第63話 日はまた昇る
いよいよBブロック最後の試合になりました。
イベントアナウンサーのジミー・バッファーが観客に二人の剣士を紹介します。
「東から登場するのは地下試合で二百戦無敗のキャリアを誇る『野の剣豪』ビヨルン・ヘミングウェイ、西から登場はブルック殿下の護衛を務める剣士イオリです」
イオリの端正な顔立ちにスタンドの女性客が溜息をもらします。
「イオリが着ている黒皮のツナギは、彼女が殺した竜の皮でできています。さあアンダーグラウンドの王者とドラゴン殺しの一戦、これも見逃せない勝負です!」
二人を見た観客がさっそく品定めを始めます。
「あれが未知の強豪ヘミングウェイか」
「今日の剣士でいちばんでかくね?」
「イオリってまじで女なんだな」
「おい、あのドラゴン殺し、すごい別嬪じゃねえか?」
「抱きてえ、いや、抱かれてえ」
向き合ったヘミングウェイが両手に二剣を携えているのを見て、イオリは一瞬虚を突かれた気分になりました。
(二刀流か!)
「イオリの得物は東方の武器カタナです。名前は不知火丸。ヘミングウェイは半曲剣のサーベルと短剣の二刀流です」
(枯れた風を装ってるけど、この人相当腕っぷし強いぞ)
ここにきてやっと相手の戦闘スタイルがわかりました。
しかしイオリはこれから戦うヘミングウェイの人間像がつかめず、ひそかにとまどいました。
(あらゆる剣士は『物語』を背負ってる。家族のため、惚れた女のため、復讐のため、あるいはその復讐に応えるため。その剣士を一目見たら、そいつが背負った物語が影絵のように透けて見える。でもヘミングウェイは物語が全然見えない。大体ギャングが運営する地下試合に二百試合も出るってどういうことだ? 金や名声が欲しければもっと人気があって国のバックアップもある公式戦に出たほうが絶対いい。それにいい年してタイタンの義勇兵になった理由もわからない。年取って愛国心に目覚めたわけでもなさそうだし……やっぱドストエフスキー先生がいったように『戦うことに淫している』タイプなのか? そうかもしれない。でも)
「それだけじゃない」
ヘミングウェイの背後に、黒い陽炎となって立ち昇る物語をイオリは幻視しました。
残念ながら物語の中身は見えません。
ただそれが不吉なものであることだけは、イオリにもわかりました。
そのころ貴賓席でブルックも気を揉んでいました。
「イオリ、負けるなよ」
「殿下ご心配には及びません。あなたの剣士があんなお爺さんに負けるはずありませんもの」
アグネス妃が熱っぽく語ります。
「両刀使い」のうわさがある妃はどうやらイオリが気に入ったようです。
「ねえマリアさん?」
「はい。ヘミングウェイの実力はまったく未知数ですが、イオリさんは剣の天才です。よもや後れを取るとは思えません」
現在大陸最強と定評のあるマリアの発言に、ブルックはちょっとだけ安堵しました。
「クロ、きみはどう思う?」
「今夜はイオリと舌平目のムニエルを食べる約束してるニャ。だからイオリが勝つニャ」
「イオリさん!」
そのとき南側のスタンドからなじみの声が聞こえました。
「がんばって!」
ちぎれんばかりに手を振るフリオの横で、小柄な老人もニコニコ笑っています。
「あれはきみの相棒かね?」
笑顔でフリオに手を振り返すイオリに、ヘミングウェイが声をかけます。
「ではわたしも相棒を紹介しておこう。こっちのサーベルがリタ、こっちのダガーがジェーンだ」
「あなたの剣は女なのか?」
「もちろん。血を流すからね」
そういってヘミングウェイが笑った瞬間、イオリはこの初老の剣士の物語を、はっきり読み取りました。
(この男は戦うことが好きなんじゃない。勝つこと、いや
殺すことが好きなんだ)
「では、始めぃ!」
審判の掛け声に続いてボォオンと銅鑼が打ち鳴らされ、試合が始まりました。
イオリが正眼(中段)に構えます。
対するヘミングウェイは左手のダガーを正面から突きつけ、右手のサーベルを高々とかざしました。
ヘミングウェイの重厚な構えにイオリはたじろぎました。
(隙がない)
と、そのときヘミングウェイが動きました。
イオリの黒髪が風で揺れます。
頭上からサーベルが降ってきました。
(いつ間合いに入られた?)
巨体に似合わぬヘミングウェイの忍び足にとまどいながら、イオリは不知火丸でサーベルを受けました。
「危ない!」
ブルックが悲鳴をあげます。
サーベルを受けたイオリの顔面に、ヘミングウェイが左手のダガーを突き出したのです。
(速い)
イオリはとっさに首を振りました。
間一髪! ダガーは頬をかすめました。
以前ボクサーから教わった防御技術スリッピングアウェーがイオリの命を救いました。
致命傷は逃れましたが、イオリの頬に一条血の筋が走ります。
ヘミングウェイの攻撃は止まりません。
サーベルを大胆に振り、イオリが受けるとダガーで突く。
シンプルですが攻撃に切れ目がなく、攻めあぐねたイオリは逆に体のあちこちに小さな傷を負いました。さらに
「お!」
イオリの動きが一瞬止まります。
ヘミングウェイが右手のサーベルと左手のダガーをすばやく持ち替えたのです。
(爺さん両手利きか!)
ダガーの突きが高速で飛んできます。
イオリは再びスリッピングアウェーでかわしました。
またしてもダガーが頬を舐めます。すると
(消えた)
イオリの視界から突然ヘミングウェイの巨体が消えました!
「飛べ!」
一瞬棒立ちになったイオリの耳をブルックの声が鞭打ちます。
イオリはなにも見ずに跳躍しました。
飛び立った瞬間おそろしい旋風が足もとを薙ぎます。
跳躍しながらイオリは見ました。
ヘミングウェイが巨体を沈め、イオリの足をサーベルで薙ぎ払おうとする姿を。
(コンマ一秒飛ぶのが遅れたら、おれは足を失ってた)
イオリはゾッとしながら空中で一回転し、ヘミングウェイを飛び越えました。
着地してすぐイオリは不知火丸を腰だめに構えました。
(ヘミングウェイの間合いの外に出た。やるなら今だ!)
「居合かね? おもしろい」
ヘミングウェイはにやりと笑うと大きな声で宣言しました。
「ではわたしも最速の技を披露しよう。二刀流兵法【武器よさらば】!」
イオリの頬の傷を風が叩きます。
ヘミングウェイがいきなりダガーを投げつけたのです!
(バカな)
イオリは飛んでくるダガーを刀で打ち落としました。
「そうら間合いに入ったぞお!」
大胆に歩み寄ったヘミングウェイが、イオリの頭上にサーベルを振りおろします。
イオリも不知火丸を振るいました。
「居合術【風神の門】!」
イオリはヘミングウェイの胴を払いました。
刀とサーベルが激突することなくすれちがいます。
真夏の日差しが唐竹割りと抜き胴の光跡をくっきり描き、その直後、グラウンドに大量の血がザッ! と夕立のように降り注ぎました。
「見事だ」
胸から血を流し、ヘミングウェイは地面にあお向けに倒れました。
自分を称える野の剣豪にイオリは
「あなたを斬って悪かった」
と声をかけました。
「構わんよ。日はまた昇る。またチャレンジするさ」
それがアンダーグラウンドの王者がいった最期の言葉になりました。
ヘミングウェイは目をあけたまま息を引き取り、イオリは彼の胸に相棒のサーベルとダガーを抱かせると、その場をあとにしました。




