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第67話 暗黒神話

 ドストエフスキーの弟子たちはグラウンドで師の遺体を囲み、悲嘆にくれました。


「先生」


「どうしてこんなことに」


「ぼくの不知火流奥義【あゝ無情】は離れた場所にいる相手を斬る技だ」


 さわやかに笑うアレクセイの背後で、ドストエフスキーの遺体が皮のシートに包まれます。


「剣先から出る青い光が軌道上にあるものをすべて斬る。きみはとっくにわかってると思うけど」


 クロウ(死体処理人)の手で運ばれる遺体を眺めながら、イオリはアレクセイに質問しました。


「不知火丸をどこで手に入れた? おれは死んだ幼なじみの形見を勝手にもらった」


「革命のときぼくの父を守って城から一緒に脱出したアントンという従者がいてね。彼が不知火丸を持っていた。彼の家に代々伝わったものなんだ。アントンは一見優男だけど剣の達人でね、彼が死ぬときぼくに『殿下これを』とくれたんだ」


「なるほど」


「きみの不知火流奥義は【赤い影法師】だね? 王都の闘技場できみが赤い光でアサシンや冒険者を三人まとめて斬るのを見たよ」


「あれを見たのか。ところであなたの体に奥義を使ったダメージは……」


「なんだい?」


「いや、なんでもない」


 イオリは不知火流奥義を使うと半日ほど左目が青くなり、その間視力を失います。

 それに対し、アレクセイは奥義を使ってもとくに身体にダメージはないようです。


(アレクセイのほうがおれより不知火丸と相性がいいってことか?)


 とイオリが疑問に思っていると、アレクセイが妙なことをいい出しました。


「ぼくからきみにアドバイスしたいことがある。棄権したらどうだい? きみはプロの用心棒、ブルック王子とはビジネスライクな関係で、王子に命を預ける義理はない。こんなところで死んだらつまらない。もう手を引いたらどうだい?」


「あなたこそ復讐が成ったんだから棄権したらどうだ?」


「ぼくの復讐はまだ全然終わってない」


 アレクセイの目が、一瞬鋭くなります。


「故郷に帰って革命派の連中を皆殺しにする。それに革命派に扇動された愚民どもも殺す。連中を全員殺してぼくの復讐はやっと完成する。優勝賞金はそのための軍資金さ」


「いったい何人殺すつもりだ?」


「少なくとも三千万」


「それは虐殺(ジェノサイド)だ」


「復讐を誓ったとき人道主義は捨てた。夢と道徳は両立しないものなのさ。ところできみの返事がまだだ。棄権する気はある?」


「ない。おれの復讐もまだ全然終わってない」


「きみの復讐の相手は?」


「おれの幼なじみを殺したやつ」


「それはだれだい?」


 イオリは一瞬返事をためらいました。


「……あなたの先生だ」


 イオリの返事を聞いて、さすがのアレクセイも顔色が変わりました。


「それはなにかのまちがいだ、といいたいところだが今は議論している時間はない。マリア先生はぼくの師であり、姉であり、母だ。ぼくはマリア先生を絶対守る。イオリ、きみはたった今からぼくの宿敵だ」


 アレクセイは足早にその場から去りました。

 アレクセイとすれちがうとき、イオリの不知火丸が鞘の内側でかすかにリー……と鈴のような音を立てました。

 アレクセイの不知火丸に、イオリの不知火丸が共鳴しているのです。





「アレクセイ」


 闘技場の観客席の下にある薄暗い通路で、マリアは弟子を待っていました。


「先生やりました!」


 子犬のように駆けよる弟子の頬をマリアは撫でました。


「おめでとう。遂に悲願が叶いましたね。体の具合はどうですか?」


「いたって快調です」


「それはよかった。でももう不知火流奥義を使ってはいけませんよ」


「先生?」


「アレクセイ、あなたに刀を託した従者アントンがいったのでしょう? 

 『奥義【あゝ無情】を一回使うたび寿命が一年縮む』と。

 あなたの寿命は今日すでに一年分縮んでいます。これ以上命を削ってはいけません」


「……ごめんなさい先生。今日あと一回だけ奥義を使います」


「アレクセイ」


「イオリはドストエフスキー以上の強敵です。さっき彼女と間近に対面してそれを実感しました。奥義を使わなければ勝てません。それに……」


 あなたを守るためです、という言葉を、アレクセイは飲み込みました。





「よしっと」


 準々決勝の試合がすべて終了すると、フリオは腰をあげました。


「フリオさんどちらへ?」


「トイレです。準決勝が始まる前にすっきりしとこうと思って」


「わたしも行きます」


 ルー老人も腰をあげ、二人は連れだってスタンド下に設けられたトイレに向かいました。


「ふーさっぱりした」


 トイレを終えたフリオは薄暗い通路で老人が出てくるのを待っていました。


「遅いな。ま、お年寄りだからしかたないか」


 フリオは苦笑すると、上着のポケットからメモ帳を取り出しました。

 イオリと男装の女盗賊アンナが交差する寸前の攻防をスケッチします。

 夢中で鉛筆を走らせるフリオは気づきませんでした。

 いつの間にかトイレから出てきたルーが音もなく、自分の背後に立っていることに。


「……」


 ルーは無言で短刀(ダガー)をかざし、振りおろしました。


「う!」


「え? ルーさん!」


 背後でうめき声が聞こえたので振り向いたフリオは仰天しました。

 なんとルー老人がダガーで自分の胸を刺したのです!


「ルーさんどうしたんです!?」


「まいった。フリオさん、あなたに魔法がかけられていると気づかなかった。これは殺意を持つ者があなたを攻撃したら、その攻撃が自分に返ってくる反射魔法ですね?」


「そうです。【蜘蛛の糸】という魔法です。でもルーさんはなぜぼくを攻撃しようと……う!」


 フリオは小声でうめくとパタリ、とうつ伏せになってルーに寄りかかりました。


「クワーッ」


 一羽の鷲がフリオの背中から飛び降ります。

 この鷲が、フリオの首筋をうしろからツン、と鋭く一突きしたのです


「やれやれきみのおかげで助かった」


 ルー老人、いや稀代の殺し屋コンスタンチンは、フリオを乗せたまま鷲に語りかけました。

 鷲はかつて荒野で毛布にくるまったコンスタンチンをツンツン突いた、あの鷲です。


「わたしが倒れたら、わたしのもっともそばにいる者の首の急所を一突きするよう鷲を手懐けた。鷲の行為は単なる条件反射で殺意はないから魔法を突破できた。さて、鷲くん。フリオくんは死んだ。わたしも死ぬ。少し待っていてくれ」


 そんな奇妙な台詞をいうとコンスタンチンはゴボッと血を吐き、本当に息を引き取りました。

 死んだコンスタンチンの肉体は、たちまち白い灰になりました。

 鷲は広げた羽根をバサバサ振って灰をあおりました。

 鷲が起こした風に乗り、白い灰は薄暮に溶けるように消えました。


「やれやれ」


 すると死んだはずのフリオがヌーッと立ちあがったのです!


「転移魔法【暗黒神話】。殺した人間の肉体に精神だけ憑依する魔法だ」


 フリオ、いやコンスタンチンはブツブツつぶやきながら自分の首筋を撫でました。


「傷も消えてる。さて、最後の大仕事だ」


 コンスタンチンは鷲の足首になにやら手紙を巻きつけながらいいました。


「アレクセイ殿下との試合が始まる前に、イオリを殺す」


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