第47話 レクイエムはイエスタデイ
旅が始まって十日目の早朝、ブルック一行は七番目の宿場町【世界】を出発しました。
イオリは歩き始めてすぐ、曇り空を見あげるブルックの横顔に、淡い緊張が宿っているのに気づきました。
「どうした?」
「え? いや、もうすぐゾフィーが死んだ現場に着くから……」
ブルックの笑顔に痛々しさを感じて、イオリは眉をひそめました。
ゾフィー姫はブルックのいとこです。
父王ローズ陛下の弟君の娘で、カミに生贄として指名されたとき、姫はまだ十七歳でした。
ゾフィーは護衛役の剣士と魔法使いとともに王都を出発しましたが、世界の次の宿場町【彼方】とその次の宿場町【法悦】の間の地で、護衛もろとも何者かに殺されたのです。
生贄となるゾフィーが死んだことでカミが怒り、その天罰として起きたのが十年前大陸全土を襲ったあの大地震です。
責任を感じたゾフィーの両親は大地震直後自害しました。
「ゾフィーは十二歳年下のいとこをかわいがるやさしい人だった。『じゃあ行ってきます』って最後に見せた彼女の笑顔が、今も忘れられないんだ」
回想するブルックの表情はどこかさびしげです。
クロも昨日の親友シビルの死にショックを受け、まだしょんぼりしています。
そして二人を心配するイオリ自身も、ジョゼの死の悲しみから完全に立ち直ってはいないのです。
(いつまでもメソメソしてちゃだめだ)
そう思ってイオリが刀の柄を握りしめたとき、彼女の耳もとの赤いピアスが小さく揺れました。
降ってきた雨粒に叩かれたのです。
雨はすぐ本降りになり強風も出てきました。
イオリは大声で叫びました。
「これ以上歩くのは危険だ!」
「森に避難しよう!」
ブルックは右手の森を指さしました。
幸い森に入ってすぐ無人の木こり小屋が見つかり、一行はそこへ避難しました。
雨は午後になってもやまず、結局一行は名も知らぬ森で再び一泊することになりました。
服を干した三人はそれぞれ半袖シャツに半ズボンというラフな格好で過ごしました。
抜き身の不知火丸と赤い鞘は、布でぬぐったあと無造作に壁に立てかけられました。
不知火丸は濡れても決して錆びないのです。
薪ストーブに火をつけ、ランプをともし、三人は椅子に座って寛ぎました。
ブルックはなにやら書きものに夢中で、クロはトカゲのシュガーにエサをやって遊んでいます。
イオリはジョゼにもらった、赤い革で装丁された本を読みました。
ジョゼが書いた唯一の長編小説『フューチャーメイカー物語』です。
持ち運ぶ際本は縮小魔法で小さくしてツナギのポケットに入れ、さらに濡れたり傷ついたりしないよう庇護魔法で保護しています。
「ふむ」
パタン、とイオリが本を閉じると、小屋の外で「ホウ、ホウ」と鳥が二度鳴きました。
「フクロウが鳴いている。雨はあがったな。どうだいイオリ」
書きものの手を休め、ブルックは大きく伸びをしました。
「ジョゼの本おもしろかった?」
「おもしろかった!」
「どんな話ニャ?」
クロの膝の上にいるシュガーも、興味深そうに視線を向けます。
そこでイオリは小説のストーリーを簡単に語りました。
十六歳のザックは小国シルクの騎士だ。
ザックは同い年の娘ローラと愛し合う。二人は相思相愛だが帝国と戦争が始まる。帝国王室の血を引くローラはザックと別れて故国に戻る。別れのときローラはザックに王室に伝わる名剣を贈る。
剣の名前はフューチャーメイカーといった。
戦争は痛み分けに終わるが、終戦後しばらくしてザックのもとにローラが死んだと知らせが入る。死因はわからない。ショックで自暴自棄になったザックは騎士をやめてヤクザの用心棒になり、フューチャーメイカーも質屋に売って三年間自堕落な日々を過ごす。
ある日ザックは町でローラそっくりの娘マリアンヌと出会う。見た目は完全に同じだが、慎み深いローラと違ってマリアンヌはお転婆で元気一杯な娘だ。二人は急速に惹かれ合うがマリアンヌにジョンという恋人がいると知り、ザックはあくまで友人としてマリアンヌとつきあうと決意する。
生き甲斐を取り戻したザックは質屋からフューチャーメイカーを買い戻す。すると剣を見たマリアンヌが「あらフューチャーメイカーね」という。やはりマリアンヌはローラだった。なんらかのショックで記憶喪失になったのだが、マリアンヌが思い出せたのは剣のことだけだ。自分が王室の血を引くことさえ思い出せない。ザックは恋人の生存を知って狂喜するがそこで思い悩む。このまま彼女の記憶を取り戻していいのか? と。もしマリアンヌが王室の血を引く存在と知れたら、帝国の新しい支配者となった新政府が彼女を殺そうと刺客を送るのは確実だから……
ある日ジョンはザックに自分がかつて帝国で政事活動をやっていた亡命者で、現在帝国のスパイに追われていること、そしてより安全な第三国への亡命を目指していることを打ち明ける。「マリアンヌも一緒に?」「もちろん」ジョンもマリアンヌが王室の血を引くことを知らない。ザックは二人に付き添い西の国境に向かう。秘密警察の凄腕スパイバードが三人を追う。やがてザックはバードが帝国旧王室の人間を皆殺しにしたアサシンで、ただ一人逃がしたローラを執念深く追っていると知る。
ザックはフューチャーメイカーで秘密警察のスパイを次々倒し、遂に国境の町で宿敵バードと対決する。死闘の末ザックはバードを斬る。ザックはマリアンヌとジョンを国境まで送る。ザックへの想いを胸に秘めたままマリアンヌは恋人と共に去る。ザックは再び騎士になり帝国との新たな戦いに臨む。フューチャーメイカーを手に、自分たちの未来を切り開くために。
「すばらしい!」
イオリが語り終えるとブルックは拍手しました。
「武侠小説を千冊読んだぼくが断言する。ジョゼは一級のストーリーテラーだ。まさに血沸き肉躍る物語だ。きみの説明もすばらしかった」
「ほんとに?」
「本当。これは感動のお礼だ。ジョゼに鎮魂歌を捧げよう。クロ、ギターを」
「ホラー」
クロが自分の白髪を一本抜いて呪文を唱えると、白髪は白いギターに変じました。
「『イエスタデイ』を頼むよ」
ブルックのリクエストに応えてクロはギターを爪弾き、それに合わせてブルックが歌いました。
演奏が始まってすぐイオリは変な気分になりました。
クロが爪弾くギターの音も、ブルックの歌声も、イオリの胸を掻きむしるのです。
演奏が終わるとイオリは拍手し、ブルックはエレガントに頭をさげました。
「ほら」
ブルックがハンカチを差し出し、それでイオリはようやく自分が泣いているのに気づきました。
「……これだれの曲?」
「ビートルズ。古代文明でいちばん人気があった楽団さ」
「ビートルズ……今の曲は?」
「イエスタデイ。ポールって人が夢で聞いたメロディを元に作った曲だよ。若くして亡くなった母親のことを歌ってる」
「おお。でもビートルズなんて楽団よく知ってたな。おれ初耳だぞ」
「ぼくの母がビートルズの楽譜をたくさん持っていてね。子守歌代わりによく歌ってくれたんだ」
「そうだったのか。なあ、ビートルズの曲もう一曲いいか?」
「いいよ。じゃあ次は『ストロベリー・フィールズ・フォーエバー』をやろう。この曲はシビルに捧げる。クロ」
クロのギターに合わせて再びブルックが歌います。
その歌声のあまりの瑞々しさに、イオリはまたしても涙をこぼしました。
ブルックの歌に夢中なのはイオリだけではありません。
小屋のまわりに森中の獣や鳥が集まり、漏れ聞こえる音楽に、熱心に耳をかたむけていました。




