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第45話 「夢が、叶った」

 町を発ってからブルックとクロはずっと笑っています。

 町長に同行した取り巻きの一人であるコメディアンが、オリジナルの笑い話を披露したのです。

 ピートという名のコメディアンが披露したのはゼップランドでいちばん受ける鉄板ネタ「バベル大帝国の太陽王フリッツ・バルトとその妻アグネス妃の悪口」です。

 ピートは国境を越えて伝わる都市伝説「アグネス妃がかつてストリッパーだったのを隠すため太陽王が関係者を皆殺しにした話」をコメディに仕立て、おもしろおかしく語りました。


「でねステージで、すっ裸で踊るアグネスを見て観客席の太陽王が渋い顔でいったんでやんすよ、『あの踊り子の名は?』って」


 なんの変哲もない台詞ですがブルックとクロは笑い転げました。

 とくにブルックは爆笑しています。

 実際に太陽王に会ったことがあるブルックは、ピートの物真似があまりにも完璧に特徴をとらえていて、笑いが止まらないのです。


「太陽王の近衛兵イシドロが『は、あれはアグネス・ホワイトと申します。外国からの流れ者でわが国のステージで踊るのは今日が初めてだそうで』と答えると『ホワイト? シップランドの有名な武器商人ホワイト一族と関りがある者か?』『いえ、おそらく芸名の類と思われます。家族はいないとこれは本人が申しておりました』『おおそうか。邪魔な係累がいないのは好都合だ。つまりわが国であの女を知る者はストリップ小屋の関係者と、今この場にいる観客だけだな』『は、さようです』『わかったイシドロ。小屋の関係者と今この場にいる観客を全員』」


 ここでピートは一拍置きました。

 ブルックとクロ、そしてイオリも固唾を飲みます。

 三人の期待に応え、ピートは渾身の物真似で太陽王の決め台詞を披露しました。


「『殺せ』」


 完璧なタイミングと完璧な物真似にツボを押され、ブルックとクロとイオリが爆笑した瞬間です。

 みんなと一緒に笑っていたウィリーが、突如イオリに斬りかかりました。





 ところで読者のみなさんは、剣士がもっとも無防備になるのはどんな瞬間と思われますか?

 寝ているとき? それとも性交の最中?

 どちらもちがいます。

 正解は「笑っているとき」です。

 笑っている瞬間に襲われたら、どんな達人も応戦どころか身動き一つできないでしょう。

 笑いはあらゆる人間の筋肉を弛緩させる、もっともおそるべき麻酔なのです。





(もらった)


 歓喜の笑みを浮かべたウィリーは、そのとき自分の首が宙を舞っている事実に気づきませんでした。


「ヘビの刺青は洗っても落ちない」


 不知火丸を抜いたイオリが、笑みを浮かべたまま語ります。


「殺気も同じだ。笑いに隠せない」


「やっちまえ!」


 町長ゴヤ三世の命令で取り巻き連中が一斉に抜剣し、イオリに襲いかかりました。


「おまえたちの夢はなんだ?」


 そう尋ねるイオリの顔は、もう笑っていませんでした。





「あ」


 襲ってきた連中をすべて斬り捨て、イオリが不知火丸を鞘へ納めたときです。

 クロの長い耳が横へピンと張りました。


「悲鳴ニャ。永遠の町から聞こえる」


「悲鳴?」


「たぶん永遠の町で虐殺が起きてるニャ」


「なんだって?」


 気色ばむブルックを抑え、イオリは二人に告げました。


「おれが行く。二人ともここで待っていてくれ。ワイバーン!」


 背中に生やした竜の翼をひるがえし、イオリは青空に飛翔しました





「これは」


 永遠の町を空から見おろし、イオリは息を飲みました。

 昨日人々が武芸の訓練に励み、活気にあふれていた路上が、死体で埋まっています。

 目を凝らしても、死体を突くカラス以外に動く影は見当たりません。


(頭が切断された死体、手足を斬られた死体、みんな剣でやられたな。おっ)


「ジョゼ!」


 広い通りの片隅に倒れた黒シャツの少女を目に留めると、イオリは急降下しました。


「しっかりしろ!」


 抱きかかえた少女は血に塗れぐったりしていました。


「……イオリさん」


「なにがあった!?」


「ブラフマンです。あいつらが戻ってきたんです。あいつら最初に要求していた十人分の生贄を捕らえると、残りの住人を皆殺しにしたんです」


 ジョゼは前髪のすき間から血の海と化した町を見渡し、心底うれしそうに笑いました。


「みんな死んだっすね。ざまあみろ! イヒ、イヒヒヒ」


「ジョゼ」


 イオリはジョゼの前髪をそっと払いました。


「イオリさん、ぼくの本職はクロウ(死体処理人)です。死体を扱う仕事だから町の連中に忌み嫌われたんです」


「そうだったのか」


「この町のやつらは旅人を殺して金品を奪うのをなりわいにしていました。おそろしい連中です。王子さまはご無事ですか? 町のやつらのことイオリさんに教えたかったのにウィリーに邪魔されて……」


「大丈夫。町長と取り巻きは全員おれが斬った」


「ウィリーも?」


「あいつは最初に首を刎ねた」


「やったあ! イオリさん大好き! げほっ」


 笑ったあと咳き込み、ジョゼは真っ黒な血を吐きました。


「ジョゼ!」


「……その、カバンを」


 イオリが地面に置かれた黒いカバンを開くと、中から赤っぽい革で装丁された一冊の本が出てきました。


「ぼくが書いた唯一の長編小説『フューチャーメイカー物語』です。完結記念に一冊だけ自分で装丁したんです。よかったらもらってください。この本はぼくの子どもです。ぼくは町を出られなかったけど、この子にはいろんな世界を見せてやりたい。イオリさん、どうかこの子を外の世界へ連れて行ってください」


「わかった。連れて行く」


「もう一つお願いしていいですか?」


「なんだい?」


「ギューッと抱きしめてもらえます?」


 血の気が失せた青い顔に少女は照れ笑いを浮かべました。

 イオリはそっとジョゼを抱きしめました。


「ああ、いい気持ち。いい匂い。ぼく、だれかにギューッて抱きしめられるの、生まれて初めてです。ギューッてされるの、こんなに気持ちよかったんだ。もっと早く、だれかに抱きしめてもらえばよかったな……」





 ふと気がつくとジョゼは石畳が敷かれた、明るくにぎやかな都会にいました。

 着飾った人々が通りを行きかい、ジョゼは見るものすべてが新鮮でキョロキョロ視線をさまよわせました。


「あ」


 ジョゼの視線が止まります。

 本屋を見つけたのです。

 大きな本屋から出てくる客は、みんな赤い革で装丁された本を抱えています。

 ジョゼは吸い込まれるように本屋に足を運びました。

 するとすぐ見つかりました。

 本屋のいちばん目立つ場所に平積みされた、赤い革の本の山が。


(ぼくの本だ)


 ジョゼの目の前で、多くの客が本を手に取り会計に向かいます。

 みんなジョゼが書いた本を買っていくのです。そのとき


「ジョゼ・ノア先生ですか?」


 小さい女の子が、おそるおそるジョゼに赤い本を差し出しました。


「ファンです。サインいいですか?」


「もちろん!」


 ジョゼが笑顔になると少女もうれしそうに笑いました。





「……夢が、叶った」


「ジョゼ?」


「みんな、ぼくの本を読んでる。

 ぼくの小説を、愛してくれる。

 ぼくの、子どもを……」


 ジョゼの小さな手がイオリの手に触れ、すぐ離れました。

 女剣士の腕の中で、少女は笑みを浮かべたまま、息を引き取りました。


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