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第53話 グレイとブルー

「抜け!」


 なだらかな丘に怒声が響き渡ります。

 丘で草を食んでいた野生馬の群れが、おびえた目を二人の人間に向けました。

 一人の女は黒い竜皮のツナギを着て、もう一人は黒い詰襟の制服を着ています。

 丘から吹く風が、詰襟を着た女の金髪を優雅になびかせました。


「申しわけありませんが、抜きません」


 マリアはしなやかな指先でイオリの顔をさしました。


「左目が青いですよ。あなたいつからオッドアイになったのです?」


 イオリはハッと左目を押さえました。

 不知火流奥義を使うとそのダメージでイオリの左目はしばらく青くなり、その間左目の視力は失われます。

 つまり今のイオリは片目なのです。


「お体の調子が悪いのでしょう? わたくしそういうかたと立ち会いません」


「なぜ殺した!?」


 イオリはマリアが地面に置いた生首をチラッと見ました。

 アランとエリは二人とも目を閉じ、ほほ笑んでいます


「お二人がバベル大帝国の騎士だからです」


 マリアは長い睫毛を伏せ、足もとの生首を見ました。


「帝国に恨みがあるのか?」


「すべての国家に恨みがあります」


 マリアは睫毛をあげ、イオリのうしろにいるブルックを見ました。


「お美しい王子さま」


 丘の風に揺れるブルックのミニスカートを見て、マリアはうれしそうに笑いました。


「わたしはあなたになんの恨みもありません。でもわたくしカミと契約しました」


「カミと契約?」


 マリアの言葉にブルックは衝撃を受けました。

 ブルックはこの旅で、カミと契約した異能者を何人も見ました。

 しかし彼らは全員市井の無名人です。

 「大陸最強の剣士」の誉れも高いマリアのような著名人がカミと契約したとなると、これはただごとではありません。


「はい。

【ブルック・フリーダム・ローズを火の山で行われる儀式に生贄として捧げよ。そうすればマリア・バタイユの願いを叶える】

 それがわたしとカミが今回結んだ契約です。実はわたしはその前からカミと契約していました。生贄を五百人捧げればわたしの願いを叶える。カミはそういわれました。でも契約の日から十年たち、わたしがカミに捧げた生贄の数はまだたったの八十九人に過ぎません。これではとても望みは叶わないと半ばあきらめかけていたところに、今回の話が転がり込んできました。この話、受けないわけには参りません。

 王子さま、火の山まであなたの剣士と魔法使いがあなたを守ってくれます。お二人ともとても強いですから。でもお二人が手に負えない事態になったら、わたしが王子さまをお助けします。

 そして無事火の山の祭壇にお着きになったら、わたしがこの手で王子さまを介錯いたします」


「マリア・バタイユ、おまえに聞きたいことがある」


 イオリが低い声で尋ねます。


「十年前、大地震の日に王都でおれと会ったな?」


「うれしい! 覚えていてくれたのですね」


「あの日、おれに会う前に、おれの五人の幼なじみを殺したな?」


「なんの話です?」


「宿場町【終末】で剣士リー・アルドリッジの死体を見た。左胸に赤い痣があった。拳で心臓を殴られショック死したんだ。あれはおまえがやったんだな?」


「ええ、リーさんはわたしが殺しました」


 マリアはあっさりうなずきました。


「それがなにか? 勝負に敗れた者は死ぬ。剣士の宿命ですわ」


「殺されたおれの幼なじみの胸にも赤い痣があった」


「……」


 二人の女は無言で見つめ合いました。

 黒い瞳と青い瞳が互いの姿を映します。

 

「……イオリさん、あなたの勘ちがいです。わたしが殺すのは剣士と国家の犬だけ。子どもは殺しません」


「イオリ、引け」


 今まで一度も出したことがない命令をブルックは出しました。


「引くんだ。マリア・バタイユは有名な剣士だ。名誉を重んじる。子どもを殺すようなまねはしない」


「……いやだ」


 そのとき丘の上からこちらを見守っていた野生馬が、数頭逃げ出しました。

 イオリの殺気に反応したのです。


「おれ、本当はゼップランドの未来なんてどうでもいいんだ。おれが本当にやりたいのは……」


「イオリ、ずっとここにいろよ」


 先日幻のアランが見せた笑顔が、イオリの脳裏に浮かびます。

 自分に聖典を読み聞かせるエリや、本を読むイーサン、チャンバラごっこに興じるトビーとヒューゴーの姿も見えました。

 みんな笑っています。

 その笑顔を見て、イオリは絶叫しました。


「復讐だ!」


 イオリは疾風巻いて襲いかかりました。

 マリアは静かにその場にたたずみ、腰の剣に触れません。

 艶やかな光沢をたたえたマリアの金髪に、イオリは不知火丸を振りおろしました。


「イオリ!」


 イオリの豪剣は、しかし軌道の途中でピタッと止まりました。

 二人の間に飛び込んだブルックの頭と紙一重のところで、刀は止まりました。


「イオリさん、あなたは王子さまに感謝すべきです」


 マリアは柔和にほほ笑みました。


「王子さまは今あなたのために命をかけました。そんなこと、ふつうの雇い主はしません。愛されているのですよ、あなたは。では、ごきげんよう」


 マリアは二人に背を向け、歩き出しました。

 しばらく歩くとマリアのうしろ姿は陽炎に滲み、やがて消えました。





 ブルックはエリとアランの生首を一緒に埋葬し、その上に墓標となる大きな石を据えました。

 二人の愛馬、グレイとブルーの装着具も埋めました。


「これでよし。ホウッ」


 ブルックが手を叩くとグレイとブルーは駆け出し、丘の上で待っていた野生馬の群れに合流しました。


「フフ、馬はいいな。もう友だちになってる。じゃぼくらも行こう」


「ブルック」


「なんだい?」


「さっきは悪かった」


 背嚢を背負い、一人歩き出すイオリの背中から、ゆらゆらオーラが立ち昇っています。


(やっと仇に会えた)


 その喜びと、次は絶対逃がさない! という決意でイオリは燃えていました。

 クロはそんなイオリと、彼女のうしろ姿を見つめるブルックを交互に見ました。


「クロ」


 イオリの背中を見つめながら、ブルックはクロの頭を撫でました。


「ぼくがやったこと、まちがってるかな?」


「まちがってニャい」


 クロはきっぱり断言しました。


「ブルックが間に入らなかったら、イオリ斬られてた」





「……」


 アランの愛馬ブルーは新しい仲間となった野生馬たちと丘を駆けながら、ふいに足を止めました。

 どうしたの? と近寄った相棒のグレイも足を止め、耳をピンと澄ませます。

 風が吹いていました。


「ブルー」


「グレイ」


 二頭の名を呼ぶやさしい声が、空から聞こえます。


「……」


 仲間の野生馬にうながされ、ブルーとグレイは再び丘を駆けました。

 また風が吹きました。

 アランとエリが手をつないで、青空を駆けてゆくのを二頭の馬は見ました。

 アランとエリは楽しそうに笑っていました。


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