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第78話 山のカルマ

 ジェット・クーガー率いる隠密部隊を乗せた船は、夜明けとともにようやく怠惰の港に着きました。

 朝の港は人でごった返しています。

 着いてすぐ妖精ルークはジェットの肩に乗り、耳打ちしました。


「あいつらバベル大帝国のスパイだよ」


 自分の長い耳を手で押さえ、顔をしかめたルークが目でさしたのは、黒いケープを着た商人の集団です。


「なぜわかる?」


「イルカみたいに人間に聞こえない超音波を発して会話してる。『ブルックたちはここにいない。昨日山岳地帯に向かった』『あとを追うぞ。おまえは太陽王に報告しろ』だってさ」


「カイ、おれとルークはあいつらを追う。おまえは先に王子を追って山岳地帯に向かえ。連中を片づけたらおれたちもあとを追う」


「わかった」


 カイ一行は七名、ジェット一行は六名のグループにわかれました。

 ジェット一行が一人少ないのは、最年少のケンがもういないからです。

 ケンの遺体は昨日水葬にふされました。


「じゃあな」


「気をつけて」


 カイ一行は山岳地帯に向かい、ジェット一行は帝国のスパイを追って怠惰の町の人ごみにまぎれました。

 彼らは再び会うことができるのか?

 それはだれにもわかりません。





 そのころブルック一行は山岳地帯の細い山道を歩いていました。

 臨終の町を離れると、もう旅人はまったくいません。

 クロは道沿いに咲く白い花の香りをクンクン嗅いで歩きました。


「あんまり嗅ぐと花酔いするよ」


「あい」


 はいといっても花から離れないクロを見て、ブルックは苦笑いしました。


「またたびを手離さない猫みたいだ」


「二輪咲きの花が多いな」


 無粋なイオリですが、今日は珍しく花に興味を示しました。


「そうだね。二輪咲きの花は色で花言葉が変わるんだ。赤い花なら夫婦、青い花なら友だちになる」


「白い花は?」


「師弟になる……どうしたの?」


 ブルックはちょっと驚きました。

 イオリが急にニッコリ笑ったのです。

 とまどうブルックを見て、イオリは居ずまいを正しました。


「なんでもない」


「そう……それにしてもぼくたち以外に旅人が全然いないね。西の修道院を目指す修験者がたくさんいると思ったけど」


「あいつら臨終で遊んだらまた怠惰にもどる。怠惰の港から船に乗って西を目指すのさ」


「そうなんだ」


 やれやれとブルックは首を振りました。


「それじゃ修行にならないと思うけど?」


「あいつらの目的は修行じゃない。犯罪者が身分を隠したり、放蕩息子や放蕩娘が一時しのぎの場所として男子修道院や女子修道院を利用するんだ」


 それにブルックみたいにかわいい子をねらって修道院入りする変態もたくさんいる、という言葉をイオリは呑み込みました。


「ふーん、きみ修道院のことくわしいね」


「むかしオスカーに教えてもらった」


「きみの先生に? あの人かっこいいねえ」


「オスカーが? 冗談だろう、全身真っ白なファッションセンスゼロのおっさんだぞ」


「いやかっこいいよ。無精髭なんか生やしてワイルドな感じで。それに昨日の夜少し話したけどものすごく親切でやさしかった。これもくれたんだ」


 ブルックはてのひらに乗せたイヤリングをイオリに見せました。


「オスカーがそれを? あのおっさんいつのまにそんなものを」


「これオスカーさんがむかしつけてたって。魔除けになるらしいよ」


「イヤリングが魔除けになるなんて聞いたことないな」


(おれの師匠はかわいい子ほど迷信に弱いのを知ってて、それをナンパに利用する。迷信に罪はない。けどナンパが困る!)


 女好きな師匠に振り回された日々を思い出し、イオリがうんざりしているときです。


「あ」


 ブルックが声をあげたのはクロが急に走り出したからです。

 クロが走る先に道が開けた、広い空き地がありました。

 山岳地帯を歩いていると、ただ平坦で開けた場所があるだけで心が躍ってしまいます。


「クロ、あぶないよ……」


 ブルックが手を伸ばした、そのときです。

 突然クロの体がマリのようにポーン、と宙に跳ね飛ばされました。

 地中から出現した巨大ななにかに跳ね飛ばされたのです。

 広場はあっという間に土埃と獣の匂いに満たされ、ブルックは悲鳴をあげました。


「カルマだ!」


 あらわれたのは鋭い牙と二本の長いツノがあるカルマです。

 体格はゾウより一回り大きいでしょう。

 イオリは空から落ちてきたクロを両手で受け止めました。


「大丈夫か!?」


「大丈夫。あれベヒモス」


 ケロッとした顔で地面に降り立ち、クロはカルマを指さしました。


「すごく頑丈なカルマニャ。こいつはクロがやっつける。シュガー」


 クロは服のポケットから白いトカゲを摘まみ出し、地面を走らせました。


「ホラー!」


 クロが呪文を唱えると、白いトカゲは巨大な恐竜ティラノサウルスに変身しました!


「反転魔法【死にぞこないの青】ニャ。シュガー、ベヒモスを殺すニャ!」


 クロに命じられ、恐竜はベヒモスに襲いかかりました。

 森の大木を揺らす咆哮をあげ、ベヒモスが恐竜を迎え撃ちます。

 ベヒモスがあげた咆哮は、三人が今朝出発した臨終の町にも届きました。





「なんだあの声は!?」


 臨終の町の住人は一斉に路上へ飛び出しました。

 西の空から大地をどよもすおそろしい獣の声が聞こえます。


「ありゃ獣じゃねえ、ベヒモスだ」


 町の古老が西の空をあおいでつぶやき、それを聞いた人々は慌てました。


「なんだって? そりゃおっそろしいカルマじゃねえか!」


「呪術師の先生を呼べ! 町に防護結界を張るんだ!」


「あら旦那どこ行くの?」


 黒いスリップを着た娼婦は、黒い馬にまたがったオスカーに声をかけました。


「馬を借りるぞ。おまえんとこの主人に貸しがあるからこれでチャラだと伝えてくれ。ハッ!」


 娼婦は西に向かって走り去るオスカーにのんびり手を振りました。


「旦那ぁ~、気をつけてねぇ~」


(早まるなイオリ。ベヒモスは危険なカルマだ。初見じゃ絶対勝てねえ。おれが行くまで待ってろ)


「急げゼーロン!」


 全身真っ白な乗り手に発破をかけられ、黒い馬は一声いななくと重厚な蹄の音を響かせ、山道を駆けました。


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