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第52話 「一緒の時を、生きれたね」

「……グレイ」


 エリは葦毛の愛馬に顔を舐められ、目覚めました。

 ちいさな丘のふもとで横になっていたのです。

 すぐそばで横になっていたアランも、愛馬ブルーに顔を舐められ目を覚ましました。


「わたしたち、どうなったの?」


「峰打ちだ」


 自分の首を撫でながら、アランはぼやきました。


「ドラゴン殺しめ、おれたちに情けをかけやがった」


「やさしそうな人だったもんね」


「好きなのか? ああいうやつが」


「バカね、相手は女よ」


「女が好きな女もいるからさ」


 アランはムッと唇を尖らせたまま、まわりを見渡しました。

 人の姿は見えません。


「部隊はどうなったかしら?」


「たぶん……いやまちがいなく全滅だ」


 空気に濃厚に立ち込める甘い土の匂いを嗅ぎながら、アランは断言しました。


「あのイオリって女は化け物だ。百人ぐらいの部隊じゃどうしようもない。帝国の評価が甘すぎた」


「そうみたいね。いい気味よ」


 エリの冷酷な言葉にアランは驚きました。


「いい気味って全滅した部隊のこと?」


「そうよ。わたしたちをさんざんいじめた連中よ。ガンボやトミーも一緒に死んでくれてスカッとしたわ」


 あ~あ、と気持ちよさそうに大きく伸びをするエリを見てアランは苦笑しました。


「ま、そうだな。リベロだなんだって持ちあげられても、結局判断や責任をこっちに押しつけられただけだもんな」


「ねえ、これからどうする? 全滅した部隊の生き残りじゃ出世はおぼつかないわよ」


「出世か……いっそのことこのままゼップランドに残るか」


「それいい!」


 エリはアランに飛びつきました。


「帝国よりゼップランドのほうが絶対暮らしやすいって前から思ってたの! ねえ、仕事はどうする?」


「う~ん、仕事ねえ」


 アランは目を細め、顎の無精ひげを撫でました。


「そうだ。ボディガードはどうだ?」


「ボディガード? また要人警護をするの? わたしもう偉そうなおじさんの子守りなんてしたくない」


「そうじゃない。街道を長距離移動する旅行客や商人専門のボディガードさ。ゼップランドは平和な国だが街道は治安が悪い。だからおれの居合抜きとエリの弓をアピールしたらきっと重宝される。それにおれたちはブルーとグレイがいる」


 二頭の馬は自分の名前を聞くとブルルと誇らしげに鼻を鳴らしました。


「ブルーやグレイより長い距離を速く走れる馬はこの国にいない。旅行客や商人に絶対喜ばれるし、馬と一緒に仕事するなんて最高さ」


「そうだね、じゃわたしたち今日からボディガードやろう!」


「よし! そうと決まったら善は急げだ。今から王都に行ってギルドに登録しよう……なにかご用ですか?」


 アランはエリの肩越しにだれかに声をかけました。

 エリが振り返ると、そこに黒い詰襟の制服を着た、背の高い金髪の美女がいました。


「こんにちは」


 美女は小首をかしげてほほ笑みました。

 その優美なほほ笑みにアランはうっとり見とれ、それに気づいたエリはムッと頬をふくらませました。


「その馬はお二人の馬ですか?」


「え? ええそうです」


 アランは彼には珍しい愛想笑いを浮かべてうなずきました。


「ぼくと彼女の馬です。そっちの青毛がブルーで、葦毛がグレイ……」


「わたしは馬が好きです」


 美女はブルーの鼻面をそっと撫でました。

 いつもは知らない人にさわられるのをいやがるブルーですが、今はおとなしくじっとしています。


「馬は聡明で臆病で美しいから。人間がともに生きるのに値する生きものです」


「そうですね」


「でもわたし、犬は嫌いです」


「は?」


「あなたがたは、帝国の犬でしょう?」


 女の青い目が冷たい光を帯びた瞬間、アランとエリの首は宙を舞っていました。





「エリ」


 生首のアランは宙を舞いながら恋人に声をかけました。


「ごめんよ」


「アラン、わたしたち、一緒の時を生きれたね」


 生首のエリは恋人にそう声をかけるとニッコリ笑いました。

 悲しそうな顔をしていたアランの生首も、それを見て笑います。

 二人の生首はすぐ地面に落ちました。


「斬首剣【花と蛇】」


 技名をつぶやくと女は剣についた血を払い、二人を見ました。

 生首の恋人は目を閉じ、頬を寄せ合い、ともに幸せそうにほほ笑んでいました。





 野生馬の群れが、なだらかな丘の草を食べています。


「行け、ほうっ」


 ブルックは自分たちが乗っていた二頭の馬の装飾具をすべて外すと、丘へ追い立てました。

 二頭の馬は自分より背が低く、足が太い野生馬の群れに駆け寄り、そこで一緒に草を食みました。


「仲間になれたね。行こう……お?」


 ブルックは足を止めました。

 青毛と葦毛の馬が、ひっそりとした足取りで近づいてきたのです。


「さっきのリベロの馬だ。乗り手はどうしたんだい?」


「こんにちは」


 葦毛の鼻面を撫でるブルックに声をかけたのは、黒い詰襟の制服を着た美女でした。


「乗り手はこちらにおります」


 女はにこやかに笑いながら両手をあげました。

 その手にぶらさがっているのはエリとアランの生首です。


「ひっ」


 おののくブルックの横を突風が吹きすぎます。

 イオリは無言で不知火丸を抜きました。

 青い閃光が弧を描きます。

 ブルックは驚愕しました。

 イオリの一撃が空振りに終わったのです!


「マリア・バタイユ!」


 イオリは刀の届かない後方に退いた女を睨みつけました。


「わたしをご存知とは光栄です。イオリさん」


 マリアは足もとにそっと二人の生首を置き、おだやかにほほ笑みました。


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