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第42話 リー・アルドリッジと赤い痣

 ブルック一行が怪獣カイザーを倒し、後始末を終えて狂気の町を去った日の午後です。

 宿場町【終末】の目抜き通りに、目つきの鋭い男たちが五十人ほど集まっていました。

 それぞれ剣を腰に差したり、背中にしょっているのを見ると、どうやら彼らは剣士の集団であるようです。


「いいかみんな、よく聞いてくれ」


 酒場のテラスから男たちに声をかけるのは青地にストライプ柄のスーツを着た、無精髭の伊達男です。


「殺すのは女剣士と魔法使いのダークエルフだけだ。王子には傷一つつけちゃならねえ。忘れるなよ?」


 男たちが野太い声で「おうっ」と応じると、通りに面した雑貨屋から禿げ頭の主人が顔を出しました。


「リー、本当にやるのかい?」


「おやじさん心配すんなって。王子には絶対手を出さねぇ」


「頼むよ。わしらはみんな王子が好きなんだ。あんたは強すぎるから王子があんたの疾風剣に巻き込まれないかと心配でな」


「おれはもうガキじゃねえ。手加減ぐらいするさ」


「リー!」


「リーさんこんにちは!」


 通りに顔を出した子どもたちが、笑顔で手を振ります。


「おう、ガキどもは家にいろ。家ん中からおれさまの活躍をよく見とけ!」


「アルドリッジさん」


 子どもたちに続いて今度は大胆に肌をさらした女性たちが現れます。


「どうもお嬢さんがた。今日のしのぎの金が入ったらみなさんにもなんかおごりますよ。楽しみに待っててね!」


 媚態を振りまく女たちに笑顔で手を振り、宿場町【終末】の顔役リー・アルドリッジは椅子に座ってグラスの水を飲みました。

 いつも酒場のテラスにいるのに、リーは酒が一滴も飲めません。


「街道の井戸水ぐらい甘露な飲み物はねえって。さて。王子さま御一行はそろそろご到着のはずだ。頼んだぜ、相棒」


 リーは腰に差したバスタードソードを撫でました。

 無銘ですがよく斬れる愛剣をリーは【ウーヌス】と名づけました。

 ウーヌスは古代語の「1」です。

 常にトップでありたいリーの願望を込めた名前です。そのとき


「なんだ?」


 リーは目を細めました。

 通りに居並ぶ男たちの真ん中に、突然黒い影が現れたのです。

 影の正体は五人の若者でした。

 一人は黒い詰襟の制服を着た美しい女で、あとの四人はロングコートみたいな黒い僧服を着ています。

 そして五人とも腰に剣を差しています。


「なんだおまえら?」


「アレクセイ、頼みましたよ」


 若者の一人に声をかけ、美しい女はテラスのアルドリッジに歩み寄りました。

 女が歩き始めるとすぐ悲鳴があがりました。

 アレクセイと呼ばれた若者が、いきなり一人の剣士の首を斬り飛ばしたのです!


「今日もよく斬れる」


 アレクセイが満足げにかざした得物は剣ではなくカタナでした。


「なにしやがる!」


「あなたのお相手はわたしです」


 女が落ち着いた口調でリーに声をかけます。


「この野郎!」


「ぶち殺せ!」


「ひいい!」


 女の背後で剣と剣がぶつかる金属音、剣士たちの罵声や悲鳴、さらに肉や骨が斬られる鈍い音がひっきりなしに聞こえます。

 リーは呆然と女に尋ねました。


「てめえら一体なんだ?」


「今日は弟子たちと腕試しに参りました。わたしはマリア・バタイユと申します」


「マリア・バタイユって、あの皆殺しのマリアか?」


 その名を聞いてリーの目に光が宿りました。


「そうです」


「おもしれえ!」


 颯爽とテラスから飛び降り、リーは愛剣ウーヌスを抜きました。

 向き合ってわかりましたが、身長百八十センチのマリアより、リーのほうがだいぶ背は高いです。


「大陸最強といわれる女剣士とやりあえるなんて光栄だぜ。おめえも抜け!」


「いいえ」


 マリアは拳を握った右手を、胸の前にすっと差し出しました。


「今日は『これ』でお相手します」


「……あのよお」


 リーは呆れたように首を振りました。


「たしかにおれはあんたみたいな名声を持ち合わせちゃいねえ。けどよ、リー・アルドリッジといやあ街道じゃちったぁ知られた剣士なんだぜ」


「あなたの腕前はよく存じあげています、リー・アルドリッジさん。街道であなたと互角に渡り合える剣士は【怠惰】の町のジェイムズ・ボッシュぐらいでしょう」


「うれしいこというねえ。だったらなんで抜かねえ?」


「わたしはある人物を斬ると決めました。その人物以外の血で、わが愛剣メメント・モリを濡らしたくないのです」


「だれだい、その人物って?」


「ブルック・フリーダム・ローズ殿下です」


「おおっと、王子さまを斬るってか。なぜ?」


「それはあなたにいう必要はありません」


「なあマリア、ならず者ってな案外愛国者が多いんだ」


 リーは困った顔でポリポリ頭をかきました。


「おれたち根なし草なヤクザの背骨を支えるのは暴力と愛国心だ。笑うかい?」


「笑いません」


「街道のヤクザは王室を毛嫌いする輩が多いがおれはちがう。おれは王子をお守りしなきゃならねえ。だから」


 ポツン、と風に舞った小石がマリアの頬を打ちます。 

 その瞬間リーは愛剣ウーヌスで斬りかかりました。

 唐竹割りです。

 電光石火な太刀さばきに、宿場町の空気が氷結します。


「疾風剣【白い牙】」


「無垢なままでは強くなれません」


 剣風に金髪をなびかせ、悲し気にマリアはつぶやきました。


「なぜ最初に無垢を捨てなかったのですか? リー・アルドリッジさん」


 



「次の宿場町終末のボスはリー・アルドリッジって剣士だ。かなりの使い手らしいよ」


「そうらしいな。腕が鳴る」


 とイオリがブルックに答えたとき、真っ黒な町旗をかかげた終末の町が見えてきました。


「これは」


 町に入ってすぐ、ブルックは息を飲みました。

 通りのいたるところに、屈強な男たちが倒れています

 みんな死んでいるのです。

 イオリはブルックの護衛をクロに頼み、死体を調べました。


「死体は五十ほど、全部斬られてる。しかもどれも一太刀だ……おい」


 おそるおそる顔を出した雑貨屋の主人にイオリはなにがあったか尋ねました。


「黒い服を着た五人の若者がこいつらを斬った」


「五人? 一人で十人斬ったのか……その五人はどんなやつらだ?」


「四人は若い男で一人は美しい女だ。たしかマリア・バタイユっていう有名な剣士だ」


「マリア?」


「ああ。あんたドラゴン殺しのイオリだろ? あんたはタフな顔立ちの美人だが、マリアさんはもっとやさしい感じの女性的な美人だ」


 主人のよけいな感想を聞き流すイオリの脳裏に、モノクロの映像が浮かびます。

 思い出したのは十年前、大地震直後の王都で偶然会ったマリアの姿です。


「……」


 イオリは右手を握りしめました。

 王都の路上で会ったとき、彼女を狂信者と勘ちがいしたイオリが放った一撃を、マリアは片手で軽く払いのけました。

 あのときの衝撃が、イオリの手にまだはっきり残っています。


「お?」


 イオリは酒場の正面に、派手なストライプ柄のスーツを着た男が、あお向けに倒れているのに気づきました。


(たぶんこいつがリー・アルドリッジ)


 リーはカッと目を見開いて死んでいました。

 服装に乱れはありません。


(こいつだけ斬られてない……これは?)


 そのときイオリは気づいたのです。

 リーが着たシャツの胸のあたりが、わずかに乱れていることに。

 シャツのボタンをはずして胸を見ると、果たしてそこにありました。

 赤い痣が。

 イオリは青ざめました。


(左胸を拳で殴られてる。死因はその衝撃による心臓発作)


 イオリの脳裏に十年前、防空壕の近くで死んでいたアランたち幼なじみの姿が甦ります。

 アランやエリの死体に傷は一つもありません。

 ただみんなの胸に残った赤い痣を見て、幼いイオリは拳で心臓を殴られたのが彼らの死因と推察しました。


(あのときと同じだ。じゃあまさか、アランたちを殺したのは……)


「おい」


 イオリは雑貨屋の主人に尋ねました。


「リー・アルドリッジを殺したのはだれだ?」


「マリア・バタイユだよ。ありゃおそろしい女だ。疾風剣のリーを素手で殺しやがった!」


 そういって主人は身震いしました。


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