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第64話 レイピアの使い手

 一回戦が終わると剣士たちは控室に戻って剣と体のメンテナンスを受けました。

 イオリの傷は、会場付き魔法使いの治癒魔法であっという間に治りました。

 イオリの体に手をかざし、魔法を施したのは黒いローブを着た若い女の魔法使いです。


(いい腕だ。顔の傷が完全に消えた)


 ヘミングウェイの短剣(ダガー)に撫でられてできた傷は、もはやあとかたもありません。

 鏡を見ながらイオリが感心していると昼食の時間になりました。

 剣士の個性は食事の仕方にもあらわれます。

 イオリは果物とジュースで昼食をすませるとすぐ本を読みました。

 読んだのはいつも肌身離さず持ち歩いているジョゼの小説『フューチャーメイカー物語』です。

 もう何度も読んだ本ですが、読んでいると落ち着くのです。

 ジェイムズとドストエフスキーは用意された肉や魚をもりもり頬張っています。

 アレクセイはチーズとパンの簡単な食事のあと、仲間と一緒に優雅なティータイムを楽しみました。


「おおイオリ殿、顔の傷が消えたのお。よかったよかった」


 イオリを見たドストエフスキーが喜んでいると、グラウンドでボォオンと銅鑼が打ち鳴らされました。

 二回戦の始まりです。





 二回戦が始まると、有力選手はいよいよ本領を発揮しました。

 ジェイムズは相手の小指を斬り落としました。

 アレクセイは一太刀で相手の利き腕を斬り落とします。

 ドストエフスキーは再び相手の剣を折りました。


「先生!」


「お見事です!」


 スタンドにつめかけた数百人の弟子に、ドストエフスキーは悠然と手を振りました。

 そしてBブロックの最後にイオリが登場しました。

 相手は眼鏡をかけたタイタン公国の剣士クリス・ゴードンです。


「クリスさま!」


「しっかり!」


 赤い髪をポニーテールに束ね、口髭を生やしたゴードンは身長百九十センチの偉丈夫で、そしてなかなかのハンサムです。

 女性人気も高く、黄色い歓声の大きさはアレクセイに並ぶほどです。

 笑顔で手を振るゴードンの両耳にある青いピアスが、日差しに光ります。

 イオリはゴードンの得物に注目しました。

 白いシャツを着たゴードンが手にしているのは、主に突き刺すのに使う細身の片手剣です。


(レイピアか。珍しいな)


 イオリは改めて対戦相手を見つめました。


(……おれの対戦相手はみんな変わってるな。さっきのヘミングウェイと対照的にゴードンは物語が前面に出ている。

 それも妙な『化粧』を施した物語が)


「レイピアはよく貴族の決闘に使われる剣です。ゴードンは初戦このレイピアを使い、巧みな剣さばきで対戦相手を試合放棄に追いこみました。さあ北のハンサムボーイと南のハンサムウーマンの対決です!」


 ジミー・バッファーのあおりに続いて審判が試合開始を告げます。


「始めえ!」


 銅鑼がボォオンと打ち鳴らされ、その音がやまないうちに、ゴードンは半身の姿勢で鋭く踏み込んできました。


(速い)


 イオリはとっさに硬直しました。

 まだ遠いと思ったのに、ゴードンが鋭い踏み込みと長いリーチで一気に距離をつぶしてきたのです。


慈悲(ミゼリコルド)


 技名をつぶやき、ゴードンの剣先がイオリの眉間に急接近します。


(受けたらだめだ)


 イオリは一瞬で決断しました。


「打突剣【明暗】」


 イオリも突き技をカウンターで返しました。

 しかも今まで披露したことのない片手突きです。

 初段・二段・三段と加速する突きがレイピアと交差すると見えた瞬間


「危ない!」


 ゴードンは巨体に似つかわしくない敏捷さでうしろに大きく飛びさがりました。


「危ない危ないおそろしい突きだ。死ぬところだったケロ」


(ケロ?)


 着地したゴードンの顔から、そのとき眼鏡と髭が落ちました。

 余計な装飾が消えてあらわれたのは、二十歳前後の女性の顔です。

 会場を警護する治安警護人が女性を指さし叫びます。


「おい見ろ!」


「あいつ女盗賊のアンナ・レンブラントだ!」


「お尋ね者だ!」


「人相書きに『いつも青いピアスをしている』って書いてあるぞ!」


「優勝賞金が欲しかったのですが、イオリさん、あなたのような化け物がいたら無理ですケロ」


 クリス・ゴードン、いやアンナの口調はタイタン訛りがありました。

 タイタンでは語尾に「ケロ」をつけると敬語になるのです。


「試合は中止だ! この女狐!」


 刺股を持った警護人が十数人、試合場にかけつけます。


「わたしこれで失礼します。イオリさんごきげんようケロ」


 アンナは腰にレイピアをさすと走り出しました。

 出口ではなくグラウンドの中央に向かって走り出したのです。

 警護人がニワトリを追い込むように、四方から彼女を囲んで追い詰めます。


(これは捕まる)


 とイオリが思ったときでした。

 グラウンドに突如大きな影が落ちました。


「な、なんだ!」


「鳥だ!」


 警護人が悲鳴をあげている間に、グラウンドからアンナ・レンブラントの姿は消えました。


「どこへ行った!?」


「イオリさ~ん」


 声は空から降ってきました。

 アンナ・レンブラントが上空でハンググライダーを操縦しています。


(魔法でハンググライダーを呼び寄せたのか?)


「イオリさ~ん、また会いましょうケロ」


 イオリは目を細めて青空を見あげました。

 空から手を振り、いずこかへ飛び去る女盗賊のさらに上空を、一羽の鷲が悠然と飛んでいるのが見えました。





「やれやれ、イオリ殿の相手なかなかのくせ者じゃったのお」


 イオリの勝利を見届けたドストエフスキーが、ホッとして声をかけます。


「さて、わしの三回戦の相手は……」


 ドストエフスキーはふいに言葉を切ると、周囲を見渡しました。

 視線を感じたのです。

 すると黒い僧服を着た若者が、じっとドストエフスキーを見つめているのにイオリは気づきました。


「あいつが次の?」


「そうじゃよ。わしの次の相手はアレクセイ・ネクラーソフじゃ」


 かつてドストエフスキーは自分の親友と憧れの女性を殺したアレクサンドル・ネクラーソフ皇帝を革命に乗じて殺しました。

 そして今アレクサンドル皇帝の孫アレクセイが、祖父の仇を討ち、ネクラーソフ家復興の悲願を果たそうと、宿敵ドストエフスキーの前にあらわれたのです。

 八十年におよぶ復讐の連鎖が、遂に閉じるときがきました。


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