が枝に突き刺した白い紙が、今また一行の目の前にありました。


「戻りましたケロ」


「どういうこと? 道しるべに従って歩いたのに」


「王子さま、あれをごらんくださいケロ」


 アンナが指さしたのは、暗い地面に落ちた、大きな赤い花の花びらです。


「あれはビガンヌという花ですケロ。深い森の中で一輪だけ咲く儚い花で、開花期間は三日です。最初に目にしたとき、花は開ききる直前でした。でも今は落ちています」


「え? てことはつまり……」


「はい、わたしたち、この森に入って、すでに三日たっていますケロ」


 それだけ語るとアンナは地面に倒れました。


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