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第84話 ミスタームーンライト

 マリアに斬られたイオリの傷は、クロの治癒魔法で癒えました。

 傷あとすら残さず、きれいに治ったのです。

 そのクロですがまた若く、というより幼くなりました。

 大量の魔力消費による幼体化で、ついさっきまでは十二三歳ぐらいの女の子に見えましたが、今は十歳ぐらいに見えます。

 ブルックは一回り小さくなったクロに尋ねました。


「クロ、疲れてない?」


「大丈夫。太陽王をタコ殴りするぐらい元気ニャ」


「おお、愛してる」


 ブルックに頬にキスされ、クロは「ウシシ」とへんな声をあげて笑いました。


「王子さま、お願いしますケロ」


 森の空き地にブライアンを埋葬したアンナに頼まれ、ブルックは少年の霊を慰める呪言を唱えました。

 オデッセイの詩『アガルタ』を暗唱したのです。


「よき人の魂ここに眠る

 よき人よ聞け

 風は汝を運ぶゆりかご

 雨は汝の死を悲しむ天の涙

 鳥の囀りは汝に捧げるレクイエム

 汝の魂が天に帰り夜空の星になるときわれらはふたたび一つになる

 ゼップランドは小さき国なり

 されどゼップランドは永遠に汝を愛す

 この小国が戦いに生き、戦いに死んだ汝のアガルタなり

 森よ、空よ、海よ、荒野よ、われらが友の魂を安らかに眠らせ給え

 女神とともにあれ」


「女神とともにあれ」


 全員で最後の呪言を唱えると、アンナは墓標代わりに建てた石にすがりつきました。


「ブライアン、なぜわたしを置いて行ったのですケロ」


 タイタンのアサシンに焼かれた森に、女盗賊と子どもたちの慟哭が響き、ブルックとクロも落涙しました。


「……」


 イオリだけ涙を流していません。

 イオリは憔悴しきった顔で、泣いている子どもやブルックを見つめていました。





 アンナたちと別れたブルック一行は夕刻、山岳地帯の町【玩具】に着きました。

 町と呼ぶにはあまりにさびしい集落は、早くも夜のように日が陰っていました。

 なにもない寒村ですが、それでも街道の宿場町らしく宿はあります。

 

「といっても民宿だが、こっちのほうが気楽でいいね」


 山の宿らしい山菜とイノシシ肉の夕食を終えたブルックは用意された部屋のベッドに横になり、彼には珍しくあくびしました。


「やれやれ。今日はいろいろあって疲れた。お」


 クロはベッドにあがると、白いTシャツを着たブルックのお腹に、すっかり小さくなった頭をこすりつけました。


「魔力消費で疲れたんだね。じゃあこうしてやる」


 ブルックはクロを抱きかかえると小さい頭をゴシゴシ撫でました。

 クロは大喜びでネコのように喉を鳴らしました。


「ゴロゴロ・ゴロゴロ……」


 そうやって頭を撫でていたらゴロゴロは聞こえなくなり、代わりにスースー寝息が聞こえてきました。

 ブルックはそのまま自分のベッドでクロを休ませました。


「やっぱり疲れてたんだな。イオリ、きみは大丈夫?」


 今夜も裾の短いタンクトップに紐みたいに細いショートパンツというきわどい格好のイオリはベッドに横になり、無言で天井を見つめていました。

 横になって大きな乳房の形がはっきりわかります。

 ブルック同様イオリもいろんなことがありすぎました。

 なにせ一日のうちに恩師を失い、さらに生涯初の敗北を喫したのです。


(ショックを受けていないはずがないな)


「眠れないなら腕枕してやろうか? 冗談だよ」


 自分に視線を向けたイオリにブルックは肩をすくめて見せました。


「気を悪くしたらごめん。あやまるよ。じゃ寝よう。明かり消すよ……」


「なあ」


 ブルックがランプを消すと、室内は窓からさす青い星の光に満たされました。

 その青い空間に、イオリの声が響きました。


「腕枕はいいからおれにもしてよ」


「なにを?」


「クロにしたやつ」





 ブルックはベッドへあがるとイオリの頭を撫でました。


「こんな感じ?」


「もっとなでなでして」


 ブルックはいわれるままイオリの頭を撫でました。

 ゴロゴロと喉が鳴る音や寝息の音は聞こえません。


「眠れないのかい?」


 するとイオリがリクエストしました。


「ビートルズ歌って」


「ビートルズね。OK」


 ブルックはすやすや眠るクロと、夜空に浮かぶ満月を交互に見ました。


「アカペラでやろう。ではお聴きください。今夜お届けする曲は『ミスタームーンライト』」


 自分のとなりで半身を起こしたブルックをイオリが見あげます。

 ブルックはヒソヒソ小声で歌いました。

 月の光に照らされた室内の空気に陽炎がにじむような、そんな情熱的でエキゾチックな曲です。

 歌っていると、静かな寝息が聞こえてきます。

 イオリは枕に頬を押し当て、眠っていました。

 歌い終えるとブルックはイオリの頬にキスしました。


「おやすみ」


 空いているベッドへ向かおうとするブルックの背中に、イオリは声をかけました。


「ねえ」


「起きてたの?」


「唇にして」


 イオリがキスのことをいっていると理解するまで、ブルックは少し時間がかかりました。


「それはだめだ」


「なぜ?」


「ぼくが男できみが魅力的な女性だから。キスだけじゃ絶対止まらない。ぼくは理性的な男じゃないんだ。それにここでぼくが純潔を失ったらカミとの契約違反で天罰がくだる。また何万人も人が死ぬ。それはだめだ。だから我慢するよ」


「じゃあ目的を果たして旅が終わったあとは?」


「そのときはきみにキスする」


「キスだけ?」


「……きみがゆるしてくれるならそれ以上もする。おやすみ」


 ブルックはベッドにあがって目をつむりました。

 イオリも目をつむります。

 でも二人ともなかなか眠れません。

 二人の間のベッドに横になっていたクロは薄目をあけ、そんなブルックとイオリをこっそり見つめました。


(う~ん若い男女のイチャイチャはいつの時代も尊いニャ~、グフフフフ)


 クロはニヤニヤ笑いながら眠りにつき、ブルックとイオリもいつしか眠りました。


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