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第8話 わたしはマリア・バタイユ

 ここは王都ローズシティの下町です。

 降りしきる雨の中、若い母親と幼い娘が抱き合って震えています。

 そのそばで、おそろしい金属音と怒号が飛び交います。


「グワ!」


 イオリの一太刀を肩へ浴び、白い服を着た男は地面に倒れました。

 カッと目を見開いたまま動きません。

 流れる血を雨が洗います。

 イオリはしゃがんで男の唇に指を近づけました。


(濡れた指が冷たくなったらまだ息してる)


「きみ」


 イオリは脱兎の勢いで振り向き刀を一閃しました。

 得意の袈裟斬りです。

 すると薄暗がりに火花が散りました。

 イオリの刀がやすやすと跳ねあげられたのです。


「!」


 相手の太刀筋のあまりの鋭さにイオリは驚愕しました。

 驚くイオリの胸に、相手は静かに剣の切っ先を突きつけました。

 

「落ち着いてください。わたしは味方です」


 そういったのはガクセーフクと呼ばれる、異国の黒い詰襟の制服を着た少女です。

 年齢は十七か十八で、身長は百八十センチあるでしょう。

 スタイル抜群で、とくにすらりと伸びた長い足が目を引きます。

 剣を持つ姿は剣士らしく禍々しいオーラを放っています。

 しかしポニーテールに束ねた金色の長髪に、青い瞳の顔立ちは息を飲むような清廉な美しさをたたえています。


「あなたに聞きたいことがあります。これは……」


「天誅!」


 突然罵声が聞こえました。

 雨音にまぎれて接近した男が少女に斬りかかったのです。


「危ない!」


 イオリが叫び、振り向いた少女は片手で剣を振るいました。

 スローモーな一閃です。

 しかしその一撃は狂信者の剣を真っ二つに折りました。さらに


「けく」


 奇妙な悲鳴をあげて男の頭は粉々になりました。

 そうです。

 斬られた相手の頭が裂けるのでなく、脳みそや血潮を撒き散らし爆発したのです!

 イオリは呆然となりました。


(なんで斬られた相手の頭が爆発するんだ?)


「どうじゃ済んだか?」


 そこへまた新しい人物が登場しました。

 数人の若者を引き連れあらわれたのは白い僧服を着た老人です。

 相当な高齢で顔も手も皺だらけですが背筋はピンと伸び、腰には長剣があり、さらに首から髑髏のペンダントをぶらさげています。


(あれは)


 老人を見つめるイオリの耳に、女の子のはしゃいだ声が聞こえました。


「あ、ドストエフスキー先生!」


(ドストエフスキー?)


 世間知らずのイオリでもその名は知っています。

 ヴィクトル・ドストエフスキー

 かつて革命があった東方の大国、旧カラミル帝国現ロージャ共和国出身で大陸最強といわれる名剣士です。


「おおミーシャ無事じゃったか。よかったよかった。これはおまえがやったのか?」


 数限りない修羅場をくぐったドストエフスキーが、思わず眉をしかめました。

 老剣豪の眼前で、十五人の狂信者が無惨に死んでいます。


「わたしが斬ったのは一人だけです」


 さっきの少女はイオリを指さしました。


「残りはこの子がやりました」


「ほう? 狂信者から母子を助けようとして斬ったのかね?」


 老剣士に問われイオリは無言でうなずきました。


「年は?」


「七つ」


「七歳の子どもが大の大人を十四人斬ったとは……わしの弟子にならんか?」


 師の発言に弟子たちは驚き顔を見合わせました。

 ドストエフスキーがそんなことをいうのは珍しいのです。


「おまえさん見どころがある。うちにくれば食事と寝るところを用意する。どうじゃ?」


「行かない」


 不愛想に断るとイオリは抜き身の不知火丸を手に、裸足で歩き出しました。


「これどこへ行く?」


「頼みがある」


 イオリはふいに足を止め振り返りました。


「この近くの丘のふもとに防空壕がある。中で子どもが五人死んでる。みんなおれの友だちだ。おれの代わりに埋葬してほしい」


「まかせなさい。それでおまえさんはどこへ行く?」


「あそこへ」


 イオリは西の空を指さしました。

 いつの間にか雨があがって空は明るく晴れていました。

 その空に七色の虹が架かっています。


「あの虹の下に行く。虹に向かって歩いたらいいことあるって昔聞いたんだ……」


 イオリは急に声を詰まらせました。


「ねえ知ってる?」


 ある日。

 エリは晴れた空に架かる虹を指さしました。


「雨あがりの虹に向かって歩いたらいいことあるんだよ。死んだおばあちゃんが教えてくれたの。エルフのいい伝えだって」


 エリは笑ってイオリの肩にもたれました。

 そのとき感じたエリの髪の柔らかい感触が、イオリの肩にまだ残っています。

 エリは今暗い防空壕に横たわり、永遠の眠りについています。


「……じゃあ」


「これあげるー」


 歩き出すイオリに、ミーシャと呼ばれた女の子が自分のペンダントを差し出しました。

 女の子が差し出したのはリングのペンダントです。

 リングは女神の象徴です。

 千年前絶滅寸前だった人類を救うべく地上に降臨した女神が、大いなる日輪(光の輪)を背負っていた故事にちなむ祭具です。


「ありがとう。でもいらないよ」


「どーして?」


「なくしたとき悲しいから」


 イオリの言葉を聞いて、ドストエフスキーは一瞬胸を突かれた表情になりました。


(七歳の子どもが口にする台詞ではないのう)


「だからもうなにもこの手に持ちたくないんだ」


(この手にはおまえさえあればいい)


 イオリは不知火丸を見つめました。すると


「待って」


 さっきイオリに剣を突きつけた少女が声をかけます。


「あなたお名前は?」


「イオリ。ファミリーネームはない」


「わたしはマリア。マリア・バタイユ。また会いましょう」


 マリアはニッコリ笑いました。

 イオリは無言で踵を返し、虹に向かって歩き出しました。

 今日から十年後、人類の運命を賭けて戦うことになる二人は、このとき初めて出会ったのです。





「イオリ、最後に教える」


 歩くイオリに不知火丸が語りかけます。


「おまえの敵は二ついる。一つ、カミを崇拝する狂信者。彼らはクルシミというカルト教団を作りカミに生贄を捧げている。二つ、人間以外のすべての怪物。あらゆる怪物はすべてカミの眷属である。イオリ、狂信者と怪物を殺しまくれ。そうすればおまえの前に必ずカミがあらわれる。これからおまえが歩く道は屍山血河だ。血みどろの旅に同伴者はいない。後悔はないな?」


「ない」


「先生あの子を止めてください」


 若い母親がドストエフスキーにすがりつきます。


「あんな子どもが当てもない旅に出るなんてあんまりです」


「奥さんあの子なら大丈夫じゃよ。それに止めてもむだじゃ。

 あれは戦うために生まれてきた人間じゃ。

 止めても止まらぬ」


「どうしたマリア?」


 兄弟子は自分の手をじっと見つめるマリアに尋ねました。


「ケガでもしたのか?」


「いえ、さっきあの子に斬りかかられたから剣で払ったのです。そのときの衝撃で手がしびれて」


 マリアは顔をあげ、立ち去る子どものうしろ姿を見つめました。


「イオリ……」


「最後に確認する」


 イオリが刀を鞘へ納めようとすると、また声が聞こえました。


「カミがいる限り人類に真の自由と尊厳はない。成長もない。イオリ、おまえは本当にカミを殺す覚悟があるか?」


「ある」


 イオリはきっぱり断言しました。


「アラン、トビー、ヒューゴー、イーサン、エリ、王都の殺されたすべての子どもの安らかな眠りのため、そしてズタズタになったおれ自身の魂のため

 カミをぶっ殺す!」


「よかろう。カミ殺しの剣士となるべく、戦え! イオリ」


 それを最後に不知火丸は本来の刀に戻り、二度と口を開きませんでした。

 イオリは虹に向かって歩きました。

 血と泥にまみれた裸足の姿で。

 イオリのカミ殺しの旅は、こうして始まったのです。


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