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第76話 山猫の町

 港町怠惰を出発した日の夕刻、ブルック一行は山岳地帯最初の宿場町【臨終】に着きました。

 港町を離れると、街道はすぐ山岳地帯に入りました。

 それほど標高は高くありませんが、ゴールの火の山までなだらかな登り下りがずっと続くきつい道です。

 山岳地帯は「カミの領域」といわれています。

 人智や法律が及ばない世界といわれ、そのため人間社会になじめない宗教家や芸人や遊び人や犯罪者が多く暮らしています。

 もちろん獣やカルマもたくさんいます。

 そんなカミの領域ですが、臨終の町は人でごった返していました。


「ここが『最後の人界』らしい」


 ルークにもらった旅行ガイドを見ながらブルックが解説します。


「なになに、『旅人はこの町で欲望を満たし、心身ともに清らかになって西の異界を目指すのです』だって」


「欲望を満たす。なるほどね」


 イオリは山岳地帯らしく、早くも暮れ始めた町を見渡しました。

 狭い通りのそこかしこに、ぼんやりとピンクの照明が灯っています。

 臨終は「山猫の町」とも呼ばれます。

 山猫は山の娼婦の隠語です。





 宿の夕食を終えたブルック一行は夜の町に繰り出しました。

 ブルックが社会見学したいといって聞かないのです。

 最初は止めたイオリですが、すぐ思い直しました。


(悲しい人間ほどよくはしゃぐからな)


 昨日の兄の死を忘れようと、ブルックはあえて陽気にふるまっている。

 イオリはそう判断し、彼の願いに応じることにしました。


「そこのお兄さん、寄ってって」


「あなた帝国からきたの? わたしもよ」


「ねえ、わたしの部屋でお酒飲まない?」


 店の前に立って客を呼び込む女性たちの口上に、ブルックは興味津々です。


「わー、あの子の服カラフルだね」


「あれは暗黒大陸伝来のドレスだ」


 眠そうなクロと手をつないで歩きながら、イオリはブルックに解説しました。


「暗黒大陸の服は派手な原色使いが特徴だ」


「おばあさんがいるよ?」


「あれも娼婦」


「お客はおじいさん?」


「若いやつもいる」


「『スケッチ教室』だって。みんな芸術好きだねえ」


「あれは裸の女の絵を描くんだ。芸術ではなく女の裸を見るのが目的」


「あの人もきれいだねえ」


「あれは男娼だ」


「男? ……あ」


 ふいにブルックが足を止めます。


「どうした?」


「お尻さわられた」


 ブルックは困惑気味にミニスカートを撫でました。

 

「セーラー服着てるから女の子とまちがえたのかな?」


「さわったのはどいつだ?」


「別にいいよ」


「あいつニャ」


 ためらうブルックに代わってクロが彼方を指さします。


「黒い革甲冑を着た、体格のいい冒険者のクソ野郎」


「あいつか」


 クロが指さしたのはかなり大きな男で、連れの二人とにぎやかに談笑しながら肩で風切って歩いています。


「クロ、ブルックを頼む」


「よせイオリ!」


 ブルックの制止を振り切り、イオリは冒険者に声をかけました。


「おい、あんた」


「ああん? ……ベホッ!」


 振り向きざまにイオリの右ストレートを顎にもらい、冒険者は折れた歯を三本吐き出しながら路上に引っくり返りました。


「おれの連れの尻撫でてただですむと思うなよ」


「野郎!」


「ぶっ殺す!」


 冒険者の二人の友人が剣を抜きました。


(面倒臭いな)


 二人のルーズな構えを見て、峰打ちですまそうとイオリは刀の柄に手をかけました。

 そのときです。


「お客さん、ケンカは困るよ」


 ひどくしわがれた声を聞いて、イオリはとっさに凍りつきました。


(まさか)


 おそるおそる振り向くと、果たしてそこに「白い天使」がいました。

 声をかけてきたのは短く刈った真っ白な髪に、白い麻のスーツと白いシャツを着た中年男です。

 左耳にリングのピアスがあります。

 さらに男の頬には刃物で斬り裂かれたすさまじい傷があり、腰には剣がありました。


「二人ともおれに免じて剣を収めてくれ」


 男がど渋い声でそういうと、彼と旧知の仲らしい二人はうろたえ気味に剣を収めました。


「あんたも素人の尻撫でちゃだめだぜ」


 男はしゃがむと冒険者の肩に手を置きました。


「呪術師の家に行って手当てしてもらおう。治療が終わったらおれがねんごろにしてる店に案内する。料金はサービスするからそれでちゃらにしてくれ。な?」


「わ、わかった」


 鼻と口から血を流す冒険者が愛想笑いを浮かべると、男は振り返りました。


「ひさしぶりだな、イオリ」


「オスカー」


 無敵のドラゴン殺しはそれきり絶句しました。

 十歳から十四歳のときまで一緒に旅した相手が突然目の前にあらわれ、イオリは混乱しました。

 

「おれはオスカー。オスカー・レノン。イオリのかつての旅のパートナーで、剣の師匠だった男だ。以後お見知りおきを」


 イオリのうしろにいるブルックにそういって、オスカーは頭をさげました。


「ごていねいにどうも」


 ブルックもとまどいつつ頭をさげます。


(変わらないな)


 いち早くブルックに目をつけた師匠を見て、イオリは苦笑しました。 

 強面ですがオスカーはむかしから「かわいいもの」に目がないのです。


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