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第62話 剣士たちの群像

 Aブロックの試合がすべて終わり、続いてBブロックが始まりました。

 最初に西側ゲートから登場したのはアレクセイ・ネクラーソフです。

 アレクセイがあらわれると、グラウンドを黒い影が横切りました。

 さっきの鷲が、また上空を飛んでいます。

 ロングコートっぽい黒い立襟の僧服を着たアレクセイは、身長百八十センチのスマートな体躯の少年です。

 短めの赤い髪と、胸にさしたガラスのブローチが、夏の日差しにキラキラ光ります。

 それまで見てきた荒くれ者どもとまるでちがう、高貴なオーラを放つ美貌の少年剣士に女性たちは夢中になりました。


「かわいい」


「がんばって」


 東からあらわれた対戦相手のイワン・ラスプーチンは、アレクセイと対照的な巨漢です。

 身長は百九十センチあるでしょう。

 髭を生やした風貌は老成していますが、これでまだ二十代の若者なのです。


「アレクセイとラスプーチンの得物はともにノーマルなバスタードソードです」


 ジミー・バッファーの場内アナウンスが観客を盛りあげます。


「アレクセイ・ネクラーソフがネクラーソフ皇帝の孫なのはみなさんよくご存知でしょう? 対するラスプーチンのキャリアは一切不明です。

 東方のプリンスと謎の剣士の一騎打ち、これは見ものです!」


「用意はいいか? では、始め!」


 審判の合図でボォオンと銅鑼が打ち鳴らされ、試合が始まりました。

 西のアレクセイが正眼(中段)、東のラスプーチンが上段に構えて向き合います。

 二人はしばらくの間動きません。しかし


「死んだ父から昔話を聞いた」


 アレクセイがふいに口を開きました。

 若々しい声が、涼風のように人々の耳を撫でます。


「アレクサンドル皇帝がカラミル帝国を治めた時代の末期、一人の怪僧が帝都にあらわれた。怪僧は姫の病気を治療して王室に取り入り、いかがわしい性技でおおぜいの女官を骨抜きにした。不細工だけど怪僧はセックスがすごく上手なんだ(笑)。王室の風紀は大いに乱れ、くだらない余興に湯水のように税金を注ぎ込むようになり、人々の恨みを買った。また怪僧はひそかに路上で演説し、愚かな民衆を扇動して革命の機運を高めた。秘密警察が殺害を決めたとき、怪僧はいずこかへ消え二度とあらわれなかった。彼が消えるのと同時に革命が起きカラミルは滅びた。父は酒を飲むたび、あの怪僧が革命の一因とよく嘆いた。怪僧の名をラスプーチンという。きみ、ひょっとしてラスプーチンの親戚?」


「いや、本人だ」


 そのとき観客席から悲鳴があがりました。

 ラスプーチンがいつの間にか、自分の剣が相手に届く間合いに入っていたのです。


「ムッ」


 怪僧は気合いとともに剣を振りおろしました。

 袈裟斬りです。

 アレクセイもまったく同じフォームで袈裟斬りを放ちました。

 眼にも止まらぬ速さでバスタードソードが交差し、二人の剣士の体が同時に沈みます。


「ゴフッ」


 ラスプーチンは胸から血を噴き出し、地面に両膝つきました。





「革命があったのが五十年前。そのときラスプーチンは二十代で、今のきみも二十代だ」


 両膝ついたまま動かないラスプーチンに、アレクセイは剣を突きつけました。


「きみはいったい、何者だ?」


「わたしは、ネクラーソフ家に、仇成す者」


 血を吐きながら、怪僧は不敵に笑いました。


「七度死んでも、八度甦り、ネクラーソフの人間を、殺す」


「いいや革命は永久に失敗に終わり王政が復古する。死ぬのはきみだ」


 アレクセイの一閃で、ラスプーチンの首は宙を舞いました。

 観客の絶叫が轟きます。


「……」


 首が地面に落ちるまでの短い間、アレクセイは自分の試合を待つドストエフスキーを見つめ、貴賓席のマリアは愛弟子の勝利を祝い、大喜びで手を叩きました。

 さらに


「やったやった」


 自分のとなりで目に涙を浮かべて手を叩く老人を見て、フリオは思いました。


(なんだ、ルーさん贔屓の剣士はいないっていってたけどちゃんといるじゃん)


「殿下、おめでとうございます」


 観客に手を振る赤髪の貴公子を殿下と呼び、ルー老人は皺だらけの小さな手で熱烈な拍手を送り続けました。





 いつものように立て襟の白い僧服を着たドストエフスキーが登場すると、観客はこの日いちばん盛りあがりました。


「大陸史上最強の剣士!」


「七十年ぶりの真剣勝負だあ!」


「この目で伝説を見れるぞ!」


 ドストエフスキーの相手は頭にターバンを巻いて白いシャツとズボンを着た砂漠の剣士ナジームです。

 ナジームは細身の湾曲刀シャムシールを手にしました。

 シャムシールは片刃の剣で、刀身が優美なカーブを描いています。

 甲冑を一撃で粉砕するドストエフスキーの愛剣【鋼鉄(スターリ)】との対比で、シャムシールの繊細な美しさがより際立ちます。


「用意はよろしいか? では、始め」


 ボォオンと銅鑼が鳴り、試合が始まりました。

 ナジームは舞うような足さばきを見せると、唐突に剣を振りおろしました。

 ドストエフスキーが軽く受けます。


(斬撃のタイミングが大陸の剣士とちがう)


 間近で試合を見ながら、イオリは不安を覚えました。


(妙なタイミングで斬ってくる。先生気をつけて)


 ナジームはやはり舞うように動きながら、二撃、三撃、四撃と攻撃の手をゆるめません。

 ドストエフスキーは防戦一方です。

 最初は盛りあがっていた観客も、急速に静まりました。


「老先生、全然手が出ねえな?」


「やっぱ年か?」


 そんな声がちらほら聞こえ始めたころ、ナジームは華麗に旋回しながら老剣豪の首をねらってピュッと水平斬りを放ちました。

 意表を突くタイミングに観客は声を失い、ナジームは会心の笑みを浮かべました。


(とった!)


「ふむ」


 そのときドストエフスキーが動きました。


「だいたいわかった」


 ドストエフスキーはゆっくり動きましたが、振りおろしたスターリの速さは稲妻並です。

 金属と金属が激突する耳ざわりな音がして、次の瞬間、ナジームの美麗な剣は地面に突き刺さっていました。

 ドストエフスキーの一撃で折れたのです。

 観客は熱狂しました。


「出た!」


「ドストエフスキー伝説の斬剣戟(ざんけんげき)【罪と罰】!」


「相手の剣を折る必殺技だ!」


「なるほどね」


 やはり間近で試合を見ていたジェイムズがつぶやきます。


「剣聖と立ち会う身の程知らずの【罪】を犯した者は、愛剣を折られる【罰】を受ける、か」


「得物は折れた。もうやめなさい」


 諭すように声をかけるとドストエフスキーは背を向けました。

 屈辱で頬を真っ赤に染めたナジームの心に、アーヤの美貌が浮かびます。


「クソ!」


 立ち尽くしていたナジームは、いきなり跳躍しました。


「おお!」


 空中でターバンに指を突っ込み、ナジームはそこから長い針を引き抜きました。


「暗器!」


「毒針だ!」


 ジェイムズとイオリの声が交差します。

 背中を向けたままのドストエフスキーに、ナジームは空中から針を向けました。


(ゾウを殺す毒を首に刺す)


「死ねえ!」


「ふむ」


 眠そうな顔で頭上の脅威を見つめる老剣豪に、砂漠の剣士は日差しに輝く毒針を振りかざしました。しかし


「あ」


 観客が呆然とつぶやきます。


「なんで?」


 勢いよく突き刺そうとした毒針を、ナジームはポトリ、と落としてしまったのです。


「わしの斬剣戟は遅効性での。手がしびれてしばらく得物が持てぬようになる。すまぬの」


「……参った」


 震えが止まらない自分の手を見てナジームはがっくりとひざまずき、アナウンサーのジミーは興奮気味に老剣豪の勝利を称えました。


「決着がつきました! ナジームの試合放棄によりヴィクトル・ドストエフスキーの勝利です。ドストエフスキーの公式戦での勝利は実に七十年ぶりです!」


「イオリ殿」


 大勢の弟子に囲まれた老剣豪は汗もかかず、でもちょっと誇らしげな顔でイオリに尋ねました。


「年寄りの戦いぶりはどうじゃったかのう?」


「お見事です。優勝は先生で決まりです」


 おれもアレクセイもジェイムズも先生の敵ではない、とイオリは本気で思いました。


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