第5話 カタストロフィ再び
楽しい休日を終えた翌朝です。
イオリは夢を見ました。
世界が薄赤い色に染まっています。
イオリは一人裸で、暗く温かな部屋にうずくまっていました。
部屋は被膜に覆われています。
被膜の向こうで数人の人物が会話しています。
その内の一人が、ふいに被膜に耳をくっつけました。
耳をつけた人物はいいました。
「イオリ、早く会いたいな」
寝床で顔をこすり、イオリは釈然としない気分でつぶやきました。
「だれだ、今の?」
その日イオリはいつものように作業場でハンマーを振っていました。
すると
「待て」
ふいにグレンが手をあげ、イオリのハンマーを止めました。
「なんだよ?」
「なにかおかしい……」
グレンが首をかしげた瞬間天地が晦冥しました。
それは震度八の大地震がゼップランド、いや大陸全土を襲った瞬間でした。
目を覚ますと視界は闇でした。
イオリはつぶれた家屋の下敷きになっていました。
「うう……」
となりにグレンがいます。
まだ体が小さいイオリは落ちてきた天井と床のわずかなすき間にいて無事ですが、大柄なグレンは天井と床に体が挟まれ、うつ伏せのまま身動きできなくなっていました。
「……」
自分が無傷なのを確認すると、イオリは手探りで適当なサイズの瓦礫を拾い、自分の周囲に次々噛ませました。
「なに……してる?」
かすれ声でつぶやくグレンの口から、ごぼごぼと血が噴き出します。
「あんたを助けるのさ。天井が落ちてこないように瓦礫で支える」
「やめろ……おれは、もう、だめだ」
「うるせえ! 痛みは最高の教師じゃねえのかよ? あんたが今味わってる痛みから、なにか学んでおれに教えてくれよ。よしっ」
すき間の安全を確保すると、イオリはグレンの腕を強引に引っ張りました。
すぐにおそろしい悲鳴が闇に轟きます。
イオリが構わず引っぱると、グレンは瓦礫の堆積からようやく抜け出しました。
「だめだ……足が、つぶれた……歩けねえ」
「おれが引っ張る」
イオリはグレンの腕を再び引っぱり、闇の底を蟻のように少しずつ這い進みました。
イオリはグレンの右手を引っぱりました。
グレンは左手にひそかに剣を握っています。
そのことをイオリは知りません。
一時間ほどかけて、二人はようやく瓦礫の底から這い出しました。
「これは」
イオリは真っ黒に汚れた顔であたりを見渡し、呆然となりました。
町が消えていました。
すべての家屋が倒壊し、ごみごみした下町の風景が視界の開けた地獄の荒野と化していたのです。
「イオリ」
地面にしゃがんで瓦礫に寄りかかっていたグレンが、いきなり剣を突き出しました。
とっさにイオリは身構えましたが、グレンは意外なことをいいました。
「おれを、殺せ」
「ふざけんな」
「おれはもう、だめだ」
グレンはまたゴボゴボ血を吐きました。
「それに今、闇の底でおまえにひきずられ、ひでえ痛みを味わいながら考えた。そうだ、おれは最期におまえに教えなきゃならねえ、
人を殺す方法をってな。
なぜなら人は生きるために、戦わなきゃならねえときが必ずあるからだ」
無言のイオリにグレンは剣を差し出しました。
「受け取れ。いいか。剣で人を殺すもっともシンプルな方法は二つ。一つ、首を斬り落とす。しかし七本ある骨をよけて一太刀で首を斬り落とすのは至難の業だ。二つ、心臓を突く。おれのおすすめは心臓を突くやりかただ。心臓はみぞおちのやや左側にある。おまえから見て右だ。心臓は胸骨と肋骨におおわれているが、首の骨よりすき間は大きいから狙いやすい。なによりすべての生物の心臓に、不滅のティグレが宿ってる」
「不滅のティグレ?」
「ああ。東方の賢者どもが発見した生命の源みたいなもんだ。不滅のティグレは人の目に見えない極小の玉で、上半分が白く下半分が赤い。人間はもちろん、ティグレはどんなバケモノの心臓にも宿ってる。こいつを斬れば、人もバケモノも確実に死ぬ。ティグレは心臓のど真ん中にある」
そこでグレンは着ているシャツを一気に引き裂きました。
「さあここを突け」
グレンはぶ厚い胸板のやや左側をさしました。
「ここに不滅のティグレがある。そいつを斬って、おれを殺せ」
「……」
剣を手にイオリはためらいました。すると
「イオリ、おれのチンポにえぐられて気持ちよかったか?」
グレンはヘラヘラ笑っています。
物置小屋の固い地面の感触と、グレンの吐く酒臭い息が甦ります。
イオリは爆発するように地面を蹴り、そのパワーを剣先に乗せて突き出しました。
すると剣は泥のようにやすやすと、グレンのぶ厚い胸板に突き刺さりました。
「それだ」
背中まで剣で貫かれたグレンは、しかし満足そうな表情を浮かべています。
「その感触、忘れるな。これからおれみたいなクズに会ったら、迷わず、殺せ」
グレンはがっくり首を垂れ、息を引きとりました。
元プロレスラーの鍛冶屋グレン・ハスラー末期の言葉は
「殺せ」
でした。
手にした剣を瓦礫の山へ捨て、イオリは裸足で町を彷徨いました。
聞こえる悲鳴や泣き声や怒号はどれも遠く、町中に人の姿はまったくありません。
(みんなどこへ行ったんだろう?)
そう思ったときです。
「見ぃーつっけた」
そんな声がした瞬間後頭部にガツンと衝撃が走り、イオリは気を失いました。
昨日の雨でまだ濡れている地面に投げ出され、イオリは目を覚ましました。
(ここは?)
きょろきょろあたりを見渡し、イオリはここが丘のふもとの広場と気づきました。
昨日仲間と遊んだ防空壕が近くにあります。
(そうだ、アランたちはどこに……)
「目が覚めたか」
頭上からガラガラ声が降ってきました。
スキンヘッドの大男が、イオリを見おろしています。
元レスラーのグレンも大きかったですが、男はさらに大きい体をしています。
男は白い上着に白いズボンのシンプルな装いで、ほかに四人いる仲間も全員同じ格好です。
(こいつら『クルシミ』の信者だ)
「ガキ、なんで地震が起きたかわかるか?」
スキンヘッドの大男が尋ねます。
「ありゃカミの天罰だ。なんで天罰が下ったかわかるか? 生贄が足りねえ。だからカミが怒った。おれたちは急いで生贄を集めてカミに捧げた。ほれ」
男が太い指で地面を指さします。
そこに壊れた人形が五体転がっていました。
いえ、転がっていたのは人形ではありません。
人間の子どもです。
みんな首や手足が不自然な方向に曲がっています。
イオリの心臓が急速に早鐘を打ち始めました。
(まさか、まさかまさかまさか)
「生贄はガキが一番いいんだ。純潔だから」
(アラン、トビー、ヒューゴー、イーサン、エリ)
イオリの全身がガタガタ震えます。
友人はみんな目をあけていました。
体に血はついていません。
しかしイオリは彼らの生命が完全に絶えているのがわかりました。
鍛冶屋の直感です。
彼らの体から炎を感じないのです。




