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第58話 皇帝のギロチン

 釈放されたドストエフスキーはそれ以降政治活動をやめ、剣一筋に邁進しました。

 数多くの国際的なトーナメントに出場して強豪を次々くだし、自分の剣名とカラミルの国名を大陸全土に知らしめました。

 人々はドストエフスキーを「ネクラーソフの剣」と呼び、称えました。

 ネクラーソフ皇帝はドストエフスキーの活躍を大層喜び、王室に伝わる剣を授けました。

 名を鋼鉄(スターリ)といいます。

 スターリは両刃のバスタードソードで、刃渡り百センチ、全長は百三十センチあります。

 バスタードソードとしては珍しく刃の幅が広く、肉も厚い剣です。

 斬れ味はもちろん打撃力もすさまじく、なんと甲冑を一撃で粉砕しました。

 二十代当時百九十センチ百キロあった巨漢ドストエフスキーにふさわしい重厚な剣です。

 ドストエフスキーはスターリを携え、三十歳のとき宿敵トルストイと対決しました。

 有名な「ポドロ島の決闘」です。

 この決闘に勝利し、ドストエフスキーは遂に大陸最強と自他ともに認める存在になりました。





 トルストイを破ったドストエフスキーはその後真剣勝負から手を引き、王都の道場で後進の指導に専念しました。

 名伯楽ドストエフスキーの誕生です。

 アレクサンドル・ネクラーソフの治世も続き、カラミル帝国の安寧は長きに渡って保たれました。

 しかしそれは表向きの話です。

 裏では経済格差が拡大し、二十年間で数百万人、一説によると一千万人を超える農民が餓死しました。

 人々の皇帝への怨嗟は募り、それが遂に爆発する日がきました。

 革命が起きたのです。





 五十歳のドストエフスキーは人民軍の先頭に立ってネクラーソフの城に攻め込みました。

 皇帝を守る近衛兵が剣豪に立ち向かいます。


「先生手を引いてください!」


 そう叫ぶ若い兵士の顔に見覚えがあります。

 近衛兵はかつてドストエフスキーが手を取って剣を教えた弟子の一人でした。


「そなたが引け!」


「できません!」


 二人はすれちがい、近衛兵はその場に突っ伏しました。

 倒れた近衛兵を群衆が囲み、さらなる暴行を加えます。

 ドストエフスキーは顔を背け、一人で城の奥へと進みました。





 その部屋は城の「壁の中」にありました。

 いわゆる隠し部屋です。

 ドストエフスキーがなぜその部屋を知っているかというと、「皇帝の剣」としてネクラーソフから絶大な信頼を得ていたからです。

 ランプが灯された薄暗い部屋に入ると、そこに二人の人物がいました。

 一人がアレクサンドル・ネクラーソフ皇帝。

 もう一人が宮廷魔法使いの小人ザジです。


「おおヴィクトル、助けにきてくれたのか」


 御年六十になった皇帝の顔が、生存の希望に輝きます。


「……」


 ザジは仲間と路上でビラを配っていたあのときと同じ、陰気な顔でドストエフスキーを見つめています。


「この部屋の近くに秘密の通路がある。そこから外へ……」


「ご家族はどうされました?」


「みな通路から逃がした。城におるのはわしとザジだけじゃ」


「そうですか」


「陛下お逃げくだ! ……」


 異変を察し皇帝の前に立ったザジの体が、縦に真っ二つに裂けました。


「なぜ小人の首を斬らなかったか、おわかりか?」


 ドストエフスキーは剣についた血を切りながら、ザジの首を斬らなかった理由を皇帝に説明しました。


「生首はしばらくの間話せる。また呪文を唱えられて金縛りになったらかないませんからな」


「そなたは、余を、助けにきたのではないのか?」


 ネクラーソフはカッと目を見開いてドストエフスキーを見あげました。


「殺しにきた」


 ドストエフスキーは四十年の長きに渡ってこの国を支配した皇帝の頭上に、名剣スターリをかざしました。


「この剣を覚えておいでか? 三十年前あなたから授かった剣だ」


「な、なぜだヴィクトル? そなたは余の剣ではなかったのか!?」


「ちがう。ヴィクトル・ドストエフスキーはネクラーソフ皇帝の、

 ギロチンだ」





 秘密の通路に隠れていたネクラーソフの家族も捕らえられました。

 血と栄光に彩られたネクラーソフ城は落ち、いたるところで略奪や破壊行為がなされました。

 人民軍の兵士がバルコニーに立ち、勝利のしるしに皇帝の生首をかざすと群衆は熱狂しました。


「独裁者は死んだ!」


「ざまあみろ!」


「民衆の勝利だ!」


「人民軍万歳!」


 バルコニーにドストエフスキーもいました。

 熱狂する群衆を見おろし、ドストエフスキーはひそかにつぶやきました。


(セルゲイ、ソーニャ)


 仇はとったぞ! そう勇ましく誇りたい。

 しかしそのとき彼の胸に浮かんだのは


(おれはこれからどうすればいい?)


 という頼りない問いかけでした。

 ともかくこうしてカラミル帝国は崩壊し、新しくロージャ共和国が誕生したのです。





「わしは六十歳のときゼップランドに亡命した。わしの故郷はあくまでカラミルじゃ。新しい共和国にわしの居場所はなかった。こっちにきてからはもう二度と真剣勝負はやらないと決めておったんじゃが……」


「ではなぜデュエルカップに出るんです?」


「今回出場する選手のリストを見たんじゃよ。その中に、ある名前があった。

 名をアレクセイ・ネクラーソフという。

 そなたと同じ十七歳の剣士じゃ」


「ネクラーソフ? まさかアレクサンドル皇帝の……」


「そうじゃ。ネクラーソフの一族はあの日城で皆殺しになったと思っていたが、奇跡的に逃げおおせた者がおったのじゃ。アレクセイはアレクサンドル・ネクラーソフの孫じゃよ。『祖父の仇をとる』と公言しておる。この勝負、受けねばなるまい」


「アレクセイって初めて聞く名前ですが、強いんですか?」


「強かろうな」


 ドストエフスキーは渋い顔で白髭を撫でました。


「なんせかつてのわしの一番弟子、マリア・バタイユの一番弟子じゃからのお」





「あなたの活躍に期待してます、アレクセイ」


 ここは王都にあるマリア・バタイユの屋敷です。

 マリアはテーブルをはさんで自分と向き合う弟子に、ケーキと紅茶を出しました。


「怪我なく無事に帰ってくるのですよ」


「はい、先生」


 赤っぽい髪に青い瞳のアレクセイはまだあどけなさが残る、かわいらしい顔立ちの少年でした。


「必ずヴィクトル・ドストエフスキーを討ち果たし、バタイユ流剣法の名を世に広め、ネクラーソフ家の復興を成し遂げて見せます……でも先生」


「なんです?」


「ドストエフスキーってマリア先生の先生でしょ? そういう人斬ってもいいのかなって思って……」


「お斬りなさい」


 マリアはニッコリ笑うと、アレクセイの頬についたクリームを指ですくい取りました。


「ドストエフスキー先生はもうおじいちゃんです。あなたの手でゆっくり休ませてあげなさい」


「はい!」


 無心にケーキを食べる弟子を愛し気に見つめ、マリアは自分の指についたクリームをペロリ、と舐めました。


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