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第69話 不知火丸対不知火丸

 イオリの黒皮のツナギと、アレクセイの黒い僧服を、高く登った夏の日差しが刺すように照らします。


「おい」


「どうしたんだ?」


 観客はざわつきました。

 アレクセイが姿を見せると急に審判が歩み寄り、なにやら話し始めたのです。

 審判はうなずいてすぐ離れました。


「なにがあったんだろう?」


 首をかしげるブルックに、クロがポツリと語ります。


「アレクセイから魔力を感じるニャ」


「魔力?」


「なにか庇護魔法の類をかけられてるにちがいないニャ。でも相手の攻撃を防ぐ大型魔法じゃないし、審判も認めてるから問題ないと思う」

 

「さあ、いよいよ準決勝の第二試合の始まりです」


 かつて伝令兵として戦場を走り回ったジミー・バッファーの張りのある声が、十万大観衆の興奮をあおります。


「ドラゴン殺しと流浪の王子の対決です。イオリはヘミングウェイ、アレクセイはドストエフスキーと、ともに歴戦の古豪に勝っての準決勝進出です。大会屈指の美貌を誇る二人、果たして勝つのはどっちだ!」


「イオリさんがんばって!」


(フリオ)


 声援が聞こえた気がしてイオリはスタンドに目をやりました。

 しかしそこに、赤い帽子をかぶった少年の姿はありません。

 そのときアレクセイの胸もとで、なにかがキラリと光りました。

 僧服にさしたガラスのブローチが光ったのです。

 イオリは目を細めてブローチを見ました。


(中になにか入ってる……四つ葉のクローバーの押し花?)


「では、始めぇ!」


 ボォオンと銅鑼が鳴り、勝負が始まりました。

 西から登場したイオリ、東から登場したアレクセイ・ネクラーソフともに不知火丸を正眼(中段)に構えました。


「あ」


 貴賓席のブルックが小さい悲鳴をあげます。

 アレクセイがいきなりイオリに駆け寄ったのです。

 しかもまったく足音がしません。

 剣士というより暗闇で標的をねらうアサシンのような足の運びに観客は戦慄しました。


「始末剣【白痴】」


「制覇剣【喪神】」


 両者まったく同じフォームで放った袈裟斬りが空中で激突します。

 おそろしい金属音と火花が散り、鍔迫り合いが始まりました。


(接近戦をこわがらないな)


 いつもと変わらぬ涼しげなイオリの瞳を間近に見て、アレクセイは確信しました。


(鍔迫り合いで粘るのは無駄だ。よし!)


 アレクセイは巧みにイオリの刀を跳ねあげ、二人の間にわずかな空間ができました。


「斬首剣【花と蛇】」


「居合術【風神の門】」


 互いの首をねらった両者の水平斬りが再び空中で激突します。

 耳をつんざく金属音が轟く中、アレクセイは大きくうしろに飛びさがりました。


(今だ)


 アレクセイが着地する瞬間をイオリはねらいました。


「打突剣【明暗】!」


 必殺の三段突きがアレクセイの心臓目がけて突き出されます。


(かかった)


 アレクセイが会心の笑みを浮かべます。

 うしろへ飛んだのはアレクセイが撒いたエサです。

 空中でしっかり力をたくわえたアレクセイは、着地と同時に不知火丸を八相に構えました。


「不知火流奥義」


(なんだと!?)


 この至近距離で? と一瞬パニックになるイオリの耳を、アレクセイ裂帛の気合いが打ちます。


「【あゝ無情】!」


 海のように青く輝く不知火丸を、アレクセイは唐竹割りに振りおろしました。


(だめだ!)


 イオリはとっさに突き技を中止し、刃を返しました。


「不知火流奥義

 【赤い影法師】!」


 イオリは返した刀をそのまま振りあげました。

 アレクセイの唐竹割り、イオリの袈裟()()()()がそれぞれ青い光と赤い光を放ちます。

 光は至近距離で激突しました。

 太陽が爆発したような光が炸裂し、おそるべき爆風が二人の剣士を襲います。


「う!」


「あ!」


 アレクセイとイオリはともにうめき声をあげ、吹っ飛びました。

 

「クソ!」


 アレクセイは起きあがるとすぐ自分の体をチェックしました。


(どこもケガしてない。イオリは?)


「おお」


 アレクセイは再びうめきました。

 グラウンドに天の柱のように巨大な竜巻が立っているのです!


(『不知火流奥義と奥義がぶつかったら竜巻が発生する』アントンがいった通りだ)


 またもや会心の笑みを浮かべるアレクセイの頬を、風に舞う砂塵がピシピシ打ちます。


(イオリはまだ竜巻の中だ)


「まあ」


 貴賓席のアグネス妃は、とっさに扇で口もとを覆いました。


「アレクセイ殿が消えたわ」


「アレクセイは竜巻の中です」


 マリアはクールな表情を変えません。


(自ら竜巻に飛び込んだのは勝算があるのですね? アレクセイ)


 その通りです。

 大陸最強と評される女剣士の一番弟子は、これ以上ない勝算がありました。





 竜巻の中心にイオリはいました。

 風に吹き飛ばされまいと姿勢を低くしています。

 そのイオリを、アレクセイはしっかり目を見開いて見つめました。


(フフ、視界を守る庇護魔法のおかげで竜巻の中でもよく見える)


 今アレクセイの目は魔法の力で守られています。

 これは海に潜る漁師や馬に乗る騎士によく使われる魔法で、魔力が薄い皮膜となり、水や風や砂埃から人間の目を守ってくれるのです。 


(イオリ、なぜぼくが必殺技を次々駆使したと思う? きみの体力を殺ぐためだ。そして体力を殺いだ上で、きみに不知火流奥義を使わせたかったからだ。ぼくは知ってるよ。奥義を使ったあと、きみの左目が見えなくなることを)


「イオリは不知火流奥義を使うと、しばらくの間左目が見えなくなる」


 鷲の足首に結わえられた、何者かがしたためた手紙の文面を思い出し、アレクセイはニヤリと笑いました。


(不知火丸って残酷な刀だね。持ち主の寿命を削り、一時的とはいえ視力を奪う。でも命と視力を天秤にかけたらまちがいなく命が重い。これがどういうことかわかるかい? イオリ。ぼくの覚悟がきみの覚悟より大きいってことさ。つまり)


「ぼくのほうが不知火丸の持ち主によりふさわしいってことだよ」


 アレクセイの声はイオリに聞こえません。

 イオリは成すすべなく、竜巻がやむのを待っています。

 アレクセイは立ち合いで見せた、足音を殺した忍び足で接近しました。

 イオリの死角である左側から。

 今イオリの左目は、海のように青く染まっています。

 やがてアレクセイは刀が届く距離まで接近しました。

 イオリはいまだ前を向いたままです。

 アレクセイは不知火丸の刃を上にして、顔の間近で構えました。

 手を交差させて柄を持ち、逆さにした刃をまっすぐ突き出します。

 ドストエフスキー戦で見せた(かすみ)の構えです。


(イオリ、きみは知っているだろう? この世に善悪はない。強者と弱者もいない。勝者と敗者がいるだけだ。今日の敗者はきみだ、イオリ)


 アレクセイは霞の構えから水平斬りを放ちました。

 マリア直伝の斬首剣【花と蛇】です。

 荒れ狂う暴風を斬り裂き、不知火丸がイオリの首に急接近します。 

 そのとき


(聞こえる)


 イオリは耳を澄ませました。

 リー……と自分の不知火丸が、涼しげな音を立てています。

 イオリは瞬時に理解しました。


(不知火丸が不知火丸に共鳴している)


 イオリは自分の右手にある不知火丸が放つ音の波紋を、耳で辿りました。

 すると()()()()()

 アレクセイが放った不知火丸の軌跡が、盲目のはずの左目にはっきりと。

 イオリはとっさに膝を折りました。


「おお!」


 アレクセイは思わず驚きの声をあげました。

 荒れ狂う暴風の中、アレクセイの水平斬りとイオリの抜き胴が交差します。

 すぐにどちらかの体から流れた血しぶきが、風に飛び散りました……


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