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第75話 聖なる色セピア

 デュエル・カップが終わった当日の夜です。

 バベル大帝国御一行が丸ごと借り切った屋敷の一室に、太陽王フリッツ・バルトの正妻アグネス妃はいました。

 王妃は一糸まとわぬ裸でベッドに横になっていました。

 程よく脂肪が乗った熟女の白い肌を、ランプの炎が蛇の舌のようにチロチロと舐めます。

 王妃のとなりに、やはり裸のマリア・バタイユがいました。


「ねえ」


 肩によりかかり、六つに割れたマリアの見事な腹筋を撫でながら、アグネス妃は甘えた声を出しました。


「あなたもわたしと一緒に帝国にこない? 行きましょうよ」


「浮気がばれたらわたしもお妃も太陽王に八つ裂きにされますよ?」


「あら平気よ。あの人変態だから」


「変態?」


「わたしが女とセックスするのを見るのが大好きなの。それでやっと興奮するのよ、あの人」


「偉大な太陽王にそんな趣味があるとは意外です」


「ね? あの人に見せつけてやりましょうよ。それとも気になる?」


「気になるとは?」


「あの女剣士のことが」


「ええ」


 マリアは苦笑いしました。


「気になります」


「まあ。やっぱり斬るつもり?」


「もちろん斬ります。でもその前に……」


「その前に?」


「あの女を、一度抱きます」


 「あの女」というとき、マリアの青い瞳に映ったランプの炎が揺れました。


「いやらしい子」


 アグネス妃はマリアに覆いかぶさるとキスしました。

 しばらくすると寝室は王妃のもらす、濡れ濡れとした官能の声に満たされました。

 マリアの声は聞こえません。





 マリアが弟子たちと王都へ戻り、ブルック一行が山岳地帯を目指して怠惰の町を出発したころ、黄金騎士団のジェット団長は意外な場所にいました。

 海にいたのです。

 ブルックたちがバベル大帝国の騎兵隊に襲われたと知ったジェットは「王子の護衛は剣士と魔法使いのみ」というカミとの約束を破り、自分を含む十四名の隠密部隊を結成し、ひそかに王子を守ろうと船で王都を出発しました。

 隠密行動ですから彼らの旅立ちは騎士団のごく一部の人間しか知りません。

 ローズ王ですら知らないのです。

 予定では先行するブルック一行にとっくに追いつき、陰から護衛しているはずでした。

 しかし今の季節、南の暗黒大陸から吹く風にさえぎられ、外輪蒸気船はなかなか海上を進みません。


「本当はもう怠惰の港に着いてるはずなんだがな」


 船の甲板に立ち、夜明けの海を眺めながらジェットはぼやきました。

 ジェットは丈の長い、赤いローブを着ています。

 赤いローブは修験者がよく着る服です。

 この時期西の修道院を目指す修験者は多いので、この服装は怪しまれません。

 また修験者は帯剣がゆるされているのも騎士にとって好都合です。


「ま、そう焦るなって」


 やはり赤いローブを着た黒人騎士カイ・セディクが相棒の背中を叩きます。


「自然が相手だ。思うようにはいかねえって」


「あ、ちょっと」


 ジェットの肩に木の葉のように舞い降り、手をかざして海を見つめる妖精にカイは声をかけました。


「どうしたルーク?」


「どうやら相手は自然だけじゃなさそうだよ」


「なんだって?」


「見ろ」


 ジェットが海を指さしました。

 すると海面がみるみる山のように盛りあがります。

 海中からヌーッと長い首を突き出したのは、巨大な蛇です。


「なんだあれは!?」


「あれはリヴァイアサン。カミの眷属だよ」


 ルークの解説を聞いてカイは無言で慄き、ジェットは顔をしかめました。


「まずいな。おれたちの隠密行動、カミにバレてる」





 カミの眷属リヴァイアサンは巨大な蛇のような形態をしていました。

 全長は水面に隠れてわかりませんが、船より大きいのは確実です。

 リヴァイアサンは海の王者らしい悠然たる態度で船に迫りました。


「やばい」


「くるぞ!」


「騒ぐな」


 色めき立つ団員をいさめると、ジェットは一人の団員に声をかけました。


「ケン」


「はい」


 前に進み出たのは黒髪に黒い瞳の、まだあどけない顔をした十六歳の騎士でした。


「どうだ、やれるか?」


「まかせてください」


 ケンは着ている赤いローブのポケットから小さい壺を取り出し、甲板から身を乗り出すと中身を海に注ぎました。

 コポコポと音立てて茶色っぽい、セピア色のインクが海に落ちます。

 壺が空になるとケンは合掌しました。


「聖なる色よ、魔を祓うべし。

 セピア」


 ケンが呪文を唱えると海面がゴボゴボ沸き立ちました。

 そして見よ、今度海中から出現したのは巨大なイカです!


「ラテン語でイカをセピアっていうんだよ」


 そう得意げに仲間に解説するのはケンと同じように幼い顔立ちの、赤い髪の少年騎士です。


「エヴァン、これを」


 中身が空になった壺を赤い髪の親友に渡すと、ケンは自分が使役する聖獣に命じました。


「セピア、リヴァイアサンを殺せ」


 セピアとリヴァイアサンの格闘が始まりました。

 それはおそろしい戦いでした。

 触手と尻尾が互いの体に巻きつき、巨大な怪物が起こす大波で、船は何度もひっくり返りそうになりました。

 隊員たちはすぐ船内に避難しましたが、ケンは一人だけ甲板に仁王立ちで海を見つめています。


「ケンこっちにこいよ!」


 エヴァンは何度も叫びましたが、親友の懇願をケンは無視しました。

 やがてセピアとリヴァイアサンは絡まりあったまま、海に沈みました。

 荒れ狂っていた海が、ぶきみなほど静まり返ります。

 ケンはじっと海を見つめました。


「……どうなったの?」


 甲板に出てきたエヴァンが、おそるおそる尋ねたときです。


「うっ」


 一声うめいてケンは大量の血を吐き、その場に倒れました。





「相打ちです」


 ジェット団長の腕に抱かれ、ケンはかすれ声でつぶやきました。

 ルークの治癒魔法で痛みは消えました。

 しかし青ざめた顔に、癒しがたい死相が浮かんでいます。


「リヴァイアサンは死にました。セピアも。使役する聖獣と使い手は一心同体です。ぼくもセピアと一緒に死にます。団長、こんなに早く離脱して申しわけありません。ルーク、いつも親切にしてくれてありがとう。エヴァン、さっききみに渡した壺がぼくの形見だ。大事にしてね。ゼップランドに栄光あれ!」


 それが少年騎士ケンの最期の言葉になりました。


「ケン! 旅は始まったばかりなのに」


 友の死にエヴァンは号泣し、ルークは背中の羽根を震わせてポタポタ涙を流し、ほかの団員はまだ十六歳になったばかりの少年騎士の死にショックを受け、呆然とその場に立ち尽くしました。

 ジェットはうっすらと笑みをたたえたケンの死に顔を、そっと撫でました。


「よくやったケン。おれもすぐ行く」


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