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第73話 戦う理由

 イオリが蹲踞の姿勢になって三分ほどたち、ジェイムズがニヤリと笑いました。


「やるな。足もとが乱れたら斬りかかろうと思ったのに、一瞬たりともピクリともしない」


「舐めるなよ。おれは十二時間ぶっ通しで蹲踞できる」


「鍛錬の賜物だな。リスペクストするよ」


「あなたの御伽草子もすごい魔法だ。どうやって身につけた?」


「母上に教えてもらった。なあ」


《聞こえるかい?》


 最後の「聞こえるかい?」というジェイムズの声は、イオリの脳内に直接響きました。


「なんだ?」


 たしかに声は聞こえます。

 しかしジェイムズはずっと口を閉じたままニヤニヤ笑っているのです。


《驚いただろう? これは自分の声を相手の脳内に直接届ける魔法だ。人に聞かれたくない話をするときこの魔法を使う。きみはふつうにしゃべってくれ》


「わかった」


《相手の魔法を盗む魔法は母上の実家に伝わる秘法なんだ。母上はこの魔法をおれにベッドで教えてくれた》


「なんだって?」


《おれと母上は愛し合っていたんだ。肉体的に》


「……期間はどれくらい?」


《防衛戦争が終わってからの二年間、母上が亡くなる数か月前まで愛し合った。三日に一度セックスしたから合計で二百回ぐらい……いやもっとたくさん愛し合った》


「その話をブルックは知っているのか?」


《知らない。おれと母上の関係は二人だけの秘密だ。しかしもうすぐ知ることになる》


「なぜ?」


《おれがきみに勝ったら母上が甦る。カミとの契約だ。それはきみも知っているね? 母上が甦ったらおれはブルックの目の前で母上と愛し合う。おれの薄汚い欲望で、美しい母上を徹底的に穢す。そう決めているんだ》


「なぜそんなことをする? ブルックが憎いのか?」


《愛してる。でも憎い。生前の母上がいちばん愛していたのはブルックだ。おれじゃなかった。だから憎い! おれは甦った母上を身も心も完全に支配する計画を立てている。最底辺の売春宿のおかみに教わった下劣な性技も、母上相手に使うつもりだ。カミと契約したときから、おれはもう人でなくなった。ラウラ・フリーダム・ローズはおれの女だ。永遠におれの奴隷だ。その事実を母上に徹底的にわからせる。ブルックにもな》


「そうか。ありがとう」


《おれに感謝するのか?》


「感謝する。

 おまえを殺す理由ができた」


「なるほど。きみも愛しているんだね。

 ブルックを」


 最後の言葉は魔法ではなく、ジェイムズの口を通じてイオリに伝えられました。





「さて、もうそろそろいいかな」


 正眼に構えていたジェイムズは、急に構えを解いて剣を肩に担ぎました。


「なぜおれが今長々とおしゃべりしたと思う? 時間が稼ぎたかったのさ。足もとを見ろ」


 いわれてイオリは蹲踞している足もとを見ました。

 すると自分の影が短くなっていました。

 日がかたむいて闘技場のスタンドの影がグラウンドに落ち、イオリの影を飲み込もうとしているのです。

 スタンドの影はすでにグラウンドの半分を覆っていました。

 そして


「消えた」


 イオリはポツリとつぶやきました。

 クジラに呑まれる小魚のように、自分の影は、スタンドの大きな影に完全に飲み込まれました。


「イオリ、今きみは大きな影に覆われている。それがどういうことかわかるか?

 今のきみは全身が影だ」


 ニヤリと笑ったジェイムズの姿は、次の瞬間消えました。


「どこへ行った!?」


「ここだよ」


 イオリはハッと自分のお腹を見ました。

 声がそこから聞こえるのです!


「わかるだろうイオリ? おれの魔法は影に移動する魔法で、今きみは全身が影だ。

 つまりおれは今、きみの中にいる」


「そんな」


 バカな、とイオリは思いません。

 自分より一回り大きいジェイムズが、自分の中に入るなど論理的にありえません。

 そもそも生きた人間が生きた人間の中に移動するなど想像を絶します。

 しかしイオリははっきり感じるのです。


(おれの中に、今、やつがいる)


「今さら日向に出ても無駄だよ。おれはきみの中から決して移動しない」


 そう冷酷に宣言したあと、ジェイムズの口調が一変しました。


「でもすごいな~。美人って体の中もきれいなんだねえ~」


「てめえ!」


 恐怖とおぞましさでイオリの全身がガタガタ震えます。


「さて、この美人を、どうやって始末しようかな~」


 虫をもてあそぶ子どものように、無邪気極まりないジェイムズの声を聞いて、イオリの怒りが爆発しました。


「ワイバーン!」


 黒皮のツナギの背中に翼を生やし、イオリは一気に闘技場を見おろす高さまで急上昇しました。


「オオッ!」


 夕焼け空を見あげ、十万大観衆がどよめきます。


「なにをする!?」


「この高さから落ちたら二人とも死ぬぞ!」


 自分のお腹に向かってイオリが叫びます。


「死にたくなかったらさっさとおれの中から出ろ!」


「クソ!」


 次の瞬間ジェイムズはグラウンドに立っていました。


「あれ? ジェイムズ殿?」


 巨漢の審判がふしぎそうに上空と地上を見比べます。


「お騒がせしました。今イオリの体からあなたの影に移動しました。というわけでおれの勝ちです」


「え?」


「見てください」


 ジェイムズが上空を指さすと、イオリが風に舞う木の葉のように、クルクル回転しているではありませんか!


「おお!!」


「体から出るときあいつの翼を斬った」


 ジェイムズがそういってすぐ、グラウンドを大きな影が横切りました。

 ジェイムズに斬られた左側の翼が、糸の切れた凧のように空を舞っているのです。

 イオリは一枚だけ残った右の翼を必死に振りました。


(クソ、だめだ!)


 一枚だけの翼で飛ぶことはできず、落下するイオリはとうとう錐もみ状態になりました。

 観客が悲鳴をあげ、貴賓席のブルックとクロが思わず立ちあがります。


「イオリ!」


「わたしがやった羽根があるニャ!」


 クロの声は拡声魔法【斜陽】でイオリの耳にはっきり届きけられました。


(そうだ!)


 ズボンの裾ポケットに手を突っ込み、イオリはそこから二枚羽根を取り出しました。

 非常用にクロからもらった羽根です。

 一枚だけ残った翼を引っ込め、イオリは二枚の羽根を背中に張りました。


「ペンナ!」


 呪文を唱えると背中に羽根が生えました。

 イオリの体に比べると小さい羽根ですが、落下速度は明らかに遅くなりました。

 しかしもう地面は目の前です!

 イオリはグラウンドを斜めに斬るように滑空し、勢いよく地面に叩きつけられました。

 二度三度と横転し、激しい土埃があがります。


「……やったか?」


 目を細めてジェイムズが彼方をうかがいます。

 泥だらけのイオリは目を閉じ、地面にうつ伏せに倒れていました。





「とどめを刺すか」


 聖剣ローズを右手にぶらさげ、ジェイムズはゆっくりイオリに近づきました。

 ジェイムズは足音を消さずに近づきましたが、イオリはピクリともしません。

 やがてジェイムズは剣が届く距離までイオリに近づきました。


「狸寝入りしても意味ないぞ、イオリ」


 無精髭をこすってジェイムズは苦笑いました。


「もうきみの間合いに入った。今さら立ちあがろうとしてもおれのほうが速い。なぜ長々と地面に寝そべったりしたんだ?」


 するとふいにイオリが青い瞳を開きました。


「こうするためさ」


 ジェイムズは突如大きな黒い影に覆われました。


「む」


 頭上に飛来した黒い影を、ジェイムズはとっさに聖剣ローズで一刀両断にしました。


「これは」


 ジェイムズは足もとを見ました。

 地面に転がっているのは二つに斬られた、竜の翼です。


「竜皮のツナギはおれのアクセサリーだ。おれの意思で自由に操れる」


 いつの間にか立ちあがったイオリが語ります。


「翼に気を取られたな。おかげでおれもあんたの間合いに入れた」


「……そのようだな」


 二人の剣士は至近距離で見つめ合いました。


「勝負しよう」


 イオリの申し出にジェイムズは無言でうなずきました。

 十万大観衆は静まり返りました。

 ついに死闘の終わりが近づいたことを、みんな本能で察したのです。

 悠久と思える時間が流れましたが、それはたった二秒にすぎません。

 そのときイオリの耳に聞こえました。

 ビートルズの曲を歌う前にカウントを取るブルックの声が。


「用意はいいかい? ワン・トゥ」


 スリーでイオリは袈裟斬りを放ちました。

 ジェイムズも同じタイミングで袈裟斬りを放ちます。

 二人の剣士の斬撃は速すぎて観客に見えず、ただ肉と骨を断ち斬る鈍い音だけ聞こえました。


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