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第57話 ドストエフスキーと最後の審判

 その日ドストエフスキーは数人の仲間と街頭でビラを配りました。

 ビラの内容はネクラーソフ皇帝批判です。


「王室は富を独占するな!」


「税金を払えない貧農の懲役としての兵役反対!」


「労働者に労働の対価に見合う賃金を払え!」


「王室は中抜き業者の賄賂を受け取るな、恥を知れ!」


 文面はなかなか過激ですが、ビラを受け取った通行人はみんな共感しました。


「あんたたちのいう通りだ」


「がんばれよ」


 道ゆく人々の反応のよさにリーダー格のセルゲイやソーニャは気をよくしました。

 もちろんドストエフスキーもご機嫌です。

 そのときどこからともなく、冴えた鈴の音が聞こえてきました。

 するとビラを配っていたドストエフスキーの手が、ピタッと止まりました。


「ヴィクトル?」


「どうしたの?」


 セルゲイとソーニャはドストエフスキーに声をかけました。

 なんだか様子がおかしいのです。


「体が、動かない」


 突然の異変に十七歳のドストエフスキーはとまどいました。

 剣は腰にありますが、それに触れることさえできません。

 友に代わってセルゲイは周囲を見渡しました。

 すると自分たちの近くに、黒いローブを着た小人がいました。

 陰気な顔で手に持った冴えた鈴の音を鳴らし、じっとドストエフスキーを見つめています。

 小人はポツリとつぶやきました。


「金縛り魔法【肉体の悪魔】」


「宮廷魔法使いだ!」


 みんな逃げろ! というセルゲイの叫びは途中で消えました。

 灰色のハンチング帽が宙を舞い、セルゲイは数人の治安警護人に取り押さえられました。

 すでに魔法で拘束されたドストエフスキーになすすべはありません。

 若者たちは護送用の馬車に押し込まれ、問答無用で刑務所に運ばれました。

 ドストエフスキーが馬車に乗り込むとき、一人路上に取り残されたソーニャが叫びました。


「ヴィクトル!」


(ソーニャが自分の名を呼んでくれた)


 刑務所に護送される馬車の中、意気消沈した仲間と並んだドストエフスキーの顔に、そのときなんとも奇妙な笑みが浮かびました。





「治安維持法違反、並びに王室を侮辱した罪により貴君らを死刑に処す」


 思想犯専用の独房に放り込まれて一週間後、裁判もなく刑は突如執行されました。

 独房から出た七人の若者は縄で後ろ手に縛られ、中庭に向かいました。


(セルゲイ)


 一週間ぶりに見た友は無精髭が生え、頬がげっそりこけていました。

 顔に痣もあります。

 正義感の強いセルゲイは囚人の扱いが不公平なことに抗議し、刑務官に殴られたのです。


「……」


「しゃべるな」


 ドストエフスキーに気づいて笑みを浮かべたセルゲイの顔を、刑務官は警棒でガン! と殴りました。





 中庭に行くとそこに絞首刑台が三つ並んでいました。

 昇降段をあがると死刑囚が立つ板場があり、その上に首を吊る縄がぶらさがっています。

 縄は使い回されたもので、死刑囚の血や体液を吸って黒ずんでいます。


「これより刑を執行する」


 死刑執行人はドストエフスキーに魔法をかけた、宮廷魔法使いの小人です。

 小人の名前はザジといいました。


「マカロフ、アサエフ、ヴォルコフ、前へ」


 名前を呼ばれた三人は素直に処刑台にあがり、刑務官によって首に縄をかけられました。


「いい残すことはないか?」


 ザジに問われても三人は無言です。

 ザジはうなずくと軽く右手をあげました。

 するとパタンと音立てて足もとの板が開き、三人は首を吊られました。


「……」


 刑務官はだれも動きません。

 時折ボキッとぶきみな音が響きます。

 三人の中のだれかの首の骨が折れる音です。

 ザジはずっと自分の脈を測っています。


「……十五分たった」


 ザジは処刑台の前に回り、宙吊りになった三人を見つめました。


「不滅のティグレが停止した。三人とも完全に死んだ。おろせ」


 死体はすばやくおろされ、ザジはまた三人の若者の名前を読みあげました。

 三人目の名前がセルゲイです。





「最期にいうことはあるか?」


 首に縄をかけられた三人の若者に、ザジが尋ねます。

 しばらく沈黙が続き、ザジは処刑の合図に右手をあげようとしました。

 そのとき


「おれは三つのもののために死ぬ」


 三人の真ん中にいたセルゲイの張りのある声が、刑務所の中庭に朗々と響きます。


「女神さま

 自由

 ソーニャ」


 最期にソーニャの名を口にしたとき、セルゲイの顔がグンニャリとゆがみました。

 彼が泣こうとしたのか、それとも笑おうとしたのか、それはだれにもわかりません。

 ザジは右手をあげました。

 パタンと音立てて板が開き、三人の若者は宙吊りになりました。





「十五分たった。では最後の刑を執行する。ヴィクトル・ドストエフスキー、前へ」


 三つある台の真ん中、さっきセルゲイが立った台にドストエフスキーはあがりました。

 刑務官が首に縄をかけると、ザジが奇妙なことを始めました。


「これより死刑を執行する。十・九・八・七……」


 それまでやっていなかったカウントダウンを、ザジは突然始めたのです。


(おれ、死ぬのか?)


 ドストエフスキーはことここに至ってようやく自分の死を実感しました。


「六・五・四……」


(そんなバカな。死にたくない。死ぬのはこわい)


 助けてくれ! と悲鳴をあげそうになったドストエフスキーの脳裏に、そのときソーニャの声が聞こえました。


「セルゲイ!」


(あのときソーニャが叫んだ名前はおれじゃない。セルゲイだ。

 二人は愛し合っていたんだ)


「三・二・一、死刑執行を中止する」


 ザジの宣言を受け、刑務官はドストエフスキーの首にかけられた縄を外し、拘束を解きました。


「ヴィクトル・ドストエフスキー、皇帝陛下がおまえの武芸の腕前を惜しみ、特別に恩赦をくだされた。皇帝陛下に感謝しろ。おまえを釈放する」





「姉ちゃん死んだよ」


 刑務所を出てすぐソーニャの家に行くと、彼女の幼い弟が残酷な事実を告げました。


「あんたたちが捕まったとき、姉ちゃん馬車を追っかけて不当逮捕だ! ってめちゃくちゃ抗議したんだ。それをうるさがった治安警護人に突き飛ばされて、姉ちゃん石畳に頭ぶつけて死んだのさ」


「ソーニャの墓はどこ?」


「町の北側の墓地だよ」





 墓地に行くと黒いコートを着た若者が、椅子に座ってギターを弾いていました。

 墓地は人がいないし、ギターの音が墓石に反響して冴えたいい音になるので、ギタリストがよくここで練習しています。

 若者が弾いているのはカラミル伝統のバラードです。

 ソーニャの墓はすぐ見つかりました。

 白い墓石に彼女の名前と生年と没年が刻まれています。

 ドストエフスキーは墓にソーニャが好きだった赤い花と、セルゲイのハンチング帽を捧げました。

 帽子はソーニャの弟が持っていました。


「姉ちゃんが死んだときこの帽子を持ってたんだ。墓に持って行ってやってよ」


 若者のギターがメランコリックな音色を奏でます。

 その音を聞きながら、ドストエフスキーは心に誓いました。


「ネクラーソフを殺す」


 この瞬間、大陸史上最強の剣豪は生まれたのです。


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