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第59話 港町【怠惰】

 今日は旅が始まって十五日目です。

 早朝ドストエフスキーの家を辞したブルック一行は、昼過ぎ徒歩で宿場町【怠惰】に着きました。

 町に着いてすぐクロが鼻をクンクンさせます。


「潮の匂いがするニャ」


 怠惰は港町です。

 ブルック一行がさっそく港へ向かうと、あすの大会デュエルカップを目当てにやってきた観光客で港は大にぎわいです。

 海外からわざわざ船でやってきた人もたくさんいます。

 ブルックは海に目を向けましたが、残念ながらあまり海は見えません。

 大型船や小型船がすきまなくびっしり停泊しているのです。

 

「あれは北のタイタン公国からきた客だ。訛りでわかる」


 イオリが指さす方向にブルックは耳を澄ませました。


「ごめんなさいケロ。安眠亭って旅館の場所を教えてほしいケロ?」


「語尾に『ケロ』をつけるとタイタンでは敬語になる。それからあっちはシップランド」


「吾輩はボンド。名はクラーク。すなわちクラーク・ボンドと申す者。以後お見知りおきいただきたい」


「シップランドの連中は時代劇みたいに言葉遣いが古臭いんだ」


「おもしろいな。おっと、あれが闘技場だ」


 ブルックは円形の巨大な建物に目を向けました。

 あれがあすのデュエルカップの舞台となる闘技場です。そのとき


「王子さま!」


 赤い帽子をかぶったやせた少年が、ブルックに声をかけました。

 少年を見たブルックは、すぐ親しげな笑みを浮かべました。


「やあフリオ」


「え?」


 自分から声をかけながら、フリオは一瞬とまどいました。


「ぼくのこと、覚えてらっしゃるんですか?」


「もちろん。きみに大事な仕事を頼んだからね」


 人の顔と名前を覚えるのは王族の重要な務めです。

 それにフリオはこの旅の重要なキーパーソンでもあります。

 ブルックは自分たちのパーティより先にフリオを街道へ派遣し、宿場町のならず者どもに「我々の旅の邪魔をするな」とフリオに託したメッセージを見せたのです。


「宿場町のすべてのならず者に王子さまのメッセージを見せました。ヴィデ!」


 呪文を唱えるとフリオの目から虚空に光が放たれ、そこに映像が映し出されました。

 王都の勝利広場に、百人のならず者の死体が横たわっています。

 イオリの不知火流奥義で、百人まとめて一刀両断にされた死体です。


「これを見せたらならず者はみんな震えあがりました。ディスペル!」


 解呪の呪文で映像は消えました。


「一応ぼくの役目はここ怠惰の港町までとなっていますが……」


「そうだね。きみの仕事はここまでだ」


 街道はこの先から山岳地帯に入ります。

 山岳地帯はカミの領域で、不埒なならず者がつけ入る隙はありません。


「ぼくはお役に立てたでしょうか?」


「もちろんだよ。お勤めご苦労さま」


「ありがとうございます。今日は余った経費を返しにきました」


 フリオが金貨や銀貨が入った巾着袋を差し出すと、ブルックは首を振りました。


「余った経費はきみの報酬だ」


「でも……」


「もらっとけよ」


「もらうニャ」


 イオリとクロにうながされ、しぶしぶ手を引っ込めるフリオにブルックは質問しました。


「きみはずっとこの町にいるの?」


「はい。王都よりこっちのほうが性に合ってます。イオリさんクロさんおひさしぶりです!」


「ひさしぶりニャ。わたしの魔法【蜘蛛の糸】はまだ効いてる?」


「はい! ぼくに斬りかかってきた連中が全員自分の手や足を斬るから大助かりです」


 蜘蛛の糸は自分の攻撃がそのまま自分に帰ってくる反射魔法です。


「それはよかったニャ」


「イオリさんはあしたのデュエルカップに出るんですか?」


「出るよ。フリオはまだ漫画描いてるんだな?」


「はい! イオリさん、ぼくが漫画描いてること、覚えていてくれたんですね」


 フリオの顔に強い感動が浮かびます。


「覚えてるよ」


 イオリの脳裏に、宿場町永遠で小説を書いていた少女ジョゼの笑顔が、チラッと浮かびます。


「漫画描きあげたら見せてくれ」


「はい必ずお見せします! それで、実はイオリさんにお願いがあるんです」


 フリオは急に居ずまいを正しました。


「ぼく今新作のアクション漫画を描いてるんですが、そのタイトルが……」


「なんだい?」


「『アガルタのイオリ』っていうんです」


「アガルタの?」


 フリオの意外な発言にイオリはとっさに頬を赤らめ、ブルックとクロは「お?」と顔を見合わせました。


「それって、もしかしておれが主人公?」


「はい! あくまでイオリさんはモデルですけどこの漫画、続きを描いてもいいですか?」


「もちろん。でもおれのこと、かっこよく描いてくれよな」


「はい!」


 フリオはホッとして満面に笑みを浮かべました。


「まかせてください。あしたは闘技場に応援に行きます!」


「ブルック殿下でいらっしゃいますか?」


 今度声をかけてきたのはスーツを着た中年男性です。


「わたくしデュエルカップ実行委員のボブ・キングと申します。宿へご案内します」


「おお、ではフリオ、あした闘技場で会おう」


 ブルックはフリオに手を振り、イオリとクロとともに宿へ向かいました。





 案内された高級旅館で豪勢な夕食を楽しみ、入浴も済ませるとブルック一行は部屋へ引きあげました。

 ブルックとクロはいつもと同じ白いTシャツに短パンの部屋着に着替えます。

 イオリはおへそが見える裾が短いタンクトップと、下着みたいに細いショートパンツに着替えました。

 色はどちらも黒です。

 豊かな乳房の谷間をさらし、気持ちよさそうに鼻歌歌うイオリの横で、ブルックは渋い顔をしました。


「きみ、その恰好、大胆過ぎないか?」


「そうか? クロ」


 先日使いそびれた香水を脇腹になじませながら、イオリはクロに声をかけました。


「あしたはブルックを頼む。おれ試合で護衛につけないから」


「まかせるニャ」


 トカゲのシュガーにエサをやりながら、クロが胸を叩きます。


「へんなやつがいたらわたしとシュガーでコテンパンにするニャ」


「それからジェイムズがブルックの兄ってことは、くれぐれも秘密にしてくれ」


「わかってるニャ。すごくいい匂い」


「使う?」


 香水瓶をクロに渡すと、イオリはブルックに向き合いました。


「あしたのことだが」


「うん?」


「あしたの試合で、本当に兄さんを、斬ってもいいんだな?」


「斬ってくれ」


 ブルックはすかさずうなずきました。


「ぼくと国民の……いや国民は関係ない。ぼくの心の平和のために、兄を斬ってくれ」


「わかった。

 斬る」


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