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第43話 黒シャツのジョゼ

 今日は旅が始まって八日目です。

 前夜この旅で初めて野営したブルック一行は早朝野営地である森を発ち、午後はやい時間に次の宿場町【永遠】に着きました。すると


「なんだこれは?」


 イオリは呆然と前方を見つめました。

 丸太を汲んだバリケードが、行く手をふさいでいるのです。

 バリケードの左右には有刺鉄線が張られ、迂回して町に入ることはできません。


「おまえらだれだ!」


 有刺鉄線のすき間から、若者がこちらに矢を向けています。


「今町は非常事態だ。近づくな!」


「ぼくらは西の火の山へ向かう旅の途中なんだ。通行をゆるしてもらえないかな?」


「火の山? ひょっとしてブルック王子ですか?」


 細い口髭を生やした中年男が、若者の背後から顔を出しました。


「旅の噂は聞いています。町長のゴヤと申します。どうぞお入りください」


 町長に命じられ、若者はバリケード越しにはしごをかけました。

 はしごを降りて町に入ると、ブルックは思わずその場に立ち尽くしました。

 永遠の町の活気に圧倒されたのです。


「イヤー!」


 永遠の町の人々は、男も女も、老いも若きも、総出で熱心に剣や武術の訓練に励んでいました。


「町長さん、これは一体?」


「は。町の者全員でブラフマンに備えております」


「ブラフマン!?」





 招かれた家ではやめの昼食をとり、食後のお茶を飲むブルック一行に、ゴヤ三世という名前の町長は語りました。


「ブラフマンは街道の(ぬし)のような存在です。彼らは人間より大きく、人間より賢く、人間より強い。そういわれています」


「ブラフマンは人間ではないのですか?」


「はい。姿かたちはわかりません。彼らを見た者は一人残らず死んでいるからです。ブラフマンは毎年夏にあらわれます。どの宿場町にあらわれるか、直前までわかりません。今年はわが永遠の町に白羽の矢が立ちました。わたしの家の屋根に、本当に白羽の矢が立っていたのです。それが今から一か月前です」


「ブラフマンの望みはなんですか?」


「人間です。健康な若い男を五人と、健康な若い女を五人差し出せ、と矢文に書いてありました」


「奴隷にするのですか?」


「いいえ、自分たちの食料にするのです」


 食料、と聞いて、真夏の暑さに淀んでいた部屋の空気が、一気にシンと冷えました。


「十人の生贄を受け取ったら、ブラフマンは引きあげます。今までずっとそうでした」


「では若者を差し出すのですか?」


「いいえ王子さま戦います。われわれは屈辱を耐えるより名誉ある死を望みます」


「おお」


 ゴヤ三世の言葉にブルックはたじろぎました。

 平和主義者が多いと揶揄されがちなゼップランドの国民と思えないほど、町長の態度は血気盛んです。


「わかった。ぼくらも力を貸そう。イオリいいね?」


「やろう。町長さん作戦を聞かせてくれ」


「ブラフマンは必ず西から現れます。わたくしたちは町の西側にもバリケードを築きました。ブラフマンは今夜午前零時ちょうど町にやってきます。わたくしたちはバリケードの内側で待機し、最初にブラフマンが手ぶらで帰るようにわたしが交渉します。交渉が決裂したらまず矢で攻撃し、次に槍部隊、次にソード部隊を投入します。基本的に町の外で戦います。もしバリケードを突破されても町内の櫓や家屋内で弓兵が待機しております」


「夜の明かりは?」


「充分な量の松明を用意しております」


「この町の兵隊の人数と、ブラフマンの人数は?」


「わが町で戦う人間は百人、ブラフマンは十人です」


「百対十か。ふつうだったら問題ないが……」


 イオリは腕を組み、なにやら考え込みました。





「イヤーッ」


 すさまじい掛け声とともに、横に並んだ十数人の若者が、一斉に槍で虚空を突きます。


「エイ!」


 こちらではやはり十数人の若者が真剣を素振りしています。

 真夏の日差しを浴びた剣が、ギラリと銀色の光を放ちます。


「おりゃあ!」


「くたばれ!」


 向こうのほうで大柄な男たちが盾と木剣をぶつけ合い、模擬戦を繰り広げています。


「ヤ―ッ!」


 少女たちは可憐な声をあげて、藁人形をナイフで切り刻みました。


「すごいな」


 一休みする家に案内される途中でブルックは足を止め、路上で繰り広げられる人々の訓練を見つめました。

 

「イオリ、どう思う?」


「ハイレベルだ。みんな相手を殺す気で訓練してる」


「そうか……」


「どうした?」


 ブルックは腕組みしてなにやら考え込んでいます。


「いや、みんな立派な武器を持ってるけど、どこで手に入れたのかなと思って」


「軍の横流し品だろう?」


「購入資金はどうする?」


 風になびく赤いスカーフを抑え、ブルックは小声で語りました。


「観光客もいないし、大した産業もなさそうなこの町のどこに、そんな金があるんだ……」


「バカ野郎!」


 突如間近で罵声が聞こえたのでブルックは口を閉じました。

 革甲冑を着た大柄な若者が、黒シャツを着た小柄な少年をいきなり突き倒したのです。


「モタモタすんじゃねえ! さっさとサムのところへ持っていけ。はやくしろよ! ……くせえガキだ」


 最後に捨て台詞を吐いて、若者は立ち去りました。

 

「よいしょっと」


 少年はすぐ立ちあがると、兜がたくさん入った籠を抱えようとしました。


「待って。きみには重すぎる」


 少年の体についた泥を払ってやり、ブルックは代わりに籠を抱えようとしました。


「おれが持とう」


 ブルックに声をかけ、イオリが楽々と籠を抱えます。


「先に行っててくれ」


「じゃあ頼むよ。お疲れさま」


 ブルックは少年に笑顔を向け、その場を去りました。


「どこに持って行く? おれはイオリだ。ファミリーネームはない」


「あ、あっちです。ぼくはジョゼです。ジョゼ・ノア」


「ん? ごめんジョゼ、きみ女の子?」


「エヘヘ、ぼくブスだからみんな男とまちがえるんですよね」


 目もとを隠す長い前髪を払い、ジョゼはにちゃあ……と笑いました。





「ぼ、ぼく変わり者だからみんなに嫌われてるんです、エヘヘ」


「変わり者?」


 十四歳の少女の発言にイオリは首をかしげました。


「はい。ぼく、趣味で小説書いてるんです。この町の人間でそんなことするのぼくだけだから、それで……」


「いや小説書くなんてすごいよ。卑下する必要はない。タイトルは?」


「『フューチャーメイカー物語』っていいます。書きあげた長編はこれだけです。騎士を主人公にした愛と冒険の物語です」


「おお、愛と冒険」


「冒険」よりも「愛」というキーワードがイオリの琴線に触れたのですが、それは秘密です。


「おもしろそうだな。今度読ませてくれ」


「はいぜひ! ところでイオリさんのパーティって三人だけなんですか? 最近のパーティって人数多いから意外です」


「そうだな。役回りでいうとおれが戦士でクロが魔法使い兼僧侶、でブルックが勇者だけど、正直ブルックは勇者って柄じゃないな」


 勇者というより天使だ、とイオリが思っていると


「いいえ、王子さまは勇者です」


 ジョゼはきっぱり断言しました。


「勇者と強さは関係ありません。どんなときも希望を持ち、人に希望を与え続ける。それが勇者です。さっき王子さまの笑顔を見て、王子さまは勇者の資質をお持ちだと確信しました」


 唐突なジョゼの言葉にイオリは感心しました。


「希望を持ち、希望を与え続けるのが勇者……いいこというなあジョゼ。さすがに小説書くだけある」


「偉そうにすいません。エヘヘ」


 またにちゃあ……と笑うジョゼを見て、イオリは「かわいいやつ」とほほ笑みました。


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