第44話 ティラノサウルス・ガリミムス・ブラフマン
「ここは奇妙な町だ」
休憩所として与えられた家の一室で、ブルックがヒソヒソ語ります。
「やたらと好戦的な町長、どうやって手に入れたかわからない大量の武器、それに決戦直前なのに仲間をいじめるのもへんだ」
「それジョゼのこと?」
ブルックの発言をきっかけに、イオリはさっき会った少女の言葉を思い出しました。
ジョゼはこんなことをいったのです。
「勇者と強さは関係ありません。どんなときも希望を持ち、人に希望を与え続ける。それが勇者です」
「……ジョゼはいい子だ」
「ぼくもそう思う。流動性が乏しい閉鎖集団にいじめはつきものだけど、ここは出入り自由な宿場町だ。いじめの発生条件はほとんどないはずだけど」
「ヤンチャな子はかわいがられ、まじめな子はいじめられる。これはエルフの世界も同じニャ。どんな社会もトリックスターとサクリファイス(生贄)を求めてる。だからいじめはなくならないニャ」
「おおなるほど……とにかく警戒を怠らないように交代で休もう。ぼくが起きてるから二人は先に寝てくれ」
ブルックにうながされ、イオリとクロはベッドに横になりました。
早々と眠ったイオリはジョゼとの会話を夢で見ました。
「イオリさん、人を斬るってどんな感じですか?」
ジョゼが無邪気に質問します。
「小説の参考にしたいんです」
「……人の夢を奪うって感じかな」
「人の夢?」
「ああ。他人の夢を奪えば奪うほど、自分の夢も一緒にしぼんで消えていく」
(防空壕でアランやエリが夢を語ったあの日、おれも自分の夢を思い描いた。でもあの日抱いた夢の記憶を、おれはいまだに思い出せない)
「自分がどんな夢を持っていたか、もう完全に忘れたよ。天罰かな」
「天罰じゃありません」
うつむくイオリの耳もとで、ジョゼがやけにきっぱり断言します。
「『旅で人は自分自身に出会う』と本で読みました。イオリさんはこの旅できっと自分の夢と再会しますよ。それは天罰ではなく天啓です。楽しみですね!」
そういってジョゼはまたにちゃあ……と笑いました。
その日の夜、午前零時になりました。
ブルックとイオリとクロは西側のバリケードの外に出て待機しました。
近くに町長と、永遠の町を守護する兵隊百人がいます。
兵士は全員兜に革甲冑で武装していました。
バリケードの前は広い空き地で、ここが決戦の舞台になります。
ときおり夜空でゴロゴロと鳴るカミナリの音が、惨劇の開幕を告げるドラムのようです。
町は街灯や松明の火で明るくなっていますが、バリケード前の広場も松明に照らされ、昼間のような明るさです。
ある若者は弓を、別の若者は槍をしごきながら、敵の訪れを今か今かと待っています。
その百人の兵士の中にジョゼがいました。
自分より大きい槍を手に、不安そうにあたりをキョロキョロ見ています。
(あ)
ジョゼと目が合うとイオリはウィンクしました。
それを見たジョゼはうれしそうににちゃあ……と笑いました。
そのとき
「きた」
クロの長い耳がピン、と張りました。
クロはすばやく唇に指を当て、町の兵隊はシンと鳴りをひそめました。
やがて常人の耳にも聞こえてきました。
西の街道から迫る足音が。
ヒタヒタとか、カサカサとか耳ざわりな音です。
「馬かな?」
「ちがうニャ」
ブルックの問いにクロは首を振りました。
「蹄の音はもっと乾いてるニャ。この足音、長い爪が地面を引っ搔いてる音ニャ」
「爪?」
「きましたブラフマンです」
町長ゴヤ三世のささやきとともに、彼らの姿が街道のかなたにぼんやり見えました。
人数は十人。
馬のような生き物に乗っていますが、まだ松明の炎が届かないので、姿ははっきり見えません。しかし
「みんな絶対動くな」
イオリが町の兵隊に命令を出しました。
「なぜそんな命令を……イオリ?」
ブルックはゾッとしました。
端正なイオリの顔が、今までに見たことないほど汗まみれなのです。
「どうしたの?」
「ものすごい殺気だ……ブルックここで待ってろ。クロ、一緒にきてくれ」
イオリとクロは兵隊の群れから進み出て、空き地に立ちました。
「シュガーを出してくれ」
「ホラー!」
クロが一声唱えると、彼女のポケットから飛び出した白いトカゲが、巨大な恐竜ティラノサウルスに変身しました!
「おおっ!」
町の兵隊驚愕のどよめきが、重く淀んだ空気を波のように揺らします。
「反転魔法【死にぞこないの青】ニャ」
「ありがとうクロ。おまえはブルックのそばにいてくれ」
クロはすぐバリケード前にもどり、空き地にいるのはイオリとシュガーだけになりました。
イオリは腰の不知火丸に手をかけました。
まだ抜きません。
いえ、正確にいうと抜きたくても抜けないのです。
それほどの「圧」を感じる殺気のかたまりが、西からゆっくり近づいてきます。
(ドラゴンと向き合ったとき以上の殺気だ。なんだこいつら?)
ヒタヒタ、あるいはカサカサと、耳ざわりな足音もはっきり聞こえます。
「ゴロゴロゴロ」
頭の上から降ってくるシュガーのうなり声が、今のイオリには救いでした。
やがて遂に松明の炎が届く範囲まで、彼らはきました。
(あれは)
その姿に、さすがのイオリも衝撃を受けました。
イオリの目の前にあらわれたのは十頭の恐竜でした。
背の高さが三メートルを超え、首とうしろ足と嘴が長く、まっすぐな髪の毛が頭のてっぺんにまばらに生えています。
恐竜は競走馬のようにハミを噛み、ハミは手綱とつながっていました。
手綱を握るのは、十人の悪魔です。
赤い肌の悪魔は二本のツノと鋭い牙を持ち、上半身裸のたくましい体に長剣を背負っていました。
下半身を覆うのは黒革のショートパンツで、履いているのは踵のしまったサンダルです。
(こいつらがブラフマン)
そのときうしろにいたシュガーが、突然吠えました。
台風並みの咆哮にあおられ、悪魔を乗せた恐竜がたじろいだように右往左往します。
「ガリミムスが動揺するとは珍しい」
そうおもしろそうにつぶやいたのは、ひときわ大きなブラフマンです。
大柄なブラフマンは自分の恐竜をあやすと、ゆっくり前に進み出ました。
イオリは刀の柄に手をかけました。
その手がかすかに震えているのに気づいたのはブルックだけです。
そのときブラフマンの目に、イオリの腰にある不知火丸の赤い鞘が見えました。
「……なるほど。『あの刀』はこんなところにあったのか」
「なんだと?」
「女剣士よ、名は?」
「イオリ」
「わたしはソニー。また会おう」
ソニーと名乗るブラフマンは恐竜の踵を返し、仲間のもとへもどりました。
「心配するな。この町には二度とこない」
そういい残すとソニーは仲間とともに、闇のかなたへ消えました。
闇の向こうで恐竜の足音が完全に消えたとき、突然雷鳴がとどろき、稲光とともにおそろしい勢いで雨が降ってきました。
肩が重く感じるほどの激しい雨です。
イオリは闇の奥を見つめました。
(助かった)
ドラゴン殺しのイオリは震えながらそう思ったのです。
「お三方とも昨日はお疲れさまでした。お礼にそこまでお見送りさせていただきます」
ブラフマンとの邂逅の翌朝、旅立つブルック一行を町長ゴヤ三世とその取り巻き十名が、急遽町の外まで見送ることになりました。
ついてくる十人は全員帯剣しています。
「そこまでしなくても」
「いいえ、気持ちですから」
町長の強引な申し出をブルックは苦笑しつつ受けました。
育ちがいいブルックは押しに弱いのです。
「じゃあなジョゼ」
イオリは自分を見つめる黒シャツ姿の少女に手を振りました。
「あの、イオリさん」
「ジョゼ」
なにかいおうとしたジョゼを、昨日彼女を突き飛ばした大柄な若者が笑顔で制します。
「わがままいっちゃだめだ。おまえは町に残るんだ」
「わ、わかってるよウィリー」
意気消沈してうなだれる少女に、イオリは声をかけました。
「今度会ったらきみの小説を読ませてくれ。約束だぞ」
「はい! 必ず」
ジョゼはようやくにちゃあ……と笑いました。
イオリも笑顔になって、バリケードが撤去された町を去りました。




